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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
同好会設立編
18/251

俺のおほ声を聞け!

「律! 律!」

 声が聞こえて目を覚ますと千春が泣きながら俺の名前を呼んでいた。

 千春が俺に覆い被さるような格好になっている。

「良かった」

 千春が安堵する。その息が俺にかかる。

 そのぐらい、俺と千春が密着していることに気付いた。

「どういう状況だ?」

 視界は暗く、身動きがほとんど取れない。今いる場所が恐ろしく狭いせいだ。

 周りは土の壁に覆われて俺と千春の2人でぎりぎりのスペース。

「っ!」

 足の方に鈍い痛みが走る。それだけじゃない。だんだん全身の痛みが知覚される。

「どこか痛むん!?」

「落ち着け、大丈夫だ。千春は怪我はないか?」

「私は大丈夫。律が庇ってくれたけん」

 土砂に呑まれて命があるだけ幸運だ。おそらく、先輩のくれたスーツのおかげもあるのだろう。

「だが、まずいな」

 いわゆる生き埋めというやつだ。無線も衝撃で流されたらしい。あってもこの状態で外と繋がるかは定かでは無いが。

「スマホも圏外になってるな」

 スーツの収納スペースに入れていたスマホ、衝撃でバキバキになっているが一応電源はつく。

「ごめん、私のせいで」

 千春が泣き出す。

「大丈夫だ。天宮も綾乃先輩もいる」

 先輩は俺達に飛びつくと同時に紐付きのクナイを飛ばしていた。

 土砂に飲まれる寸前、それを使って先輩が空中に避難したのが見えた。

 あの人、自分を責めてなきゃいいけど……

「まぁ、なんとかなるさ。雨も止んでたからじきに捜索隊も来る」

 ただ問題が2つ。

 まずは俺たちの位置だが、GPSが生きていたとしてもそんなに詳しい位置はわからない。深い場所に埋まっていたら発見はかなり遅れるだろう。

 そして、2つ目が重要。酸素の問題だ。

 この狭い空間に人間2人がいてどれくらい保つのかわからない。だが、感覚で半日も保たないことがわかる。

「律……」

「どうした!?千春」

 よく見ると千春の顔色が悪い。低体温症になりかかっている。

「千春、脱げ!」

「えっ!?」

 濡れたままの制服を脱がす必要がある。そして俺のスーツの保温機能は生きているから肌を密着させて少しでも千春を温める。

 本当は着せてやりたいが、狭すぎて不可能だ。

「んっ」

 千春が身じろぎしながら制服を脱ぐ。

 それから互いに抱き合う格好で無言になる。

「……」

「……」

 なんか話題くれないかな。気を逸らしたい。正直言ってさっきからかなりやばい。千春の吐息とか胸の感触とか色々と刺激が強い。

 千春がこのピッチピッチのスーツを着ているところを想像してしまったのがかなり効いている。

「綾乃先輩のスーツ、すごいよな」

「えっ?ああ、そうやね。うん」

 千春、会話広げてくれよ。

「律、言いづらいんやけど……その、あれがずっと当たってて」

 わかってるから言うな。俺だって当てたくて当ててるんじゃない。

「ひゃっ、動いた!」

「動きもするさ、生きてるんだからな」

 今のは少しかっこよかったのでは? そんなことないか。

「……律のH」

 千春が唇を尖らせてつぶやく。

 誰か早く助けてくれ。爆発してしまう。


(おそらく)数分後。状況は動く気配がない。

 不安にさせたくなかったから言わなかったが、俺たちはかなり深い場所にいる。俺でも外の音がほとんど聞こえないからだ。

 千春のことも心配だ。今はなんとか保っているが、酸素が薄くなれば先に衰弱するのは千春の方だろう。

「なんでこんな雨の中、山の中にいたのか聞いてもいいか?」

 千春の中で色んな感情が渦巻いていたことは分かった。だけど、どうしてわざわざこんな日に……

「大したことやないと」

 千春は続ける。

「既読無視されたたい、故郷の友達に」

 他人から見れば大したことのない理由。そんなことでこんな事態を起こしたのかと怒る人もいるだろう。だが、今の千春という少女にとって、その事実はあまりに辛く重い。

「私がメッセージを送りすぎたのが悪いってわかっとると。みんなも高校に入って新しい友達作って忙しかとに……」

 俺は千春を抱きしめる力を少し強める。

「私だけがずっと中学生のまま取り残されとるんよ」

 千春が片方だけになったツインテールを触る。

「律……こんな私でも、戻ったら同好会に入ってもよか?」

「もちろんだ。俺がお願いしたんだからな」

 天宮、千春、綾乃先輩のいる同好会を想像する。心労は多そうだが、退屈はしないだろう。

「楽しそう……やね」

 そう言いながら千春が少し頭を動かす。千春の髪が首元に擦れてくすぐったい。

 ただ、それと同時に千春の元気が少しずつ無くなっていくのも感じる。

 そろそろまずいな。

 仮に命が助かったとしても、後遺症が残る可能性もある。今はその瀬戸際だ。

 綾乃先輩

 天宮

 心の中で二人に祈る。

 実は俺には居場所を伝える秘策があった。しかし、それには絶対条件として必ず近くに人がいなければならない。そして、それはおそらくわずかな間しか使うことができない。せめて近くに誰かがいる確証が欲しい。

 そう思っていた時だった。


 キーーーーーーーーーーン


 甲高い音が頭上近くで鳴る。

 何の音だ。把握しろ。考えろ。炸裂音の後に高い金切音。ここまで届く音量。

 音爆弾?

