リスタート
「清乃ちゃん! 律!」
声を荒げて教室に千春が入ってくる。
「千春さん!」
すでに制服に着替えいつもの調子に戻っていた天宮が千春に飛びつき、千春もまたそれを受け止めるように抱きしめる。
「来るの遅れてごめんね! 辛かったやろ?」
「全然大丈夫です! 私の方こそご心配をおかけしてすみません!」
「ううん! 無事ならそれで私は……!」
「ありがとうございます」
涙を流して抱き合う二人の姿をぼんやりと眺めながら、ふと九重さんの態度に違和感を覚える。大胆な作戦をとって天宮を攫った割にはかなり諦めが早かった気がする。それに、俺たちが大きく動いた時点で天宮にトドメを刺すこともできたのにそれをしなかった。ふと綾乃先輩の言葉を思い出す。
それは天宮を攫われた直後の会話。
「もしASMR部と戦うのなら、私も最初に天宮君を狙う」
「天宮を? どうして?」
「私たちはこれまで様々な危機を乗り越えてきた」
「ですね。先輩たちをはじめとして多くの人の協力のおかげで」
「ああ、確かにそれらは不可欠だっただろう。しかし、私はそれでもまだ足りていなかったと思う。千春君の救出も風紀委員会との戦いも全て、戦力も準備も作戦の遂行基準には届いていなかった。私が忍の仕事としてこれらを依頼されたなら断っている」
「でも実際には成功した」
「そう。私はそれを天宮君の精神性に由来すると考えている。彼女は根性というか、底力、いや執着だろうか、それが常人の域を逸脱している。ゆえにピンチや土壇場で、状況をひっくり返すことがある。敵としてこれほど恐ろしいことはない」
「……確かに、天宮にはいつも助けられていますけど」
「そして何よりそれだよ、一ノ瀬君。これを言うか、かなり迷うがあえて伝えよう」
「なんですか?」
「君の精神が彼女に依存している。別に彼女がいないとだめとかいう意味ではなく、君の精神状態が彼女に強く左右される、引っ張られると言う意味でだ。私は君たちにとってそれはいいことだと思うが、これはつまり一蓮托生、片方の身に何かあったときに極めて不安定になるということだ。もしかしたら、いや確実に君はこれから、そういう“心”と向き合う時が来る。そういう問題に今、自覚的になることも必要なんじゃないか」
俺は綾乃先輩のあの言葉に何も返すことができなかった。というよりもまだ、全てを理解することができなかった。綾乃先輩には何が、いや他人から俺たちはどう見えているのか。俺にはまだ知ることはできない。
「律!」
「うおっ! どうした、千春」
「なんで全然、連絡とらんかったと? というか、つけてもないやん!」
そういえばそうだ。さっき天宮が俺のインカムを外したことをすっかり忘れていた。しかし、なんて言えば……
「ああ、それはさっき九重さんと戦った時に取れたんですよ。ね?律さん」
「えっ、ああまあそうだな」
天宮の咄嗟の起点に曖昧な返事をする。なんとなく千春の顔を見れずに、そのまま床に転がるインカムを回収して耳に装着した。
「千春、そう言えば恵先輩は?」
「綾乃先輩の方に行った! 御園先輩の方は大丈夫みたいだから」
確か御園先輩の方には二人行ってたと思うが、やはり化け物すぎるな。
「じゃあ俺たちはやっぱり」
「うん、会長を探して欲しいって言われた。会長と九重先輩以外は引き受けるからって」
「了解。千春と天宮は……どうするか自分で決めてくれ」
「ついてくるなとは言わないんですね」
「まあ、ここまで来たらな。それに九重さんや会長がどこにいるのかわからないし罠もあるかもしれない。二人を置いて行っても危ないからな」
「じゃあ、皆で行こっか。大丈夫、戦いになったら邪魔にならんようにするけん」
「はい、私も同じです。ただ……」
「ただ?」
「ただちょっと体にまだ力が入らなくて。だからおぶってください」
「はあ?」
「ダメですか?」
「……早くしろ」
流石にこんな時に冗談は言わないだろうし、状況が状況だからな。断るのもかわいそうだろう。さっきのことがあるから、今はあんまり天宮とくっつきたくはないんだけどな……
それから身支度を整え──
「おらっ孕め! 背中で妊娠しろっ!」
「おい! お前、暴れるな! というか俺の背中に腰をへこつかせるな! 動きづらいだろ!」
「二人とも本当に何しとるん……」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、天宮のことを少しだけ意識してしまった自分が恥ずかしい。
そして、このふざけた空気のまま俺たちはひとまず生徒会室に向かった。




