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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
恋の柳川紀行編
198/253

恥辱の遅刻

福岡空港内をドタバタと走る。


「人生最大の恥辱だ。いっそ殺してくれ」

空港に着くなりトイレにこもってプランを大幅に狂わせた会長の言である。

顔は見たこともないくらい真っ赤で、しばらくの間ずっと泣き目で一言も喋らなかった。


「まあ誰にでもありますよ。気にしないでください」

犬猿の仲の天宮でさえ、こんなふうに気遣いの言葉をかけている。

「会長はお腹の方も快調みたいで、あっ今はもう会長じゃないんでしたね。じゃあ、快調なのはお腹だけですね」

と付け加えているあたり、やはり犬猿の仲ではあるらしい。

「ひぐっごめん」

「謝らないでください、会長。天宮もいじめるな」

「え〜っ、律さんは快調さんの味方するんですか? ひどい。一生、私の味方でいてくれるって言ったのは嘘だったんですか?」

「千春、帰りの荷物ってもう飛行機に預けられるんだっけ? 千春の地元に持っていくと、水質とか空気とか汚染しちゃうから、これ空港に置いて行きたいんだけど」

我らが喋るお荷物、天宮清乃を指差しながら先頭を走る千春に尋ねる。

「全員うるさか! 黙って走って! この電車逃したら予定が1時間も押すんやから!」

「「「はい」」」

千春にガチギレされて、旅行に浮かれ気味だったばか3人が肩をすくめる。

いや俺は天宮に注意しただけで悪くない……はず。


それから俺たちはなんとか電車に乗ることができた。

ガタンコトンと小気味のいいリズムで走る地下鉄電車の中で、小さく輪になるように俺たちは立つ。

「この辺の電車のシステムは東京とあんまり変わらないな」

実は俺も福岡に来たことがない。というか東京からほとんど出たこともないのだ。

天宮の前では格好つけて黙っていたが飛行機も初めてだったので、本当は俺も窓際に座りたかった。

「まあ、福岡の中心部は全然変わりないと思う。柳川まで行くと色々と変わってくると思うし、不便なところもあると思うけど」

「まあ、それこそ旅の醍醐味ですからね。もうっ、いつまで凹んでいるんですか、うんちウーマンさん!」

「うんちウーマン!? 貴様っ……覚えておけよ」

天宮のデリカシーが小学生以下であることが判明したところで、会長も流石に頭に来たらしくいつもの元気を取り戻した。

「あの二人ってあんなにバカやったっけ?」

「旅行で浮かれてんだろ。天宮なんか九州来るの初めてらしいし」

「フッ、この九州処女め。私は何度も来たことがあるぞ」

「へえ、さすが金持ち。にしては準備の段階で随分、楽しみそうにしてましたけど」

ここ数日の会長といえば、体の周りにソワソワと言う擬音が見えるくらい落ち着きがなく、ずっと旅のしおりを握っていた。

「実はな、友達……と」

会長が再び顔を赤らめる。また、トイレに行きたいのだろうか。

「会長、トイレなら──

「友達と一緒に旅行するのは初めてなのだ!」

そう言って会長は真っ赤になった顔をうつ伏せて、そこから潤んだ目でチラチラと様子を伺っている。

どうやら、“友達”の部分にリアクションを求めているらしい。

「会長、そんなに色々気を遣わなくていいですよ。これから一緒に旅行する仲なんですから」

「律!!」

会長がパアッと顔を明るくする。

”トイレならしばらく我慢してください”「って言わなくて本当によかった。

天宮と千春は俺が言いかけた言葉を漏れなく聞いていたらしく、咎めるような顔で見ている。

「その……それでお願いなのだが、私のことは十叶と呼んでくれないか?」

会長のキリとした眉毛が今はもじもじと恥ずかしそう釣り上がっている。

「えっ、じゃあ十叶先輩」

「いやっ、そうじゃなくてだな」

「もうすぐ着くよ、十叶?」

ぐいっと距離を詰めた千春のスーツケースが会長のスーツケースとぶつかる。

「いや、君は……いやそうだな、すまない」

何か言いかけた会長、いや十叶先輩が千春に押し負けていた。

そして、千春の言うとおり、福岡の中心地の一つ天神に到着した。

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