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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
生徒会編
175/253

敗走

「?」

「どうしたの? 律くん」

 走り始めてすぐ、校内のスピーカにわずかに音が入った。すでに開始のアナウンスはされたはずだが、何か追加の放送だろうか?

「……ああ、もう入っているのか」

 会長の声だ。開始早々に放送室へ向かったのか? なんのために? 生徒会チームがなんらかの宣戦布告、あるいは挑発を行うのもあり得ない話じゃない。あの会長の性格を考えれば可能性として十分にある。がしかし、なんだかそうではない気がする。すごく嫌な予感がする。

「聞いているか、律」

「律くん、これは……」

 恵先輩が走りながらこちらを向く。

「君は自分のその力、つまりその異常な聴力の根源を自覚しているか?」

 俺の聴力の根源? それは

「両親にバレないように、オナ、ではなくASMRを聴くためだろう」

「……なんだ、何が言いたいんだ」

 変わらず放送は続く。

「前に田中芽衣を助けるために耳を酷使したと聞いた。その時、君は流血しながら敵を追ったのだとか。素晴らしい、流石は律だ」

「なんで知ってるんだ……」

「天宮ちゃんのストーカーって話、意外と嘘じゃないのかも」

 それに勝負とは全く関係のない話だ。今この時も俺たちだけじゃなく綾乃先輩や御園先輩も西校舎の放送室に向かって走っている。生徒会は居場所を特定され不利になる一方だ。それとも俺たちを誘き寄せるための罠か?

「ただ、組織の幹部を君が追う必要はなかったと聞く。なぜなら他のメンバーがすでに出入り口に駆けつけていたからだ。もちろん、インカムを通して君にそれを伝えてもいた。にもかかわらず、君はそれを聞こえていなかった」

 確かに、後から聞いた話をまとめるとその通りだ。綾乃先輩から叱られた記憶もある。

「刺されたショックでインカムの内容が聞こえていなかった可能性もある。ただ、君はその前にホテルで鼻血を出しているな。高級機材をちらつかせたら菖蒲君が全て教えてくれたよ」

「あの子は!」

 恵先輩がこめかみに血管を浮き上がらせている。機密情報を物に釣られて漏らした部下に相当キレている様子だ。

「そこで私はある仮説を立てた。ただ実践するのは少し心が痛くてな。だが今は敵同士。どうか許してほしい」

 実践? 本当に何をするつもりだ。しかし、この疑問の答えはすぐに返ってきた。

 ガタっ ドっ カタカタカタカタ ドスドス バンっ ドッ

 騒がしい生活音。

 学校中にスピーカーを通して生活音が大音量で響く。

 そして

「うっ」

 俺はその場に膝をついた。


「律くん!? どうしたの!?」

 恵先輩がすぐに駆け寄ってくるのが気配でわかる。ただ、恵先輩に返事をするどころか、恵先輩の顔を見ることすらできない。激しい耳鳴り、頭痛、吐き気。視界の床には前のホテルと同様に鼻血が溢れている。

「律くん!? ごめん、ちょっと耳塞ぐよ!」

 恵先輩が胸で俺の頭を覆うように抱きしめて、両手で耳を塞いでくれる。その間、少しだけ症状が和らいだ。

「すみません……急にくらっときて」

「ううん、大丈夫。無理しないで」


「何かあったんですか!? 律さん!」


 インカムから天宮の声がする。

「わからないけど、さっきの放送の後に律くんが倒れて! 意識はあるみたいだけど」

 恵先輩が俺の代わりに皆に返事をしてくれている。そして、その間に放送が止んだ。

「どうだろう。効いたかな。これは君の家の生活音をまとめて編集したものだ。君が以前、鼻血を出し、味方のインカムが聞こえない、つまり一時的な難聴になったのはおそらくストレス。当然だ。君にとって生活音、つまり両親の出す音は警戒すべきものでそれを聞く時、君は緊張状態にある。さらに君の家庭状況を考えれば、これらをこのボリュームと量で聞くのはとんでもないストレスだろう。以前、ホテルの音を聞くのに同じ症状が出たのは、耳を酷使しただけでなく、君が生活音を拾いすぎたストレスによるものだろう。癪ではあるが、故に天宮清乃が君に触れているとき、それらの症状が和らいだ」

