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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
学校見学会編
159/253

ウイスキーと大人の責任

 ホテルを出て、スマホに送られた住所へと向かう。外では、いまだに天宮がライブを行なっている。おそらく、スマホを見れていないのだろう。ただ、今はそれでいい。ここから先は、俺達の仕事だ。それに結末によってはそこに天宮はいない方がいい気もする。これは俺の勝手な思いなのだろうが。

「思い違いは」

 走りながら、天宮の歌声が聞こえる。天宮のライブに夢中で人が動きを止めているため、動きやすい。天宮のいる人混みの中心を避ければ、普段よりもずっと動きやすい。

 しかし、あいつの選曲センスはどうなってるんだ……女子高生にしては渋いな。


 指定されたホテル前に着くとパトカーが複数台止まっていた。ホテル自体はどこにでもあるビジネスホテルで、特別に怪しい雰囲気はない。俺は、パトカーの近くに入口を見つけ、中に入ろうとした。

「ち○こだけでなく、脳みそまで小さいんですか? あなたは」

 そこで聞き馴染みのある声に止められる。田中さんだ。

「田中さん! どうして外に? 警察は? 芽衣ちゃんは?」

「質問が多いですね。人に質問する前にあなたこそどうなんですか? ホテルに入ってからどうするつもりで?」

「それは……」

 言われてみればそうだ。今のホテルの多くはルームキーがないとエレベーターが使えず、部屋の前にさえ行けないことが多い。

「あなたの友人、高梨恵からホテルの芽衣の居場所は聞きました。どうやってわかったのかも聞きましたが、あの様子だとあまり人には言えない方法らしいですね。警察には芽衣から連絡があったと伝えています」

「そうですか、ならもうすぐに!」

 目の前のパトカーを見て言う。しかし、田中さんの顔は晴れない。

「ホテルは証拠がないの一点張りで、警察の捜査に全く応じません。当然、芽衣との会話履歴なんてありませんし」

「それって……」

 おそらく、ホテル側も組織とぐるになっている。それに警察が来たとわかれば、証拠を消し、逃走を図る可能性もある。その過程で芽衣ちゃんをどうするかもわからない。かなり、まずい状況だ。

「そういえば、さっき恵先輩と言っていましたけど今はどこに?」

「あそこで、始まったライブの人混み整理と撤収を手伝いがどうとか、言っていましたが」

 天宮! あいつのおかげで見つけることができたから、文句は言えないがあっちに人手が割かれているのは痛いな。

「ただ、助っ人は預かっています。この二人で十分だと言っていましたが……」

 そして田中さんの後ろから二人の人影が現れる。

「一ノ瀬さん、このホテルごと壊してはいけないのですか?」

「……他の客のことを……考えろ」

「……なるほど」

 ナイス恵先輩、完璧な采配だ。この二人を制御する俺への負担を考えなければだが。

「でも、どうやってホテルに入りましょう?」

「それは準備ができています。念の為、あなた達もこれを」

 田中さんに渡されたのはマスクだった。

「え? 何かやばいことするんですか? 押し入りとか」

「そんなわけないでしょう。警察に顔を見られると話がこじれるからです」

 そう言って田中さんはツカツカとホテルに入って行った。俺たちは困惑しつつも、マスクをして後に続いた。


 ホテルのフロントでは警察と職員が向き合っている。警察は通信で何事かをボソボソと話しながら、ホテルの職員を時々睨みつけていた。

「すみません、予約をしていた田中ですが……」

「はい、田中様4名ですね。こちら、キーになります」

 空いているもう一つの受付で田中さんがあっさりとキーをもらう。予約してたのか、なら早く言ってくれればいいのに。

「あと事前に伝えていたお酒……ウイスキーを一本もらえますか?」

「はい、こちらですね」

 そう言ってウイスキーの酒瓶を受け取ってから田中さんは、エレベーターに向かった。


 エレベーター内、わずかに緊張感が漂う。

「6階、部屋の前まではこれで行けそうですね」

 田中さんが予約した部屋も、もちろん6階だ。しかしここからどうするか。

「……あなた達は子供です」

「急に何の話ですか?」

 スーツの上に着ている灰色の薄手のジャケットを正しながら、田中さんが淡々と話す。

「そして今回の件は、我々大人の社会の問題です。それに子供達が巻き込まれてはいけない。芽衣はもちろん、あなた達も」

「……今更、手を引けって言うんですか?」

「もしそれで芽衣が救えるなら、そう言いたい。ただ、私一人ではどうにもできない。あなた達は腕が立つと聞きました。その力がこの場面では必要です」

「なら、今更なんの話を」

 エレベーターが6階に到着し、俺たちは奥の部屋へと向かう。その間も田中さんは話し続ける。

「つまり、今回の件であなた達がなんらかの責任を負うことだけはあってはいけない」

「田中さん……意外とちゃんとしてるんですね」

「殺しますよ」

 あの田中さんからここまでまともな話を聞くことがあるとは。あの夜勤中にプラモを作っちゃうあの田中さんが。


「なので、今回はこういう手段を取ります」

 そう言って、田中さんは部屋の前に立つと持っていたウイスキーを開けて一口飲む。

「ええっと、何してるんですか?」

 そして、田中さんがポケットからスマホを取り出す。そして声をいつもより高く変えて

「警察ですか? ○○ホテルの6階なんですけど酔った宿泊客が喧嘩を始めてしまって。はい、今すぐ来てください。流血している人もいて、すごく大変で。はい、お願いします」

 そして、スマホの電源を切りポケットに再びしまう。

「じゃあ、これから私は喧嘩をするので止めてください」

「えっ」

 そして

 ドンドンドンドンドン

「おい! どうなってんだ! 部屋のドアが開かねえぞ! 誰か入ってんか、こらあ! おい、泥棒がいるぞ! 早く出て!  業務妨害だから! 早く降りれえ!」

 ドアをノック、というより強打しはじめ、大声で叫び散らし始めた。

 中から慌てて走ってくる音がする。そしてドアが開いた。

「ちょっと、なんです、かっ!?」

 そして田中さんは、出てきた男の頭に持っていたウイスキーの瓶を叩き込んだ。

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