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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
恋の柳川紀行編
197/255

青春とは闘争

「……律さん、手を握ってくれませんか?」

 潤んだ瞳で見つめてくる天宮。薄い茶色のサロペットスカートに白いTシャツを来た天宮は小さな探偵さんのようだった。

 そしてその小さな探偵さんの頼みを

「いやだ」

 断る。

「どうしてですか! 私、怖いです」

「どうしてもこうしてもない。高校生にもなって飛行機ぐらいでいちいち手を握ってられるか」

 そう、俺たちは今飛行機に乗っていた。

 新幹線でもよかったのだが、柳川まで行くのにそれは少し時間がかかりすぎるからで──これは天宮の建前で実際は天宮が一度も乗ったことのない飛行機に乗ってみたいと言う理由で─現在に至るのだ。

「律さん、酷い」

「お前こそ、飛行機なんか本当は怖くないだろ。本当はそのお菓子を食べたベトベトの手を俺の手で拭きたいだけだろ」

 テカテカと光っている、お菓子のくずを纏った自身の手をじっと天宮が見つめる。

「律さん、怖いです。手を握っていてくれませんか?」

 べちゃ、と音を立てて俺と天宮の手が重なった。

 女子と手を重ねて、こんなに不快な気持ちになることは後にも先にもないだろう。

「わっ浮きましたよ律さん! 窓見てください、地上がどんどん小さく」

 大はしゃぎの天宮の隣は正直言って恥ずかしい。

 しかし、俺もそれを予想しなかったわけではない。だから俺は千春の隣を希望したが「嫌です、会長の隣になったら私、飛行機をどうしてしまうか」と天宮が言うとあながち冗談に聞こえないことを言われたため、くじ引きを行い、結果としてこうなった。

 こうなった以上、諦めるほかなく、俺は備え付けのイヤホンを取り、自分の世界に籠るという極めて消極的な対策をとった。

「律さん、そんなものよりこっちを聞きましょうよ」

 そして、俺の世界はあっけなく没収されてしまった。

「なんだよ、それ」

「聞いてからのお楽しみです」

 天宮がそう言って俺の耳に持っているイヤホンをねじ込む。

 出会ってすぐの時に、鼓膜を破られそうになったトラウマがあるため、正直先に音量をいじらせて欲しい。

「ふふっ律さん、腰浮かしちゃうかもですよ」

「それ言うなら腰抜かす、だろ」

 まったく、何を聞かせてようと言うのか。こいつのことだ、碌でもないものだろう。

「やあ、君が校則違反の悪い子かい?」

 イヤホンからは中性的な、どちらかと言うより声の低い女性の声が聞こえてきた。というか恵先輩の声がした。

「まったく、君はいけないなあ。学校にこんなものを持ってきて。ええっと、なになに「王子様系彼女のラブラブ耳舐めASMR」? へえ、こんなのが好きなんだ」

 碌でもないものじゃなくて、とんでもないものだった。

「お前、こんな劇薬を公共の場で聴かせんるんじゃ──

 その時、(ASMRの)恵先輩が俺の耳の中に舌を入れた。

「ひんっ」

「“ひんっ“て……ぷぷっ律さんきっも〜♡」

「お前、マジで」

 飛行機から投げ捨てようと思ったが、恵先輩ASMRのデータごと消えてしまうので先にそれを確保してから投げ捨てることにした。

「もちろん、最後に攻守逆転トラックもありますよ。せっかくのおほ声の練習が無駄になっちゃいますから」

「ありがとう、データを早くくれると助かるんだが」

 これ以上、醜態を晒すわけにはいかないためイヤホンを外している俺は続きが気になって仕方ない。

「えぇ? でも律さんにこれ渡したら、この場でぶっこ抜いちゃうでしょ?」

「この場ではしねぇよ」

 ちゃんと家に帰ってから、いや、この旅行中に可能な隙があれば

「引っかかりましたね。この場で、と言うことは家に帰ったら」

「するよ」

「……」

 こいつ、何を言ってるんだ。恵先輩のASMRだぞ? 抜かないなんてそんなの失礼だろ。

「ああ、そうですよね。律さんも男の子ですし。はい、これどうぞ」

「今更どうしたんだ、天宮。俺はお前のオナ

「見てないですよね?」

 謹慎中の天宮の家に行ったときに、絶賛取り込み中の天宮とバッチリ目が合ってしまったことがある。そうでなくても自慰の話なんて俺と天宮の間じゃ今更だろう。何で顔を赤くしているんだ、お前が恥ずべき所はもっと他にたくさんあるはずだろ。

「まあ、たしかに見てはないな、聞いただけだが」

「律さん、凄い景色ですよ。飛び込んでみてはどうでしょうか?」

「その時はお前も一緒だ」

「プロポーズですか?」

「こんな物騒なプロポーズがあってたまるか」

 とんだ冠婚葬祭違いだ。

「やれやれ、そんな様子じゃダメダメですね。まるで女性の違いがわかっていない。気張ってくださいよ」

 そう言って天宮が離れた千春と会長の席をチラ見する。席の関係でどうしても近くに座れなかったのだ。

「気張るって、お前、今回は旅行だろ」

「何もわかってませんね。青春に小休止なんてないんですよ?」

「なんの話だよ」

 天宮は半ば大袈裟に肩をすくめて、やれやれと呆れた素振りをした。


 それから俺は長きにわたる交渉の末、楽しいフライトの時間いっぱいを犠牲に恵先輩のASMRを手にいれた。

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