メーデー
天宮が退室してからしばらく時間が経った。その間もスピーカーと向き合い続けたが、成果はない。
天宮に策があるようだったため、その時のために休憩を挟みながら作業をしている。今はその休憩中だ。
「他の人たちはどうですか?」
見つかったのならすぐに連絡があるだろうから、この質問に意味がないとは知りつつも微かな期待をせずにはいられない。
「もちろん、多くの人が今も捜索している。しかし、成果はまるでない。盗聴器の取り付けが終わった服部と剣凪は……天宮の手伝いをしているみたいだな。具体的に何をやるかは知らないが、ASMR部のメンバーや風紀委員会も動員しているみたいだな」
「あいつは一体、何をしてるんだ」
天宮のことを信頼していないわけでは決してない。この状況で無意味なことをする奴ではないこともわかっている。ただ、こういう追い詰められた時に、とんでもないことをするからな。そこだけ心配だ。
「すみません、じゃあもう一度お願いします」
「了解」
そして、もう一度、スピーカを通して街の音に耳を澄ます。
芽衣ちゃんがホテルに行ったと思われる時間からおよそ1時間半。最悪の想定が頭から離れない。ただ、多くの人の叱咤激励を心で反芻して己を奮い立たせる。
「ねえ、何あれ?」
チューーーン ダダッ ダンダン ダダン
ジャカ ジャカ ジャーン
「こっちに並んでくださーい!」
「もうすぐ始まりまーーす」
「なんか、イベント?」
ザワザワ ザワザワ
「?」
妙な感じがする。さっきまでとスピーカーから聞こえてくる音が変わった。スピーカーを通してある程度、街の音も聞こえる。それらが妙に浮ついている。色めき立っている。
「あれ? 今日っって何かありましたっけ?」
「え? いやないと思うけど。それならもっとお客さんいると思うし」
そして、街の外の雰囲気がホテルのフロントにまで伝わっている。
そして
「今日は私たちの最後のライブのために集まってくれてありがとう」
聞き覚えのある声、というか天宮の声だ。
「私たち、チームヨミハラが結成してから20年。今まで応援してくれたファンの皆に感謝をこめて歌います。私たちの故郷であり、出発点のこの場所で最後のライブができること、本当に嬉しく思います」
「なんか有名なバンド? チームヨミハラって知ってる?」
「わかんない。けど、人も集まってるし、なんか有名なんじゃない? しかも20年やってたぽいし」
「ボーカルの人、すごく若そうだけど……」
「まあ、少しだけ聴いていく?」
少しずつ街の音が一箇所に集まり始めている。しかし、色めきたった街では余計に人々の声や足音が増えている。これでは逆効果だ。天宮は何を考えてるんだ?
「それじゃあ、一曲目歌います」
そして伴奏が始まる。軽快なロックミュージック。俺も知っている曲だ。邦ロックをよく聴く人間なら多くが知っている。そして、天宮が歌い出す。
瞬間、会場のざわめきが一段階上がる。
「えっ、普通に上手くない?」
「すごっ」
「動画っ、動画撮ろ!」
上手い。上手すぎる。思わず歌声に聞き惚れる。
声量も質もプロに負けない、いやこれならプロの中でもかなり上位だ。
前に天宮とカラオケに来て、歌が上手いことは知っていた。しかし、あの時よりも何段階もギアが上。あの時は下手な俺に合わせてくれていたのだ。
「心の底まで〜〜〜〜♪」
「外、なんか騒がしくない?」
「なんか、やってるよ! ねえ、見に行こう」
「待ってめちゃ歌上手い人いる! 有名人じゃない?」
「観に行こう!」
「!」
天宮の狙いをようやく理解する。なんて博打、いやなんて自信!
街の音が天宮を中心に一つになっていく。
それだけじゃない、天宮を観るためにホテルから人が出て行っている。
“聞き惚れちゃダメですからね”
天宮の言い残した言葉を思い出し、我に帰る。
「菖蒲さん! 最初からお願いします!」
「了解!」
必要なのは聴覚だけ。視覚、触覚、その他の全ての感覚を遮断する。呼吸音もいらない。意識を音の中に沈める。
天宮の音楽を聴く人々が自然と無言になる。街中から天宮の音楽以外の音が消えていく。その中で、音楽に気を取られている場合ではない連中がいる。街からあぶれた悪人の巣の在処が明確に浮き上がる。
そこから聞こえる救難信号に触れる。
「お姉ちゃん……助けて……!」
嗚咽の混じる、か細い声。
「8番のスピーカー! 6階の隅! 芽衣ちゃんがいます!」
「菖蒲! 今すぐ位置情報を全員に共有して!」
「もうやってます!」
スマホに位置情報が送られている。
「芽衣ちゃんの居場所がわかりました! スマホに位置情報が! 動ける人は今すぐお願いします!」
「「「了解!」」」
インカムに指示を送り、俺は鉄砲玉のようにホテルを飛び出した。




