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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
生徒会編
192/253

大切な言葉なら

会長に向かって走り込む。

「……」

会長が反応する、しかし少しだけ遅い。

わずかに有利な姿勢で俺と会長の武器が交差する。

「会長……」

「どうした、律。同情でもしてくれるのか」

額から血を流す会長の口元に歪んだ笑みが浮かぶ。

しかし、どこにそんな力が残っているのか、走り出した位置へ大きく弾き飛ばされる。

「一ノ瀬君! 大丈夫か!!?」

「はい、大丈夫です。それより先輩、恵先輩も」

「ん、なんだ?」

「どうしたの?」

先輩たちが近くに寄ってくる。

「先輩たちは……手を出さないでください」

「律くん、でも」

「いや構わない。高梨君、頼む。一ノ瀬君にとって必要なことなんだろう」

「はい、お願いします。あそこまで3人で寄ってたかって弱らせておいて今更という気もしますが、それでもやっぱりあの人とはちゃんと向き合うべきだと思うんです」

「律くんがそう言うなら」

そう言って先輩たちは元いた廊下まで下がってくれた。


「……優しいんだな」

「会長の方こそ。今回の勝負、勝とうと思えば勝てる場面がいくつもあったと思います」

「納得が必要なんだよ」

「それは俺のですか? それとも」

「それとも“私”のだろうか」

自嘲気味に会長は笑う。

そして会長の髪がふわりと揺れて、俺の元へ十字架が近づいてくる。それを予定調和のようにクナイで受ける。

なんとなく大運動会で天宮と踊った時のことを思い出した。

「会長は何がしたいんですか?」

「君を生徒会に入れたい。君と一緒にいたい」

「なら今回の勝負、やりようはいくらでもあったはずです」

殺陣のように俺と会長の武器が交わる。そこにはこれまでの重い衝撃はなく、ただ少女一人分の重みだけが伝わっていた。

「私は……何がしたいのか。おそらく、九重はわかっているのだろうな。私には見当もつかないが」

「そうですか。残念です」

隙だらけの会長のポケットから例のイヤホンを奪う。

会長は不意を突かれて一瞬だけ驚いた表情を見せるが、呆れたような、少しだけ寂しそうな顔をしている。

「……これじゃないんですね」

ゲームは終わらない。

「それも私にとってとても大切なものだが……それではないんだよ。それではないんだよ、律」

会長が制服の内ポケットから小さなクマのキーホルダーを取り出す。

しかし目に留まったのはそのボロボロのクマのように苦悶に歪められた会長の顔だった。

「覚えていないだろう。君がくれたんだ」

俺は思い出せない。一度、忘れられた記憶は都合よく蘇ったりしない、できない。仮に思い出せたつもりになってもきっとそれは辻褄合わせの記憶でしかない。

そんな記憶で彼女に話を合わせることはできない。なぜなら彼女だけが、俺が忘れてしまった記憶を風化せぬように必死に守り続けてきたのだから。

「君のくれた言葉は全て覚えている。それが私の生きる指針だった。あらゆる生きる希望も人生の哲学も教訓も全て君の言葉から生まれた。君のくれたものが今の私を作っている」

会長がぎゅっとクマを握りしめる。“律クマ”と名付けて子供のように頬擦りをしていたそれを。

「会長、すみません。幼い頃に妹と一緒に遊んでいた子がいたのは覚えています。すごく甘えて、いや慕ってくれていたことも。でも色んなことが俺にもあって、もう思い出すことができないんです。すみません」

頭を下げる。

勝負中とは思えない隙だらけの姿勢。でもそれでいい、ここで会長に殴られても、それで負けても俺は納得できる。

「やめてくれ、律。頭を下げないでくれ」

「……」

「違うんだ! 私はこんなことを望んでいるんじゃないんだ!!」

「会長……」

「違う、私はただ……私はただ君に──」


「“ありがとう”って言いたくて……」


両の指で握られた“律クマ”には涙が滴っている。

「辛い時に、プレッシャーに押しつぶされそうな時に、いつも私を助けてくれたのは君だった。初めて会った時も、私がみんなの遊びに混ざれなかったときに君が声をかけてくれた」

不器用な人だと思う。

これだけを伝えるために、いやこの人にとって“だけ”ではないのだろう。

「俺にお礼なんていいんです。俺も覚えていないんですから」

膝をついていた会長に手を伸ばす。しかし、会長はその手を取らない。

「違う。私は君に謝らないといけないんだ。天宮清乃の言う通りだ。私は君をずっと見てきた。でも自分が怖いのを子供なんて言い訳で理屈をこねくり回して、ついに君を助けな勝った」

会長の声は叫びに変わっている。

「そうだ、君を見捨てたのは自己中心的な大人なんかじゃない! 私だ! 私が君を見殺しにしてきたんだ」

「でも、あなたのおかげで俺は天宮と出会えました」

「もっと早く君を助けるべきだった! 最も苛烈だった高校受験の時、あの時の君の苦しみを知っていながら私は動かなかった。君を連れてどこまでも逃げるべきだったんだ、この街から。彼女のように」

項垂れている会長は懺悔しているような

「君が子供の頃を覚えていないのをどうして責められる? そんなの忘れるに決まっているだろう! 私がどうして君の心の拠り所になれる!? 甘えてばかりだった私が! 助けられておきながら助けられないわたしが!」

誰かを助けられないことに苦しむ姿がなんとなく天宮と重なる。

「ごめん…ごめんなさい…… ごめんなさい……」

会長の言葉が涙になって溢れてゆく。

その会長を見ていると、どうしても抱きしめられずにはいられなかった。この人のことをどうしても他人には思えなかった。

「……律」

会長の手が俺の手の中へねじ込まれる。

「交換だ」

「?」

「昔みたいに、と言っても覚えていないかもしれないが、名前で“とうかちゃん”と呼んでくれないか。それで、それで全部終わりだ」

会長の手を握り返す。

「呼べません」

「……そうか。すまない、わがままを言って。交換は冗談──」

「まだ会長と俺はそんな関係じゃないので」

「?」

「これから仲良くなって、そういう関係になったら呼びます」

「……ぷッ──あははっ、あははは──これから、これからと言ってくれるのか?」

「これだけのことをしておいて、終わりってのはないでしょう」

「そうだな。うん、ありがとう」

手の中にポトリとクマのキーホルダーが落ちる。

「律、大好きだ」

ゲーム終了のブザーが鳴った。


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