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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
学校見学会編
162/253

いつもの天井

 目を覚ますと見知った天井があった。自宅ではない。わずか3ヶ月の間についに3回目の入院を果たすことになった病院だ。

「……また、律花に怒られるな」

 外は明るいようだ。カーテンから少しだけ陽光が溢れている。早朝だろうか。

 体は少しだけ重い。左肩を中心に左腕が特に重い。動かすのは怖いな。絶対に痛い気がする。

 ぼんやりと天井を眺め、頭を整理する。

 結局、芽衣ちゃんはなんともなかったのだろうか。組織はどうなったのだろうか。田中さんや芽吹先生は警察の人に何も言われなかっただろうか。色々と気になることは多い。

「誰か早く会いに来てくれないかな」

 我ながら間抜けな発言。もちろん、状況を確認したい気持ちもあるが、そのなんというか寂しい。早くみんなに会って話がしたい。前までは一人でもどうってことはなかったが、ASMR部の面々と付き合ううちに孤独への耐性が下がっている気がする。しかし、不思議と嫌な気はしない。

「お兄さん……!」

「?」

 隣から声がする。体を起こせないから顔を確認できないが、声で分かった。芽衣ちゃんだ。「お兄さん! お兄さん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「落ち着いてくれ。こんな時間に騒いだら他の患者さんの迷惑だろ?」

 俺の顔と部屋の外を交互に見て、ひたすら、お兄さんとお姉ちゃんを連呼している。言葉を覚えたての赤ん坊みたいだ。

「ええっと、すみません! お姉ちゃんを呼んできます!」

「ん? ああ、別に今じゃなくて……ってもういない」

 一瞬でこの場を去ってしまった芽衣ちゃんは、制服を着ていた。綺麗な黒髪はところどころはねていた。この時間にすでにいるとなると、昨日の夜からいたのだろうか?

「お姉ちゃん! 早く!」

「分かっていますから引っ張らないでください」

 そして、部屋には芽衣ちゃんとナース姿の田中さんが入ってきた。


 田中さんのいつもは雑に着ている服や、雑に縛っている髪の毛も今日は綺麗に整えられている。芽衣ちゃんがいるからだろう。

「……聞きたいことがたくさんある、といった顔ですね」

 面倒くさそうに田中さんは自分の椅子を近くから引っ張りそこに座った。芽衣ちゃんも元々自分が座っていた椅子に座る。

「とはいえ、まずは今回の件」

 田中さんが深々と頭を下げ、芽衣ちゃんも隣でそれを見ながら頭を下げ

「本当にありがとうございました」

 お礼を言う。

「いや、勘弁してください。今回はそういうのじゃないですよ」

「では、私はお礼を言ったのであなたは謝罪を」

「謝罪?」

 何か悪いことしたかな。思い当たる節がないが。

「大丈夫だと言って私たちを逃し、この様。こうなるから私はあなたが逃げるべきだと」

「いや、でもあの状況じゃ、ああするしか。それにこうして生きているんですから」

「そういう問題ではありません。ああいう向こう見ずな行動に対して、生きていたから許すと言うのならば、どうやってそれを咎めるのですか?」

「……そうですね。すみません」

 死んだら謝ることもできない。律花やASMR部の皆にもちゃんと謝らないといけないな。いつも心配をかけている。

「まあ、今回の件で私にあなたを責める権利はないですから、この話はここまでにしましょう。それよりも気になることがたくさんあるのでしょう?」

「そうですね。まずは芽衣ちゃんにあの日のことを。もし辛ければ、話さなくてもいいけど」

「いえ。あそこまでしていただいて話さないわけにはいきません。それに怖い思いはしましたけど、皆さんのおかげで辛い思いはせずにすみましたから」

 そして、あの日のことを芽衣ちゃんが話し始めた。

 曰く俺たちが調べたように、男と会って話し帰ろうとしたところを囲まれ、ホテルに連れ込まれたそうだ。最初はカメラの前で交際経験とか性経験を聞かれたらしい。芽衣ちゃんが上手く答えられなくて、それからしばらくして芽衣ちゃんが泣き出してしまったらしく、撮影が中断した。しばらくして、撮影が再開、服を脱ぎ出したところで俺たちが入ってきたらしい。そこまでして奴らが撮影の形式にこだわったのは、組織の男が言っていたように芽衣ちゃんを何度も利用するためだろう。もちろん、そんなことを本人に言うつもりはないが。

「しかし、本当に下衆な連中だな。奴らはどうなりましたか?」

「彼らは無事に全員捕まりましたよ。あなたを刺した男の持っていた薬や映像が証拠に。組織全体への立ち入りも時間の問題でしょう。私たちへの事情聴取も昨日1日をかけて終わりました」

「ならよかったです」

 部屋の隅に置いてあるカレンダーを見ると、どうやら俺は丸一日寝ていたらしく、事件があったのは一昨日だ。

「本当は芽衣の映像はこの世から跡形もなく消して欲しかったのですが、証拠になるから消せないと言われましたよ」

「でもそれがこれからの被害を減らせるなら私はいいよ。ネットに拡散されなかっただけラッキーだから」

「楽観的すぎる。警察だってどこまで信用できるか。今回だって、あれだけ大きなホテルが組織に加担していたんです」

「ああ、そうだ。あのホテルはどうなったんですか? それに田中さんもあんな騒ぎを起こして平気だったんですか?」

「これはニュースを見ればわかりますよ。犯罪組織との癒着が明らかになり、連日メディアに取り立てられています。私の方はその辺のゴタゴタでうやむやになりました」

「そうですか、やっぱりあのホテルも。なんだかショックですね、自分の住んでる街でこんなことがあってたなんて」

「あなたのような子供が気にすることではありません」

 それからしばらくの間、沈黙が流れる。

「では、私はこれで。芽衣も帰りますよ」

「ええっ! もっと話したいことが!」

「いいから、今日は家でゆっくりしなさい。あんなことがあった後で、ろくに家にも帰らず、病院に泊まるなんて、両親に許可を取るのがどれだけ大変だったか」

「うう、ごめんなさい」

「ああ、あなたのご友人には連絡しています。私は諸々の手続きや警察との話もあって忙しいので。さらに知りたいことがあれば彼らに」

「お兄さん! 本当にありがとうございました! また、お礼に伺います!」

「ああ、お礼なんて気にせずいつでも遊びに来てくれ」

 そして、二人は部屋を去った。

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