女性と気遣い
「安子と申します。千春様のお婆様に雇われてここでお手伝いをしております。今、お婆様を呼んでまいりますね」
千春のお婆さんの家から出てきた若い女性はそう名乗った。
「ありがとうございます」
礼儀正しく綺麗な佇まいの彼女がトコトコと家の奥へと入っていく。
千春も何も聞かされていなかったらしく、若干面食らっている。
しばらくして
「おお、玄関が開くから誰かと思えば千春か。よく来た」
少しだけ腰の曲がったお婆さんで顔の皺からは気の強さが感じられる。
「そんでこっちは……」
お婆さんは俺の方を──通り過ぎて天宮の肩を掴み
「千春の恋人か」
「いいや違いますが」
そんな変態が千春の恋人であってたまるか。
「というか男ですらないし」
ツッコミを入れつつ、お婆さんが天宮をブンブンと前に後ろに揺らすのでそれを止める。
「おい、千春の相手が女だと問題があるみたいな言い方やな。考え方が古いんやないか?」
お婆さんのキッと俺を睨む。
まさか、こんな老人に考え方が古いなんて言われるとは。
「老人が新しい考え方をしてるとおかしいか? それこそ偏見やろう。最近の若者は頭が硬いからいかんな」
「っ……」
本当に千春と血が繋がっているとは思えない毒舌だ。いや、千春も時々、辛辣なことがあるような。この婆さんの血か。あまり考えたくはないな。
「お婆様、失礼いたしました。私、今日泊めていただく3人の代表、獅子宮十叶と申します」
「なんで、あなたが──」
言いかける天宮の口を塞ぐ。もちろん、俺の手は天宮の唾液でベタベタになる。しくった。
「十叶先輩が一応年長だし、ここはそうしよう」
「……まあ、いいですけど」
そして俺たちはお婆様の案内に従って、家の中へと入っていった。
家の中は思った通り、まさに和風建築で、木や畳の香りが心地いい。
俺たちが泊まる部屋は畳の大広間で、廊下とは襖で仕切られ、窓からは大きな庭が見える。
旅館だと言われても疑わないだろう。
「お風呂は流石に男女分かれとらんけど、シャワーはいくつかあるし、浴槽も露天風呂と合わせて3つあるから何人かは同時に入れると思う」
本当に旅館じゃないか。
「じゃあ、誰が律さんと一緒に入りますか?」
「……」
荷物を整理しながら天宮が能天気に言い放つ。
「いやいや、俺は一人で入るに決まってるだろ。バカ言うんじゃない」
一瞬、色々と想像してしまったせいでツッコミが遅れてしまった。
「ツッコミが遅いですね、想像しましたか?」
こいつ、マジでなんなんだ。
俺が天宮を本気で締めようと思った時、
「皆さん、お食事の準備ができましたよ」
安子さんが襖を静かに開けて部屋に入ってきた。
「靴は縁側にお出ししているので、どうぞそちらから」
「何から何までありがとうございます」
安子さんが軽くお辞儀をしてから襖を閉じる。
「……不思議な雰囲気の人だな」
会長が締められた襖の方をじっと見て言う。
「ですね……そういえば、食事って」
「ああ、バーベキューをしようと思って色々と準備してもらっとると。本当はこれからまた色々と巡る予定やったんやけど、いい時間やし食事にしようか」
「バーベキュー! 律さん、バーベキューですよ! 見てください、外にお肉が!」
天宮に言われて庭を見ると、広いテーブルに食材が並び、大きなグリルが用意されていた。
「本当に何から何まで悪いな」
「いや、全然。私が用意したわけじゃなかし。私はお婆ちゃんを呼んでくるけん、みんなははじめとって」
「了解、まかせろ。千春のお婆さんの分の肉まで俺が完璧に焼いといてやる」
「ありがと」
千春がそれだけ言って襖の向こうへと走っていった。
「律さん、じゃあ準備よろしくお願いします」
「は? お前もやるんだよ」
「さっき、あんな格好つけてた人のセリフにはとても思えませんね……私たちはジャージに着替えてくるので」
「ん? ああ、そうか」
「はい、そうなんです。律さんは何も言いませんでしたが、皆さん、今日はおしゃれ着だったのです。結構ガチの」
「えっああ」
天宮の探偵さんファッション、千春はいつものウルフカットに黒いシャツと白いカーディガン、会長はなんかバリキャリって感じのカジュアルな服装だったな。
言われてみると惜しいことをした気がする。もっとじっくり見ればよかった。
「じゃあ、火おこしお願いしますね」
「ああ、了解」
そして、互いに別々に歩き始めた時、ふと思う。まあ、ここまで指摘された後だとあれだが
「天宮、今日の服、可愛かったぞ」
「──……」
なんともいえない表情で天宮がこっちをじっと見る。
「ああ、あと会長も」
会長が足を止めて天宮同様に俺の方を見る。
それから
「「最低」」
と言ってプイッと向こうへ行ってしまった。
どうやら失敗したみたいだ。