仲良し二人
「ここまで逃げれば大丈夫ですね」
「うん……」
二人は徐々に足を緩める。
「律さんのお守りはここですし、あっちには綾乃先輩と恵先輩の二人もいるので安心ですね」
「そうやね」
「……? 千春さん、どうかしました?」
どことなく心ここにあらずな彼女の様子に天宮清乃が気づく。
「いや……ごめん。もしかしたら今言うことやないかも知らんけど、聞きたいことがあって」
「なんですか?」
足を止めた村上千春につられて天宮清乃の足が否応なしに止まる。
「清乃ちゃんさ」
「はい」
天宮清乃はしばらく水分をとっていなかったなと思い出す。
「そういえば、喉が渇きましたね。どこかで水分補給でも──
「清乃ちゃんってやっぱり律のこと好きなん?」
月の光が雲に遮られ、今が夜だったことを思い出す。
「どうして、そうなるんですか? 別に私と律さんはそういうのではないですよ?」
天宮清乃は笑う。
「清乃ちゃんが律に助けられた後のこと、私見てた」
村上千春は笑わない。
「……カメラ、壊れてなかったんですね」
「うん」
「てっきり知らないかと」
「それどころやなかったやろ? この勝負に負けたら律は部からいなくなるし、それに清乃ちゃんのこと心配して、助けられて安心したのも本当だから。でも、やっぱりはっきりさせたい」
「……そうですか」
天宮清乃はじっと耐えるように考え込む。
「でも……本当に私、そういうのは」
「じゃあ、なんであの時のこと必死に隠そうとしたん?」
少しだけ怯んだような表情を見せる友人を見て、心の奥が痛んだが、今だけはそれに気づかないふりをする。
「それはこういう誤解があるといけないと思ったからです」
「誤解って……清乃ちゃんあれは多分──
「千春さん」
雲は未だ月を隠している。
「清乃ちゃん、私は別に律を取るなとか言いたいんじゃなかと。ただ、清乃ちゃんが私に気を遣ってるならやめてほしくて」
「気を遣って……」
「清乃ちゃん、もしかして本当に……」
「すみません」
今度は村上千春がじっと考え込む。
そして
「じゃあ、私、この勝負が終わったら律に告白する。好きって言う」
「……!?」
「付き合うことになっても文句ないやろ?」
「ええっと……」
「どうしたと?」
「いや、でもそれは律さんの問題というか」
「なら律がいいならいいってことやね。わかった」
村上千春はそこで話を切り上げて再び歩き始める。
「ちょっと待ってください!」
「……」
2歩進んだところで村上千春は足を止める。
そして、自分を読んだ友達の方を振り返る。
「ちょっとだけ待ってください」
「なんで?」
「わかりません! でも、その、とにかく待ってください!」
戸惑いながらも、それでも言葉を振り絞る声に耳を傾ける。
「私わからないんです、そういうことが。でも、でも最近は少しずつ何か変化があって、少しずつですけどわかり始めている気がするんです。さっきも律さんが来てくれたら、気持ちが溢れて……千春さんと律さんが付き合うって想像したら、嬉しいけど寂しくて心が痛いんです」
なんでも器用にこなして、なのに自分の気持ちにだけはひたすら不器用な友達。
東京に来て初めてできた友達の一人。
自分の想い人と同じくらいかけがえのない彼女の不器用だけど必死な姿を見て、思わず引き締めていた顔が緩む。
「清乃ちゃん」
「はいっ」
「そんなに長くは待たんよ?」
「千春さん……! ありがとうございます!」
「うん。いいよ、これでおあいこね」
「何がですか?」
「いいや、なんでも」
彼女はかつて山であったあの事件も、部に入れてくれたことも全くなんとも思っていないのだろうと思う。
律と同じで人を必死に助けるくせに助けた自覚がない能天気な人。
だから私も勝手に恩を返すのだと、彼女は思う。
「さっこれからどうしようか」
「う〜ん。とりあえず、部室でゆっくりします?」
「いいね」
さっきまでの真面目な空気との差に思わず二人は笑い出す。
いつの間にか雲は晴れ、廊下は月の光で瑠璃色に輝いていた。
 




