対決開始
しんと静まりかえった校内。夜、空気の冷たさが秋を感じさせる。しかし、その感慨に浸ることはできない。クナイを握る手には緊張で汗が滲んでいた。
「風紀委員会の時を思い出しますね」
「そうだね。あの時は色々とごめんね」
恵先輩は腰の刀に手を置き微かに笑う。
「いえ、別に責めてるわけじゃないですから。それにあの恵先輩が味方なのはとても心強いです」
「そうだね。僕も律くんと一緒に戦えて嬉しいよ」
恵先輩が少しだけ照れくさそうに笑う。こんな状況にも関わらず、その綺麗な顔立ちに見惚れてしまった。
「今回は例のスーツ着ないんだね」
「まあ、そうですね。あの格好は恥ずかしいので」
とは言ったが実際には綾乃先輩に使わせてもらえなかったのだ。いつものように借りようと思ったら、「君はあれがあると無茶苦茶するから今回は貸さない。だから立ち回りには最大限気をつけるように」と言われてしまった。最近の綾乃先輩は少しだけ真面目だ。間違ったことは言っていないが、説教をするときの表情に無理がある。なんだかんだ後輩に甘いあの人だから心を鬼にしているのだろう。あの人なりの優しさだ、素直に受け取っておこう。
ただ、最近無意識にか“私がいなくなったら”なんて言葉が端々に出るため、寂しくもありなんだか不安でもある。
「どうしたの? 律くん」
「いえ、なんでも。ただスーツがないから出来るだけ被弾しないようにと思って」
「そうだね。そろそろ病院の常連になっちゃうから」
「それは不名誉ですね」
「ふふっ、大丈夫だよ。僕が守るから」
恵先輩が刀の柄を握りこむと、刀が鞘をうつ金属音が頼もしく鳴った。
「じゃあ、恵先輩のことは俺が守りますね」
「……人気のないところでそういうこと、あんまり軽々と言わない方がいいよ」
恵先輩は左手で顔を隠し、そっぽを向き再び刀が鳴った。そこからは頼もしさ以外の何かも感じたが、気のせいだろう。
あと数刻で生徒会との決戦が始まる。
生徒会は俺の所属を、ASMR部はその拒否と強制入部制度の廃止、諸々の特典、俺や芽衣ちゃんの学費などが報酬となる。
さっきグラウンドでルール説明を受け、舞台の校内への移動が終わった。もうじきに開始の合図が流れる。
審判や救護、運営は生徒会と風紀委員会が共同で行うことで公平さの担保とした。その上で互いの宝物がなんであるのかを知るのは、急遽運営側に参加した文芸部の環先輩のみとなった。
九重さん曰く「不正や公平さを欠く行為をしないと、互いに認識し信頼している人物として適任だと判断した」そうだ。確かにあの人ならそういうことをしないと感じる。実際に以前共に戦った俺たちも生徒会の宝物がなんなのかは伝わっていない。
「しかし、こう言っちゃなんだけど今回の件、僕としてはかなり嬉しいんだよね」
「嬉しい?」
「うん。生徒会とは色々と確執があるからね。風紀委員長としても、僕個人としても」
思い返してみれば、風紀委員会との戦いも生徒会が介入したし、何よりあの問題は、生徒会の強制入部制度が根底にある。
「それにしても皆の方は大丈夫かな。まあ、皆強いから大丈夫かな」
「そうですね。それにおそらく一番頑張らないといけないのは俺たちですから」
今回の戦い、初期位置は生徒会が西校舎、ASMR部が東校舎となっている。その中で
俺たちは戦力を分散して配置した。3階あるこの建物に1階、御園先輩・千春、3階綾乃先輩・天宮、2階に俺と恵先輩のチームが配置されている。
相手がどういう手を打ってくるかわからないこと、2階に俺がいることで敵の動きを探知して味方のフォローに素早く回れること、御園先輩や恵先輩の戦闘スタイル的に固まっていると全力を出せないことを踏まえ、戦力を分散させたのだ。
「まあ、性格的にも戦略的も最初に律くんを狙って来そうだよね。僕たちが最初に生徒会長を狙うのと同じように」
やはり会長が宝物を持っている可能性が高い、というか確実に持っている。次点で九重さんと行ったところだ。
「問題は会長がどのくらい腕が立つかですね。他のメンバーは前の大運動会に出てたから、戦力はある程度把握できていますし」
相手はハンマー少女三上槌、大運動会で解説の四宮のこ、俺と戦った長剣の六星レビ、巨漢十一路雷太、九重鍵天、獅子宮十叶の6人だ。
「まあ、その人たちもどのくらい本気だったかはわからないけどね。まあ、不明な点が多い敵だから、味方を落とさないためには律くんの耳が大事。頑張ってね」
意地悪く微笑む恵先輩は俺と違って緊張していない、あるいは全くそれを感じさせない。流石というべきだろう。
「そろそろ始まるぞ。準備はいいか?」
インカムから綾乃先輩の声がする。皆がわずかに緊張を滲ませながら返事をする。
「それではこれより生徒会とASMR部の対決を開始します」
そしてアナウンスと同時に俺たちは東校舎に向けて走り始めた。