 なぜ? 誰が?

 すぐに情報が繋がる。おそらく綾乃先輩が音爆弾を炸裂させた。おそらく向こうの存在をこちらに伝えるために。

「千春、ここから出るぞ」

 俺は再び、スマホを取り出す。


 ところで紳士諸君、特に学生におかれましてはエロビデオを見るときエロゲーをするとき成人向けASMRを聴くとき、何にもっとも注意を払うだろうか?

 俺はもちろん音量である。

 深夜帯の静かな時間に聴くことの多いそれらは、たとえイヤホンやヘッドホンをつけていても音漏れの危険が常に伴う。特に喘ぎ声はその音の高さゆえにどうしても響きやすい。

 よって、俺はそれらを聴くときに音量は最小かつPCの設定をいじってギリギリまで音を下げている。

 にもかかわらず、俺の鼓膜を半壊させることに成功した天宮のASMR。

 そいつが俺のスマホには入っている。


 スマホの設定をいじってギリギリまで出すことのできる最大音量を上げる。

 スマホの出すことのできる音量はだいたい100〜110dbデシベル、電車が通る時のガード下ぐらいの音量らしい。ここから外まで聞こえるかは賭けだ。

 それに衝撃でバキバキになったスマホがその音量をいつまでキープできるかはわからない。だから、近くに人がいるという確証が欲しかった。

「千春、失聴したくなかったら耳塞いどけ」

「えっ、律何するつもり」

 この音量をこの狭い密閉空間で流せば耳へのダメージは免れない。

 俺は右手でスマホを上の方に掲げる。右手は塞がっているので左手で片方の耳を塞ぐ。

 仕方ない。右耳はくれてやる。

 グポっ

「千春!?」

 千春が俺の右耳を咥えている。

「塞いでないと失聴するんやろ」

 これはまずい。耳は俺の武器であると同時に弱点でもある。

 言ってしまえば、今ので半勃ちになった。

「ちょっ、今の状況ばわかっとると!?」

「ああわかってる。緊急事態だ」

 ただでさえスーツが薄い上に、密着しているため千春に俺の股間の状態が筒抜けだ。

 戻ったらちゃんと謝ろう。

「いくぞ、千春」

 俺は再生ボタンを押す。

「俺のおほ声を聞け!」


「おっほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♡」

 天宮のおほ声が狭い空間に鳴り響く。音の振動で空気や地面が激しく震える。

「っ!」

 やはり右耳がうまく塞げていない。耳に痛みが走る。

 俺が苦しそうにしているのが伝わったのか、より耳を塞ぐために千春が舌をより深くまで入れてくる。

 グポッ、ジュパグポっ、ジュパジュパ、レロレロ、チュパッ

「おっほ♡イグっ♡イグ〜〜〜〜〜♡おっほ〜〜〜〜〜♡」

 クラスの女子に耳舐めされながら学校のマドンナのおほ声を爆音で聞く。どういう状況だよ。あと、俺の息子が完全体になった。

「どうか届いてくれ」

 俺は目をつむって祈った。


 地上

 捜索隊と救助隊が到着し懸命の捜索にあたっていた。服部綾乃もまた隠遁の術を使ってその捜索に混ざっていた。注意が自身に向かっていなければ、目の前にいても気づかないほど彼女の術のレベルは高いのである。

 そんな彼女が一瞬の違和感を覚える。

 実際のところ、地面は音波を伝えづらく一ノ瀬律のような例外をのぞいてこれらの間の音を聞き取ることは不可能だった。

 よって彼の作戦は本来失敗するはずだった。

 服部綾乃がいなければ。

 彼女は一ノ瀬律のような異常な聴覚を持っていない代わりに優れた触覚を持っている。それは手先の細かい技術が必要な忍にとっては必要なものであり、彼女が幼い頃から意図的に鍛えた能力でもあった。例えば美術室の床の収納スペースは常人にはわからない傷をつけており、そこに彼女が直に触れ0.1mmにも満たない針を通すことで開けることができる。

 そんな彼女は肌で空間のわずかな振動を感じていた。

「なんだこの高い振動は……地面から?」

 彼女は地面に指を入れる。

 ここから少し前の方、その深いところから振動がしている。

 何かが高音で響いているようだ。

「まさか!」

 移動しながら指をいれ、より細かい位置を特定する。

「ここだ!ここの下にいるぞ!」

 声帯模写を使い、現場で指揮をとっていた人間のふりをして呼びかける。そして、場を混乱させないためすぐに身を隠した。

「頼む、間に合ってくれ」

 服部綾乃にもすでに出来ることはなく、あとはただ祈るだけだった。

 現場に一瞬の戸惑いはあったが、すぐに救出作業が始まる。

 日没が近く捜索が難航している中での遭難者発見の呼び声は、現場の人間にとってたとえ幻聴であっても縋りたい思いがあった。

 多くの人の強い祈りが今にも切れそうな細い可能性を奇跡的に繋いでいた。


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