糸中絡繰蜘蛛御殿
突然覚醒した六星レビに対して、一人で戦い続ける高梨恵はしかし、苦戦を強いられていた。
「これでも飛ばないっ!!?」
必殺の抜刀を当てるが、ギリギリで反応される。それでも有無を言わさず相手を吹き飛ばす力がこの技にはあるがこの男には通じない。斜めに構えた長剣でその衝撃の全てを防ぐ。
「うっ!!」
さらに高梨恵の攻撃を受けても怯まず、そのまま反撃を仕掛けてくる。高梨恵は技の反動で反応が遅れ、その体重の軽さと相まって遠くへ吹き飛ぶ。
「綾乃ちゃんは一体どこに……気を失っていなければいいんだけど」
一度吹き飛ばされそのまま姿が見えない仲間のことを案じる。インカムを使っての連絡も取れない。
しかし、悠長に仲間の心配をしている暇はなく、まだ意識のある高梨恵を屠るべく、六星レビが接近する。
(全力の抜刀も、今日はすでに4回撃った。これから律くんを助けに行くことも考えると、これ以上は撃ちたくない。でもそれだと打開策が……)
そう考える間にも六星レビは廊下の向こうから近づいてくる。
体力は温存したい、でも手を抜けば一瞬でやられる。持久力に欠ける高梨恵は六星レビと長期戦をするわけにもいかない。
「何か決め手が──」
策を講じようと動き出すと同時、それは高梨恵のものよりも数段劣る見様見真似ではあるが、六星レビが高速で移動し突然目の前に現れる。
「速いッ!!」
刀を振っても絶対に間に合わない。防御、もこの距離では意味がない、確実に致命傷を喰らう。
間に合わないのは承知で側面に体を投げる。
(ごめんっ律くん!)
長剣が目の前に迫る。鍛えられた動体視力が自らの体を砕く攻撃をスローモーションで捉える。しかし
「?」
体に当たる寸前で相手の動きが僅かに鈍り、投げやりの回避が成功する。そして、相手は
それを追うこともなく静止している。
「これは……糸?」
よく見ると相手の身体中に糸が複雑に巻き付いている。それを相手が無理やり引きちぎった。
「糸中絡繰蜘蛛御殿」
背後から安否が不明になっていた仲間が現れる。
「まったく、なんて膂力だ。軽い素材のものを使っているとはいえ、人間がそんなに容易くちぎっていいもじゃないぞ」
「綾乃ちゃん!」
「すまない。準備に時間がかかった。ゆっくり話す時間はないから手短に」
彼女の手には数えきれない細い糸が何重にも絡まり月光に反射してキラキラと光っている。
「家に伝わる秘技の一つで、この場所はすでに私がいくつも糸を張り巡らせている。だが、それだけではあれは倒せない。だから、高梨君の協力が必要だ」
「わかった、けど僕は何をすれば」
「好きに戦ってくれ。私が合わせる。足場も用意するから空中も存分に使ってくれ」
「わかった」
(本当に彼女がASMR部の部員でよかった。生徒会や不良グループにいたら手がつけられなかったな)
「それじゃあ行くぞ」
「うん!」
六星レビの家は貧乏である。
しかし、夢想家の父親は昔にテレビで見た西洋貴族に憧れ、似た教育を六星レビに施した。
彼は他にすることもなかったから、父親がなけなしのお金で買った古典哲学の本を読み耽り、本にある西洋の剣技を見真似していた。
元から才能があったのか、彼はそこから才能を開花させ、勉学や身体能力をメキメキと伸ばす。そして、いつの間にか神童と呼ばれていた。
しかし、夢想家であると同時に気が小さく短気な父親はよく彼が気を失うまで暴力を振るっていた。
事件は彼が中学3年生の時に起きる。
彼がいつものように気絶から目覚めた後、彼の父親が頭から血を流して倒れていた。慌てて救急車を呼び、父は一命を取り留めたが、それ以来、彼に極端に怯え口を聞かなくなった。
それから彼の身に起こったことを彼自身よく覚えていない。
ただ、気がつけば獅子宮十叶の父親に様々な契約を結ばされ、莫大な学費資金と共に彼の将来が確約していた。
六星レビはこの学校で学び、一流の大学に入り、卒業後は獅子宮十叶の父親の下で働くことになった。
気を失った時にだけ爆発的な力を見せることを知っているのは、獅子宮十叶だけであり、それを抑えることができたのもまた彼女だけである。
ブチッ ブチッ
六星レビの体に一瞬でいくつもの糸がまとわりつく。それを一瞬で引きちぎり、長剣で虫を払うように糸を薙いでいく。
しかし、そこで生まれる隙を高梨恵は逃さない。相手の体に何度も太刀を浴びせる。
「……!」
「遅い!」
六星レビの反撃にもいちいち糸が絡まり、動きにラグが発生する。そこをさらに苛烈に責める。
しかし、攻撃の後隙を狙って敵もまとわりつく糸ごと高梨恵に斬りかかる。
「回避!」
高梨恵に絡みついた糸が高速で体を空中に引っ張り上げ、敵の攻撃の軌道から外れる。攻撃を空振りした六星レビを糸の壁が本当の壁へと彼の体を叩きつける。
そして、空中に引っ張り上げられた高梨恵は宙にできた足場を踏み締める。
ギリギリィッ
そして踏みしめた糸の壁が弾力を持ってエネルギーを貯める。
「……!!」
「今っ!」
高梨恵の足場が弾丸のように彼女を放った。
構えた刀の切先が、防御の長剣がを砕き
糸の壁に捕まった敵の胸を突いた。
「今度は本当に眠ったみたいだな」
「ほんとに大変だったね。こんな隠し玉があるなんて油断ならないな」
「まったくだ」
そして、二人の先輩たちは生徒会室へ後輩を助けに向かった。




