それはダメ
最初に生徒会室を目指した理由は、特にない。ただ、なんとなくそこに会長がいる気がした。
「着きましたね……」
そして、現在は生徒会室の前。先輩たちが敵を引きつけてくれているおかげで、妨害を受けることなく生徒会室に来ることができた。
「入りたまえ」
俺たちがドアノブに手をかけようとしたその時、中から声がした。俺たちはその声にしたがって、生徒会室へと入った。
「待っていたぞ、律。そして、残念だが君たちの負けだ」
後ろのドアが閉まり、さらにロックがかかる音がする。オートロックなんて大層なものがついていた記憶ない、この日のために取り付けたのだろう。
考えれば、天宮がとらわれていた理科準備室も外見で場所がわからないように、内装が教室と同じになっていた。かなり周到に用意されているらしい。
机に座る会長と、その傍に立つ九重さんの二人が背後の大窓からの月光に照らされている。
「3対2ですよ。劣勢なのはそちらだと思いますが」
「本気で言っているのかい? そこの二人が叩けるとは到底思えないが」
「……」
会長の言う通り、天宮と千春は戦闘はできないし、させるつもりもない。そしてこの部屋の狭さ、逃げ回ることも難しいだろう。先輩たちが壁を壊して助けにきてくれればいいが
「……通信が遮断されてますね」
天宮の言う通り、この部屋に入ってからインカムが砂嵐で全く機能していない。
「すでに勝負はあったも同然だ。宝物を持っているのは君なんだろう? まあ、君じゃなくても君たち3人を拘束してから、他のメンバーを捕まえにいけばいいだけの話だが」
「随分と悠長じゃないか。逆の可能性は考えないのか?」
「生徒会幹部は君たちほどじゃないが、腕に自信のある者たちばかりだ。時間稼ぎに徹すれば負けることはない」
「……」
「まあ、そんなに緊張しないでくれ。私も少し話がしたい……まずは天宮君の件だな」
「私?」
「ああ、君だ。さっきの動画の件だ。あれは私たちも直前に知った。ほとんど九重君の独断で行ったものだ。真意は私にもわからないが」
そう言って会長は九重さんの方をチラッと見るが、とうの九重さんは全く視線を合わせず、どこをともない方をじっと見ている。
「先の動画の方はもちろん、完全に消去した。この世のどこにも存在しない。何もなかったも同様だ」
「それは……ありがとうございます」
「礼を言うには早い。先の動画の方は消したが、もう一つ私たちは動画を撮っていた」
「?」
「先の拷問の後の教室の動画だ。あの大きなカメラとは別に仕掛けていた」
「!?」
俺の背中に未だ、おぶさっている天宮から緊張の気配が伝わる。
「もちろん、無闇に拡散するつもりは毛頭ない。そもそもあんな動画で誰が得するのだという話だからね。ただ、ASMR部の人間には見てもらう。特に君にはね。村上千春」
「律、清乃ちゃん、あの後の動画って何? なんかまずいと?」
「いや別に──
「ダメです」
静かに、それでいて力強い声が背中から聞こえる。一瞬、天宮ではない誰かが背中に乗っているのかと感じるほど、いつもの天宮とは雰囲気が違う。
「いや、お前……確かに恥ずかしいかもしれないけど、状況が状況だし、皆、わかってくれるって」
「ダメです」
「……」
今日の天宮は少しだけ様子がおかしい気がする。まあ、あんなことがあったのだから当然と言えば当然かもしれないが。
「ならば、君は何もしないことだ。九重君から話は聞いている。動かれるとロクなことにならないとな」
「っ……」
それから天宮が静かに俺の背中から降りる。それはもっと早い段階で降りてくれてよかったんだが。それなりに重──痛っ!
背中から降りた天宮が俺の足を思い切り踏んだ。こいつ、俺は何も言ってないのに。
「さて、そろそろ始めようか。ああ、心配しなくていい。私と九重君で蹂躙するなんて卑怯な真似はしない。律、一騎打ちをしよう」
「……いいのか?」
ここまで準備して俺たちをこの場所に閉じ込めたのに、そのアドバンテージを捨てることになる。俺としてはありがたい限りだが。
「そして、私の宝物はこれだ」
そう言って会長がブレザーの裏ポケットから取り出したのは、以前俺たちが会長にお礼としてプレゼントしたASMR用のイヤホンだ。
「どうして、そこまで手の内を」
会長はそのイヤホンをもう一度、裏ポケットにしまいながら答える。
「この戦いには納得が必要だからね。律、君の納得が。だから、私は圧倒的に勝つ必要がある。それに私が負けることはないからな」
そう言って会長がポケットから取り出しのは、ちょうど会長の顔ほどの大きさの
「十字架?」
「ああ、君はこれで倒す」
そして会長が勢いよく、それを空中で振り、風切り音が部屋になる。
「かかってこい、律」




