表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
学校見学会編
156/253

やるべきこと

恵先輩たちが到着するよりも少しは早く、ひどく乱れていたインカムが落ち着き始めた。


「千春さん……」

「御園先輩……この人をどれだけ殴っても何も解決せんよ。それに御園先輩の力は後で絶対に必要になるけん。暴れるのはここじゃなか」


少しだけ息の乱れた二人の声。どうやったかはわからないが、千春が御園先輩を止めることに成功したらしい。

「天宮、すまない。返すよ」

天宮の耳から取ったインカムを返す。

「謝らないでください。でもよかったです。その様子だと解決したんですね」

「まあ一応な。御園先輩が警察に連れて行かれる、なんてことにはならないんじゃーー

ザザッ

「!?」


「ちょっ!?」

「チッ、やはり足の骨だけでも折っておくべきでしたか」


落ち着いたのも束の間、インカムの向こうが再び騒がしくなる。察するに、御園先輩が落ち着いた隙を見て逃走したようだ。

しかし、すぐに


「マリアちゃん、そんな物騒なことしなくても大丈夫だよ!」


インカムから恵先輩の声がする。さっき千春に呼ばれて、到着したらしく、ちょうど逃げた男を捕えることができたらしい。

恵先輩のインカム越しに桜木先輩の声も聞こえる。今、あの場所はこの街の中では最も安全な場所と言えるだろう。


「律くん、聞いてる?」

「はい。聞こえてます。天宮も一緒です」

「そっか。なら報告。さっき警察の人と話したけど、今捕まえた人はやっぱり組織の末端みたいで大きな情報は得られない可能性が高い。マリアちゃんたちが捕えたのが女の子を密室に連れて行く前だったから、おそらく他の人間は逃げていると思う」

「すみません。私が先走ったばかりに」

「いえ、その女の子が怖い思いをしなくて済んだだけよかったと考えましょう。それよりも恵先輩、聞きたいことが」

「なに?」


息がつまる。呼吸が浅くなるのを感じる。俺の緊張を感じ取ってか、天宮が俺の方を心配そうに見ている。


「その組織による犯罪が同じ場所で同時に起きることなんてあり得るんですか? 人員や、撮影をするなら機材もそれなりに必要なはずです。もしかして、もう……」

「……その可能性は否定しないよ。ただ、組織の規模は大きいから、機材や人員もそれなりにあるんじゃないかな。それに女の子が直前で来なかったり、今みたいな失敗も考えて複数のブッキングを行っている可能性もある」

「そうですか……」

「不安なのも、嫌なこと考えちゃう気持ちもわかるよ。でも、まだ芽衣ちゃんが組織と接触したのが確定したわけじゃない。もしかしたら組織の人との待ち合わせの約束を破って逃げているからスマホを切っているのかも。まだ約束の時間になっていない可能性も十分にある。僕が言いたいことわかるよね?」

「……はい。すみません。弱気になってました」

「そうですよ、さっきから律さん、すぐにウジウジしちゃって困ってるんです。御園先輩もなんとか言ってあげてくださいよ」


こいつ、絶対に機嫌が悪い御園先輩に振りやがって。


「……私が言えたことではありませんが、もう少しだけ冷静になってもいいかもしれません。決して楽観的な状況ではありませんが、心強い味方もたくさんいます。お互いにできることを今はしましょう」

「御園先輩……」


さっきまで人間を半殺しにしようとしていたとはとても思えない言葉だ。この人も根はまともでいい人なんだ。そんな律花から何度も聞いたフレーズを、心の中で用いつつ前を向く。


