不安要素
生徒会室をでた後の廊下は、朝の登校してきた生徒たちで賑わっている。その中を俺と天宮は重い足取りで部室に向かっていた。
「これ、皆になんて言うんだ?」
「……」
天宮が気まずそうに目をそらす。
「いや別にお前を責めてるんじゃない。元はと言えば、俺が蒔いた種だ」
天宮が会長にあれだけ噛み付いたのは驚いたが、まあ普段の言動を考えれば、あり得ない話じゃない。なんと言っても天宮だからな。
「いやあ、でも」
「やらかした自覚があるなら、ああいう突飛な行動は今度は控えてくれると助かる」
「う〜ん」
口元に手を当て体をくねくねと曲げる天宮はどこか納得のいかない様子だ。
「なんだ、落ち着きのない。言いたいことがあるなら言え」
「いや、その私も言い過ぎたというか、やらかしたなっていう自覚はあるんです」
「そうか、ならよかった」
天宮にも反省という概念が存在して何よりだ。
「ただ……また同じ状況にあっても、というよりこれからまた会長に会っても同じ対応をすると思うんです」
「何が言いたいんだ?」
「いや私もイマイチわからなくて。でも、多分ですけど」
「多分?」
「多分、私、あの人のこと嫌いです」
天宮がそういうことを言うのは本当に珍しいなと思いつつ、天宮の困惑している横顔をぼんやりと眺めた。
部室
「すみません」
あらかじめメッセで連絡を取っていたため、潮水さんと恵先輩を除くメンバーが部室に集まっていた。そこでさっきの出来事を報告し、俺と天宮が謝罪する。
「いや別に律たちが謝る子じゃないやろ。明らかにあっちが悪いとやけん」
「千春君の言うとおりだ。それにまだ、何かあると決まったわけではないだろう? まだあっちが強行手段をとってくるとは限らないし、穏便な方法を考えよう」
「そうです。それに、たとえ強行手段をとってきたとしても、私が頑張りますからね」
そう言って御園先輩が握り拳を作って可愛く微笑む。この人の頑張るが何を意味するかは言うまでもない。
「しかし、一ノ瀬君一人ならまだしも天宮君もいてそんなことになるとは」
「俺への信頼の低さはなんなんですか。あと、天宮への信頼の高さはなんなんですか」
よく考えてみれば、母さんとの時といい、別に天宮がいたからといって交渉がうまく行ったとかは無かったと思うんだが。
「私は律さんのお目付役ですから」
そうだったのか!? どちらかと言うと俺の方が天宮の世話をしている気もするが。もしかしてこの人たち、面倒事を起こす二人をセットにして監視を楽にしようとしてるんじゃないだろうな。
「天宮君も色々と問題はあるが……まあ、それでも君一人にするよりはマシな気がするからな」
「いや、そんなことないですよ。俺一人でもうまく……」
言いかけたところで部の全員から顰蹙の視線を浴びてやめた。思い返してみると俺一人でやって上手くいった記憶もあまりない。逆に天宮がいた時は、場こそ乱れるがそれなりの収拾がついている。
「でも、これからどうしたらいいですかね。また謝りに行った方がいいですかね」
「う〜ん、まあそうだな。あの頭の良さそうな会長補佐の彼女、九重君だったかな。彼女に間に入ってもらえばなんとかなるだろう」
「ですね、そうします。天宮も来れるか?」
「私、嫌ですよ。謝るのなんて」
いじけた子供のように唇を尖らせる天宮の言葉に、他の皆が心配そうに目を合わせる。
「清乃ちゃん、どうしたと?」
「いや、なんか会長と馬が合わないらしくてな」
「皆さんは会ってないからわからないんですよ。あの人、激ヤバですからね」
「いや、君も激ヤバだろ」
「私とはヤバさの方向性が違いますから! あっちは犯罪臭のするヤバさです。あれ、完全にストーカーですよ!」
天宮もまだ法律が追い付いていないだけで、十分に犯罪臭のするヤバさだろ。あと、綾乃先輩も人のことは全く言えないと思う。
「でも会長って、この部活が作るのにも結構力を貸してくれたイメージなんやけど、どうして急に律を生徒会に引き込もうとするんやろ?」
「さあ、気分じゃないですか?」
気分……? なんとなくしっくりこない。他に理由がありそうな気もする。
「その辺りも探ってみるといいかもしれないな。それこそ一ノ瀬君を加入させる以外の方法で解決できるかもしれない。そうしたら万事解決だ」
「そうですね。とりあえずはもう一度、会長と話してみないことには始まらないですけど。天宮もいつまでも子供みたいな態度とってないで謝るぞ。あれは言い過ぎだ」
「でも……わかりました。確かにもう一度話した方がいいかもですね」
いまだに不満そうな天宮。会長が急に俺を生徒会に引き込んだ理由も気になるが、天宮の普段の飄々とした態度と異なる今の様子も気がかりだ。ただ単に馬が合わない程度で済ませていいのか。もう少しちゃんと話した方がいいか?
「あっ、チャイム。律、一緒に教室行こう」
「ん? ああ、そうだな」
しかし、ここで朝礼がなる。
そして、これらの不安要素を抱えたまま俺たちは各々の教室へと向かった。




