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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
生徒会編
164/253

退院と喘ぎ声

 あれから俺の病室にはあの事件に関わった人々が訪れた。律花と双葉ちゃん、もずくちゃん、それからもう一度芽衣ちゃんが一緒に来た。今回の怪我について、律花が怒ることはなかった。これは芽衣ちゃんが責任を感じないように、律花なりの配慮だろう。

 それから、風紀委員会の面々がお見舞いに来た。桜木先輩は御園先輩と同様に申し訳なさそうな態度をしていた。皆にお礼を言うと、美咲ちゃんや梅野先輩からお前のためにやったのではないと怒られた。菊門寺先輩は最近見つけたおすすめのNTR漫画のURLを送りつけてきて、早く元気になりなさいと言っていた。あの人は俺のことをなんだと思っているのだろう。菖蒲さんは無理やり連れてこられた子供のように早く帰りたそうにしていた。

 今回は芽吹先生もわざわざいらっしゃって、自分がついていながらと謝罪の言葉を口にしていた。あの人は真面目すぎる気がする。

 剣凪さんは、お見舞いには立場上行けないことをメッセージで謝罪していた。この人も真面目すぎる。もう少し肩の力を抜いてもいいのにと思う。

 警察からのお聴取には問題のない範囲で答えた。まあ、芽吹先生からどういう風に答えればいいかは聞いていたから、かなり楽だった。

 相変わらず、両親は来なかった。


「しかし凄いな、綾乃先輩の塗り薬。副作用の感度3000倍は怖いけど、使いすぎなければ問題ないし。おかげで、わずか1週間で退院できた」

 退院した学校初日の放課後、天宮の家へと俺は一人で向かっていた。なぜ、退院し本来は部室で暖かく迎えられるはずだった俺が天宮の家へと向かっているのか。それは例の事件での天宮のライブ映像にある。

 天宮がバズっているとかなんとか自慢していたあれのおかげで、あの日路上で許可なく突然ライブをして、近隣に迷惑をかけたのが天宮だと学校で判明したのだ。芽吹先生のおかげで3日間の停学処分で済んだらしい。そして、明日から復帰する天宮のために俺は芽吹先生に頼まれてプリントを持って行っているのだ。

「さて、ちゃんと家にいるだろうな」

 天宮の家の前に着く。一軒家、カーテンは締め切られていた。停学中に呑気に外に出かけている、可能性も天宮ならあり得る。まあ、一応呼び鈴だけ鳴らすか。いなければポストに入れて帰ろう。

 ピンポーン

 誰も出ない。留守みたいだな、帰ろ────

「ん♡ はァッ♡」

「……」

 犬は人間の1000倍以上の嗅覚があるらしい。にも関わらず、路上に平気でトイレをするのは同族への配慮に欠けるのではないか。彼らは常に糞の臭いを人間の1000倍以上感じているのだから。つまり、俺が何を言いたいかというと嗅覚だの聴覚だのは高ければ高いほどいいなんてことはなく、特に人間には鼻や耳を塞ぎたくなるようなことがたくさんあるのだ。例えば、友人の喘ぎ声とか。

「よし、帰ろう」

 ポストにプリントを入れる。しかし、先に入っていた郵便物に引っかかり、上手く入らない。くそっ、早くこの場から立ち去りたいのに。そうこうしているうちに、近くを通りかかった犬がやたら俺に吠えてくる。

「すみませんっ、こらポチ!」

「いいんです! 俺もすぐに立ち去りますから!」

 よしっ! ポストに入った。これで帰れ────

 そこで2階のカーテンの隙間、アイマスクをわずかに上げてこちらを見る目と視線が合う。

 あれだな、なんか過去編終わった後の五○先生みたいだな。

 何てことを考えているうちに窓が勢いよく開く。

「律さん! そこから動かないでくださいね!」

 顔を真っ赤にした天宮が大声で叫んだ。

 そして、ドタドタと階段を慌ただしく降りる音がする。それから先の窓と同様に玄関が勢いよく開かれる。

「律さん! どうぞあがってください! お茶を出しますから、ゆっくりとお待ちください。ちょっと支度しますから」

 息を荒げている天宮は、髪の毛がところどころ乱れピンクと白のかわいらしいパジャマ姿をしている。顔を片手で覆うように隠しているが、隙間からかなり紅潮していることがわかる。

