一人の戦い
ブツン
ボロボロのスマホが天宮のおほ声に耐え切れず停止する。もう使えないだろう。
再生時間はおよそ一分。地上にいる人には届いただろうか。
「律、耳は大丈夫?」
「ああ、ありがとう。おかげで千春の声もばっちり聞こえるよ」
「よかった」
千春が心から安堵する様子を見て、情けなく反り勃っている愚息を恥ずかしく思う。と言ってもしばらくは収まりそうにないのだが。
「私のスマホ、川の増水から上に逃げるときに落として……」
千春が申し訳なさそうに言う。
「いや、いいさ。どのみち爆音での信号はここらが限界だ」
さっきの音の振動で上の土壁がパラパラと崩れ始めている。この空間も奇跡に他ならないから、いつ崩れてもおかしくない。そうすれば酸欠を待つまでもなく土圧で死ぬ。
だが、俺達のいる場所を考えれば何もしなければジリ貧で死ぬだけだ。だから、思い切って実行したが、思ったよりも崩れるスピードがはやい。
しかも少し呼吸が苦しくなってきた。
パラッ、パラッ
それからも壁は崩れ続け、俺達のいた空間は半分以下の大きさになっていた。
「くっ」
口の中に土が入る。
「はぁ、はぁ、律……!」
俺の顔に土がかからないようにするため、衰弱しているにも関わらず千春が頭を動かして顔を重ねてくれる。俺達は鼻先を合わせた状態になった。
もう自身の首を支える力も残っていない千春の頭が俺の顔にのしかかる。それを俺は手で横から支える。
「はぁ、はぁ、律は……やり残したこと……ない?」
千春はもう限界が近い。文字通り目と鼻の先にあるその顔には生気がない。
「千春とみんなで同好会を作ることだな。だから絶対帰るぞ」
笑顔で千春の頭を慰めるように撫でる。小さい頃、律花と一緒に迷子になった時のことを思い出す。あの時もこうやって慰めたっけな。
「うん、私……も」
千春の目から涙が溢れて俺の頬に流れる。
そして千春が目を瞑ると千春の重みが一気に大きくなる。
「千春!?」
まずい。意識を失っている。
この状態で意識喪失はダメだ。息ができていない。
くそ! くそ! 無理なのか!?何か考えろ。
何か使えるものはー
先輩からもらったスーツを急いで調べる。
出てきたのは一本のクナイとワイヤー、それとビー玉サイズの小さな球が3つ
「なんだこれ」
よく見ると小さな玉にはそれぞれ"閃"、"音"、“爆”と書かれている。
ふと、先ほどの音爆弾のことを思い出す。
「爆弾か?これ……」
なんてもの入れてるんだあの人は。誤作動で爆発したら終わってたぞ。スーツのポケットに入っている以上はそうならないように設計されているんだろうけどー
「……!」
その時、あまりに破滅的で無茶苦茶なアイデアが頭に浮かぶ。
これは危険すぎる。
だが、迷っている暇はない。千春は一刻を争う容態だ。
ガスッ
はるか頭上で音がする。土を掘り進めている音だ。重機はまだきていないらしくスコップによる音だけが聞こえる。
この調子だと、救出まで早くて1時間といったところだ。
だが、それじゃ間に合わない。
おそらく、待っている間に千春は衰弱死を迎え、俺は途中で生き埋めになって死ぬ。
呼吸を整える。
最後の作戦の準備を始める。
まずはクナイを使って自分のスーツを腕の部分だけ残して切り裂く。
それを千春の頭と胸に巻きつける。もちろん、裂いた以上は保温機能は停止するが構わない。今はそっちじゃない。
聞け! 救助隊の人の人数、配置、動き、全て把握しろ!
耳を澄まして、全員の細かい動きを全て頭の中で映像化する。
それから、掘り進められた地面とここまでの距離を測る。
まだだ。これじゃ足りない。
作戦の実行にはもう少し掘り進めてもらう必要がある。
「すまない、千春」
それを待つ間、気休めかもしれないが千春に人工呼吸を施す。
もう少しだけ頑張ってくれ、千春!
ザッ ザッ ザッ
地面の掘り進めが有効範囲に入った。
ワイヤーをクナイの持ち手にある小さな穴に結びつける。余りの部分を俺と千春の全身、なるだけ広範囲に強く巻きつける。
そして、クナイを頭上の地面になるだけ深く押し込む。
射出したときに救助隊の人に当たらないように向きを念入りに調整する。
「ごほっ」
そのせいで土が大量に落ちて、顔にかかる。もはやそれも気にしない。
そして、最後の段階。
"爆"と書かれた球を握る。
律花の顔が浮かぶ。
家で帰りを待っている妹。あの子はきっと俺がいなくても大丈夫だ。俺が思っているよりもずっと強くて賢明なのだから。
綾乃先輩の顔が浮かぶ。
強くて頼りがいがあって愛嬌のある可愛い先輩。最初に会った先輩があの人でよかったと心から思う。この短い期間であの人の後ろ姿から色んなことを学んだ。
天宮の顔が浮かぶ。
痴女で変態で頭のおかしい高校に入って初めての友達。不安でいっぱいなのに、怖くてたまらないのに誰かのために強くあろうする少女。それが出来る彼女を心から尊敬する。
そして、最後に浮かんだのが天宮の顔でよかったと心から思う。
彼女のことを考えると心の底から勇気と力が湧き上がってくる。
俺は覚悟を決める。
どうにか体をよじって俺の上に被さる千春をぎりぎりまで覆う。
"爆"と書かれた球を握り、地面の中のクナイの下に持っていく。
手首の上の方で球を挟み込んでから、爆発が分散しないように手を包み込むような形にする。
そして、思い切り球を圧迫する。
カチッ
全身に凄まじい衝撃が走った。




