謝罪と命令
いつも通りの朝。いつも通りの登校。いつも通りの校門には、すでに見慣れた運動部たちの抗議集会がある。部活動への強制入部制度への反対、部費向上、生徒会長辞任、など様々な標榜を掲げている。
「なんだか責任感じちゃいますね」
「そうか? 生徒数が多くて都会の中心にあるようなうちの学校じゃ元々無理のある施策だった。それが、綻んでいるだけだろ」
さも当然のように隣から天宮が話しかけてくる。こいつはよくドンピシャで登校時間に出くわすのだ。他の人と登校時間が被ることぐらい別に珍しいことではないから、とやかくは言わないが。
「でも前の大運動会まではうまく回っていたんですよね」
「大会でお金を配って、参加した文化部をストレスのはけ口にして、だろ。そんな歪な体制は上手く回っていたとは言えないだろ」
「ですかね……この学校、どうなっちゃうんでしょう」
「さあな。まあ、会長が代わったぐらいで学校がどうにかなるものでもないだろ」
「でもこれじゃあ、会長に謝りにいけないんじゃないですか? 忙しそうですし」
「……そこはなんとかするよ」
そのことを思い出して、頭が痛くなる。確かに俺が悪いけど、完全に律花の友達と思ってたし何年前のことだと思って……
「律さん、そういうの態度にでますよ? ずっと昔のことだから忘れてても悪くない、みたいな。あーあ、可哀想な会長。初恋の人と再開したら全く覚えてないなんて」
「はあ? 別に初恋とかじゃないだろ。普通に遊んでただけだし」
「いやいや分かりませんよ。会長、なんだか律さんに凄い親しげな感じですし。律さんにとっては何年も前でも、会長にとっては昨日のことのように……!」
目をキラキラとさせて天宮が妄想を語っている。馬鹿らしい……と言いたいところだが、あの時の会長の表情を見ると、初恋ではないとしても何かありそうだ。
「上手くやってくださいよ、律さん。恵先輩の時みたいに戦いになるなんて勘弁ですからね」
「当たり前だ。俺なんかここ4ヶ月で何回戦って、何回怪我したと思ってるんだ。俺はもう平穏に生活したいんだ」
「そう言っている人ほど、平穏には暮らせないものですよ。私、漫画で読んだから知ってます」
「どこかの殺人鬼と一緒にするな……」
「ふふっ、まあ会長との話し合いが失敗しそうだったら、私が吹き飛ばしてあげますよ。第3の爆弾で」
「は? お前、ついて来る気か?」
「当たり前です。律さん一人じゃ心配ですから。忘れたとは言わせませんよ、律さんが恵先輩に迫られて風紀委員会への入会にサインしたこと」
「ぐっ」
それを言われると痛い。あの時隣に天宮がいても防げなかったのだから、今回お前がついてきても変わらないのではと思う。しかし、あの件を蒸し返してもいいことは何もないので黙って従うことにした。
それにこう見えて人の機微とかに鋭い天宮だ、連れて行っても損はないだろう。
「さっと謝って、さっと解決する。揉め事はなし。それ行くぞ」
「全然、誠意がないですね……」
そして、隣でやや引いている天宮と共に生徒会室へと向かった。
生徒会室
「律と……君は」
「天宮です。同好会設立時にはお世話になりました。千春さんの時も裏で手を回してくれたみたいで」
生徒会室の奥にある大きなデスクには会長が、前に会った時と同様、ずっしりと座っていた。例の長い黒髪と鋭い目も健在だ。
「まあ、実際に動いたのは君たちだ。私がしたことなんて何も。特に千春君の件は危険地へ君たちを赴かせた。九重君にはかなり怒られたよ」
「それでも、千春さんを助けることができたのは会長さんのおかげです」
「そう言ってもらえると、私も怒られた甲斐があるというものだ」
意外と機嫌がいいのか。天宮を連れきてよかった。出だしは好調だ。この前の一件が無かったかのようにさえ感じる。
「ところで……今日は何をしに来たのかな」
会長と目があう。天宮も不安そうな目をこちらに向けてくる。大丈夫だ、今日何しにきたのかちゃんとわかっている。
「先日の件で謝りたくて来ました」
「先日の件……ああ、あれのことか。いや、あの件は私の方こそすまなかった。君には関係のない話なのに、急に感情的になってすまない」
あれ、やっぱり怒ってないのか。まあ、確かに俺は別にそこまで悪いわけじゃ──
「律さん! いじけてますよ! 会長、絶対にいじけてます!」
天宮が会長に聞こえない声で、抗議する。そうなのか? てっきり、本当に気にしていないのかと。
「関係ないなんて、そんなことありませんよね、律さん」
「あ、ああそうだ。俺と会長はその、幼馴染じゃないですか!」
「オサナナジミ?」
「え、ええそうです。幼馴染ですよ」
あの威風堂々とした会長が、なんとも言えない表情で硬直している。
「幼馴染、幼馴染! そうだな、そうだ。私と律は幼馴染だった。関係ないなんて言ってすまない。私史上、最大の失言だ」
「いやいや、俺の方こそすみません。この前の件があるまで忘れていたんですから」
「全て思い出したのか?」
机から身を乗り出して会長が、声を弾ませる。
「ええっと、はい。もちろん」
「っ……またっ適当なことを!」
天宮の怒る声はしかし
「そうか! ならあれも覚えているか? 夏の日に私が木から降りられなくなって、君が助けてくれた」
会長の声にかき消される。
「ええっと、はい。そんなことも」
「冬にはこたつの中で……おっとこれは人前では言えないな」
「えっ何したんですか!?」
「!? 覚えて……ないのか?」
「いや覚えてます! あれですよね、手を繋いだ……とか」
苦しくなる俺に、天宮が非難の視線を向ける。
「違う! お互いのへそを舐め合ったんだ!」
天宮の非難の目が、激しい軽蔑の視線に変わったのを感じる。
「じゃあ、あれも覚えていないのか!? 春に桜の木の下でその……口付けを」
「本当にそれ俺ですか!?」
「君だ! 君じゃなきゃ、私は口付けなんて……」
顔を赤くして、もじもじし始める会長。俺の隣では、打って変わって天宮の冷たい視線が続いている。路上の糞気分が味わえるどぎつい視線だ。
「いや、まあいいだろう。そういう思い出はこれから二人でじっくり思い出していけばいい」
「そうですね。うん、これから一緒に過ごせばもっと色々と思い出せるはずです。会長の間違った記憶も治せるかも」
後半は小声で、どちらかというと天宮に向けて言う。ん? 一緒に過ごす?
「律、私の恋人兼秘書になって欲しい」
「はい?」
「いいや、言い方に語弊があったな」
「恋人兼秘書? いや俺には」
「一ノ瀬律、生徒会への加入しろ。会長命令だ。恋人の方は……まあ、これからじっくりな」
「……」
会長は笑顔だが、自分の意見を絶対に曲げないと言う圧をひしひしと感じる。どうやら冗談ではないらしい。どうしてこうなった……?
「……バイツァダスト、いっときます?」
「頼む」
もちろん、時は戻らなかった。