 会長が滔々と語る。

「これは作戦を立て直した方が良さそうだね。動ける?」

「はい、なんとか」

 恵先輩に肩を貸してもらい、元来た道を引き返す。あれだけ千春や天宮の心配をしておいて、開幕早々に自分がこの有様とは情けない。

「皆! 一旦撤退しよう! 律くんがこれじゃあ、相手の奇襲に対応できない! 戦力を固めて、戦略を練り直した方がいい!」

「……いや、それは手遅れみたいだ」

「綾乃ちゃん!?」

「前方に敵影が5つ……一気に来たな」

「今すぐ、そっちに向かうね!」

「いや、高梨君は一ノ瀬君を頼む! こっちはなんとかしよう」

「では私が3階へ向かいます。一階からでは少し時間がかかるかもしれませんが!」

「いや御園君はそれよりも放送室へ! 会長は今、一人だ! 君が捉えられれば勝負がつく!」

「……わかりました。気をつけて」

 少しだけ遠くなった耳からインカムを通して皆の声が聞こえる。まずい、完全に俺のせいだ。

「律くん。くだらないこと考えないでね。そもそも、どういう手を打ってくるかわからない相手に対して、こっちはネタが割れてる。後手に回って当然だよ」

「ありがとうございます、恵先輩」


 それから東校舎2階の奥の教室に避難し終わり、そこに綾乃先輩が一人で合流したのが数分後のことだった。

「……すまない」

 ところどころ傷ついた綾乃先輩が謝りながら教室に入ってきた。床に座り込む俺と恵先輩の下へ歩いてくる。

「天宮ちゃんは……?」

「攫われた。最初から私など眼中になく、天宮君を攫うことだけが狙いだったみたいだ。取り返そうとはしたが、多勢に無勢で」

 静かな教室の空気がずしりと重くなる。こういう時に天宮がいれば、くだらない冗談の一つでもいうのだろうが、当の本人が捕まっている。

「でもなんで最初に天宮を?」

「おそらく、チームを3つに分けて配置することは読んでいたのだろう。当たったのが君たちのチームなら一ノ瀬君を、御園君のところなら千春君を攫ったんじゃないだろうか」

「……なるほど。でもその人数差なら天宮と綾乃先輩を一気に倒すことができたんじゃ」

「相手はかなり慎重らしいな」

「そうですね。確かに綾乃先輩をわざわざ倒すよりも、天宮を攫って離脱してから人質にした方が確実……」

「いや人質にはしないと思う」

「人質にはしない? どうしてですか?」

 天宮を人質にしないなら俺がさっき言ったように綾乃先輩を戦闘不能にするべきだし、何より攫った意味がわからない。

「この戦いは君を生徒会に引き入れるための戦いだ。勝負の結果とはいえ、君が納得しないと意味がない。それは高梨君も心当たりがあるだろう」

「……そうだね。勝負とはいえ、あの場で人質を取ったり天宮ちゃんや千春ちゃんなんかの非戦闘員に風紀委員会が過剰に攻撃を加えていたら、律くんが風紀委員会に入ってもきっと協力してくれない。下手したら転校や不登校になるかもしれない。だから戦い方には気をつけた」

「その通り。ただ、千春君を捕まえていた場合は人質にされていた可能性はある。彼女の場合は、掴めただけでは戦力減にはならないからな」

「? それを言うなら天宮もじゃ」

 綾乃先輩が少しだけ躊躇う素振りをする。しかし、意を決したように口を開いた。

「もしASMR部と戦うのなら、私も最初に天宮君を狙う」

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