「えっ、いや俺はいいよ。帰るから。うん、帰る」

「……どうせ聞いたんでしょう?」

「いや聞いたってか、聞こえたって感じだな」

「同じですよ。いいから入ってください。というか入れ」

「はい……」

 俺は天宮に強引に家へと引き込まれた。暗い天宮の家は魔窟のように見えないこともなかった。


 リビングのテーブル、出されたお菓子とお茶を程々に消費しながら30分ほど天宮を待った。

「遅くなってすみません」

「いや、全然」

 髪の毛を後ろで一つに束ね、服は茶色のブラウスとジーンズに着替えていた。

「今日はどうしていらっしゃったんですか?」

 テーブルの向かいに座り、自分で淹れたコーヒーを飲んでいる。

「ああ、芽吹先生にプリントを持って行くように頼まれてな。ポストに入れてるから」

「ああ、そうですか。ありがとうございます」

 そう言いながら髪を耳元にかける。落ち着きがない。俺と天宮の間にはどことなく気まずい空気が流れている。

「……それじゃあ本題に入りましょうか」

「入る必要あるか? 別に俺は何もなかったことできるぞ」

「わ・た・し・ができないんです!」

 面倒だ。帰りたい。

「天宮、早く学校にこいよ? 皆、待ってるからな」

「ちょっと締めようとしないでください! あと別に不登校になったわけじゃないですから!」

「……いや、だってお前な。わざわざ話すこともないと思うぞ。おかしいことなんてないだろ、年頃の子供が親のいない間にちょっとオ○ニーするぐらい。それにお前の喘ぎ声なんて部室で腐るほど聴いてるし」

「それとこれとは話が別です! いつもやってるのは演技じゃないですか!」

「ったく、何をそんなにむきになってるんだ」

 子供のエロ本とかオ○ニーを見つけた親ってこんな感じなのかな。

「私だけ喘ぎ声を聞かれるなんて不公平です。律さんも何かしてください。ち○こ見せるとか!」

「あ? なんでそうなるんだよ。お前、エロ漫画の見過ぎじゃないか?」

「見過ぎですけど何か!?」

 もう完全にめんどくさいモードになってるな。頭から煙が見えそうなくらい、テンパってるし。今日は退院祝いで律花がご馳走を用意してくれているのだ。帰りが遅くなるわけにはいかない。

「ああ、もうわかったよ。見せればいいんだな、見せれば」

 ズボンのベルトに手をかける。

「ちょっ! ちょっと何してるんですか!? 変態! 獣!」

「お前が見せろって言ったんだろ」

「言ったけど言ってません!」

 はあ、今日のこいつは一段と面倒臭いな。喘ぎ声一つでどうしたって────? 

 ふと違和感を覚える。家の中に生活感がない、とでも言うのだろうか。妙な静けさというか、寂しさを感じる。このリビングにそもそも物が少ないこともあるが、家庭の温かさ、複数人が住む家にある雑多感がない。まるで一人暮らしの家みたいだ。そもそも、俺が入ってきた時、家の中の電気はまるで付いていなかった。

「天宮、お父さんは家にいないのか?」

「? それは当然、この時間は留守ですから」

「いやそうなんだけど、そうじゃないというか。もしかしてここ数日帰ってないとか?」

 なんとなく口に出た疑問だったが、踏み込み過ぎたと今更に後悔する。母親が亡くなってから天宮と父親の間には距離があると前に話していたのを思い出す。

「あっ、いやごめん。別に答えなくていいぞ」

「……いえ。別に大丈夫ですよ。それに他の家庭の事情に首を突っ込むな、なんて私が言う訳ないじゃないですか」

 笑って天宮が言う。言われてみれば確かに天宮はこれまでかと言うほど、俺の家の事情に踏み入っている。

「そうですね。律さんの言うとおり父は仕事で帰ってくることは少ないですし、帰ってきても遅い時間なので会いません。ここ数日は仕事が忙しく帰っていないようですが」

「ここ数日ってことはお前、停学中は人と会ってなかったのか?」

「まあ、そうなりますね」

 誤魔化すように笑う天宮の表情の中に、一瞬だけ悲哀が混じっている。

「そうか。それで……」

「?」

「それで寂しくて自慰を」

「いや別にそんなんじゃないですから! 恥ずかしい分析しないでください!」

 再び天宮の顔に恥じらいと怒りが戻ってくる。うん、こっちの方がいくらかマシだ。

「天宮、今日は律花が俺の退院祝いをしてくれるんだが、お前も来ないか?」

「え? いいんですか、そんな会に混じって」

「いいよ別に。どうせ俺と律花二人だけの会だ。父さんも母さんも今日は遅いらしくて、外で食ってくるらしいから。天宮もいたほうが賑やかになる」

「それなら……。ああ、でも私、停学中なので外出は」

「別に停学中ってだけで、自宅謹慎じゃないだろ? 全く、みんな揃いも揃って真面目すぎる」

「律さんも大概だと思いますけどね。でも、そう言うことならお邪魔します。ちょうど退屈していましたから」

「いや、お前がしてたのは退屈じゃなくてオナ──

 とまで言いかけて普通に顔を殴られた。こいつ、普通に元気じゃないか。

 そしてさらに、天宮のおめかしに30分取られたのだった。

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