「それに全く前進がなかったわけじゃないよ。一つだけ手がかりが」

「! なんですか!?」

「捕えた男の財布から○○ホテルのルームキーが出てきた。今、警察の人が向かってる」

「! なら私たちも」

「いや、リスク分散を考えるなら同じホテルで撮影するとは考えづらい。俺たちは引き続き街を探したほうがいい、ですよね」

「そうだね。律くんの言うとおりだ。こっちもまた何かわかったらまた連絡するね」


それから会話は終わり、それぞれ自分の仕事に戻った。剣凪さんも素早く街へと飛びだった。

「街を探すと言ってもこれからどうしますか、律さん」

「これまで通り走り回るしかないだろ。休憩も十分に取ったし。天宮こそ大丈夫か?」

「はい! 私も動けます。やれることをやる、ですね」

それから、俺たちは再び街へ駆け出した。


会社帰りのサラリーマン、ホスト、客引きの女性、バンドマン、ありとあらゆる人たちに声をかけて情報を集めた。しかし全て空振り。もはやこの街にすらいないのでは、そんな考えが巡る。

「律さん、こうなったらホテル一つ一つを回って聞くしか」

「ああ、そうーーーーー母さん!?」

「は? 急になんですか? ふざけてる場合じゃないですよ」

天宮が辺りを見渡して、母さんがいないことを確認してから言う。

しかし街中で芽衣ちゃんの声を聞き漏らさないためにフル稼働していた耳が確かに捕えていた。俺の耳はそもそもそのためのものなのだ。聞き間違えるはずがない。

「兄ちゃーーん!」

そして遠くからさらに聞き覚えのある声。

「あれ? 律花さん! 双葉さんやもずくさんまで。それに後ろにいるのは……」


スーツ姿に赤い眼鏡、きっちりと後ろにまとめられた髪の毛。間違いなく母さんがいた。

「律花、なんで来てるんだ? 他の皆も。それに母さんまで」

「そんな話をしている場合なの?」

「……」

律花への質問は帰ることなく母さんの無慈悲な一言に遮られた。色々とあったからな。隣の天宮も明らかに緊張している。

「母さん、これは……」

「うちの学校にもこの手の犯罪の情報は入ってる。うちの学校でも未遂だけど被害があった。そういう子は最初からホテルに連れて行かれない。最初は本当に飲食店なんかで会話して、油断させてから連れ込むの」

さっき、御園先輩たちが捕まえたのは飲食店からホテルに連れて行かれる途中だったのか。気づけたのは奇跡だな。

「なら俺たちも飲食店で聞き込みした方が」

「もうやっているわ。田中さんの保護者の方はもちろん、この子達の保護者も。あと、教員の知り合いも何人か。この子達は一緒に行くと言って聞かないから、私がまとめて面倒を見ているの」

そう言って少しだけ目元を抑える。困ると母さんはこの仕草をする。

「なら俺たちも聞き込みの手伝いを」

「はあ。この時間、忙しい飲食店にあなたのような子供が聞き込みに言って相手されると思うの? こっちは足りてる。あなたはあなたにしかできないことをやりなさい」

「それって」

母さんがだるそうに地震の耳元を指先で叩く素振りをする。

「わかった。ありがとう」

それだけ言って天宮と無言で頷きあう。

「お兄さん、芽衣、大丈夫だよね?」

「芽衣……」

双葉ちゃんともずくちゃんが不安そうに俺たちを見上げる。

「ああ、大丈夫だ」

そうしてくたくたになった脚にもう一度喝を入れて走り出した。

「律さん、耳のこと、お母様にバレてるんですね」

「……たしかに」

これについては全てが解決してからゆっくり考えよう。


聞き込みをやめ俺と天宮が再び目と耳によるローラー作戦に出た頃、インカムに連絡が入る。


「協力者の教員の方から連絡。1時間前に西区の飲食店を出たとの目撃情報あり。律くん、今すぐ向かって!」

「了解!」


1時間前! ギリギリだ。もうとっくに事が起きていておかしくない。間に合うか!?

西区自体はここから走ってすぐだが、西区中を走って聞くとなると時間がかかる。それに建物内はほとんど音が聞こえない。どうする。

ヒュッ

耳元で風切り音がする。

「一ノ瀬君! すぐにこっちへ! 君の力が必要だ!」

「綾乃先輩!」

どこからともなく現れた綾乃先輩に手を引かれ、俺たちはホ近くのホテルに入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