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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
恋の柳川紀行編
200/252

故郷は遠きにありて思うもの


「のどかなところですね」

「だな、東京なんかと違って街が急いでない」

「ふふっそうやって詩的に言ってくれると嬉しいけど、何もないとこやけん」

まるで自慢するように千春が言う。


俺たちは昼食を済ませた後、ショッピングを済ませてからついに千春の故郷、柳川にたどり着いた。

特に服屋でのショッピングは、各々がパリコレよろしく何度も試着して感想を求めてきて大変だった。おかげですでに夕方である。

「ひとまず、家に行こっか。お婆ちゃんの家に泊めてもらえるけん」

「なんだか、悪いな」

「いいとよ、気にせんで。実はお婆ちゃんが東京でうまくやれとるか心配で友達ば連れて来いってずっと言いよったと」

「そうか、なら千春の名誉のためにも失礼はできないな天宮」

「なんで、私ですか」

「貴様、本当に心当たりがないのか」

十叶先輩がドン引きを通り越して、“こいつは何かの病気なのか?”という本気の問いを目で訴えかけてくる。病気じゃないんだな、これが。

「それでこれからどうやって行くんだ?」

俺たちは今、駅前。

すでに福岡のような都会ではないものの、千春に聞いて想像していた柳川よりもまだビルや車が多く、まだ近代的な“街”といった印象だ。

「本当はさっそく舟に乗りたいとやけど」

「船ですか!?」

「うん。柳川の街を流れる……なんていうかな、正確には川じゃなくて堀割って言うとやけど、そこを小さい木の舟で移動できるんよ」

「へえ、どうしてそれで行かないんですか?」

「流石に荷物が多すぎる……」

宿泊用のスーツケースに加え、さっき福岡で買った諸々で俺たちの手はいっぱいだった。

「これじゃ舟が沈んじゃいますね」

「流石に沈みはせんけどね」

千春が笑う。

そして雑談しながらバス乗り場に向かう。

「律、小銭はある?」

「えっ? ああ多分あるけど」

地元に来て無意識に方言が増えてる千春、かわいすぎか?と思っていたところを唐突に質問され一瞬たじろぐ。

「律さん、どうせ千春さんの無意識方言、激萌え〜とか思ってたんでしょ。そういうなんでも性的に還元する思考、どうかと思いますよ」

「お前にだけは言われたくない」

こいつ、エスパーか!?

内心バクバクだったが俺はお首にも出さなかった。

「か、可愛いってなんば言いよると!!?」


「お〜い、君たち、乗るんか?」

俺と千春がイチャイチャしている間に、バス乗り場に一台のワゴン車が停まっている。

「?」

「すみません、荷物多いんですけど大丈夫ですか?」

「あ〜、大丈夫。今はお客さん、そんなにおらんけん」

「すみません、ありがとうございます。皆、乗るよ」

どうやら、これがバスらしい。

「柳川にはこういう個人バスも走りよるとよ。そこにお金入れて」

運転席と客席の間に集金箱がある。あらかじめ小銭を用意しておくように注意書きがあり、先の千春の確認はこのためだったらしい。


バスの中ではなんとなく無言だった。

しかし、外の景色には全く見飽きるところがない。

世代にわたって使われたであろう市民体育館、だんだんと数を増す堀割、見たことのない数々の個人店、橋と水面と静かに佇む植物たち。

「いやあ、いい景色でしたね」

「貴様は私によだれを垂らして寝ていただろうがっっ!!」

十叶先輩がスコーンと天宮の頭を叩く。

もしかすると、ASMR部の先輩方はやさしさで黙っているだけで、天宮の迷惑行為はもっとあるのかもしれない。今度、ヒアリングしよう。

「しかし、いいな。ここが千春の故郷か」

夕焼けに染まった秋の風が、堀割の空気を乗せてこの町に充している。その空気をゆっくり深呼吸して吸い込んだ。なんだか泣きそうになった。

「たしかにここから東京に行くの嫌だな。俺もすでにだいぶ帰りたくないぞ」

「まあ、でも住んでいる人からしたら東京の方が羨ましかよ。実際、引っ越すときも羨ましがられたし」

「そういうもんか……」

それはなんとなく悲しいことに感じたが、それは東京に住む人間のエゴに違いない。

「そんなに綺麗な家じゃないけど大丈夫?」

「そんなの気にするわけなだろ」

「会長はボンボンですから文句をいうかもですけどね」

「私のことをなんだと思っているんだ」

この二人はもう多分、仲がいいんだろう。逆に。


そして堀割を伝って歩き、俺たちは一軒家の前にたどり着いた。

近代的な一軒家ではなく、古民家という表現が正しい大きな家だ。ただし、劣化やボロといったことは全くなく、かえって逆でその歴史を湛えた高潔さと誇りをがあり、この町と共に生きてきたことが一目でわかった。

「千春さんのお婆様ってお金持ちなんですか?」

「いや、わからん。私もその辺はよくわからんっちゃんね」

「へえ」

そして、千春が家のチャイムを鳴らす。

「はーい」

中から女性の声がする。

そして、戸口を開けて出てきたのは黒い髪を後ろに束ねた割烹着の美しい女性だった。

「ええっと千春さんのお婆様、お若いんですね」

「いや、この人、誰?」

異様な沈黙が流れた。

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