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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
学校見学会編
152/253

Before trouble

「あの……その…すみません」

「いや、あれは俺の問題だ。別に双葉ちゃんが気にすることじゃない。俺のほうこそ巻き込んで申し訳ない」

生徒会室を出てから皆のいる場所までなぜか手を繋いで歩く。さっきの出来事のショックで双葉ちゃんは泣き目になり、手を繋いできた。こうしていると、あんな態度でもまだ子供なのだと思う。

急にあんな事態になったショックに加えて、自責の念もあるのだろう。すっかり覇気がない。

「ちなみに生徒会室の場所はどうやってわかったんだ? 地図なんかあったっけ?」

「女の人が教えてくれて」

「女の人? ASMR部の誰かか?」

「いや、全然知らない人です。確か……青いピアスをしていたような」

青いピアス……思い当たる人物が一人いる。帰零先輩がしていたはずだ。しかし、青いピアスをしている人なんて他にもいるだろうし、第一そんなことをする理由が見当たらない。

「律さん!」

考えを巡らせていると背後から聞き馴染みのある声がする。

「よかった! 見つかったんです……ねってなにかあったんですか?」

迷子を彷彿とさせる双葉ちゃんの塩らしい様子を見て、天宮が俺の方を責めるように見ている。

「うわあ、律さん、メスガキ相手にガチギレしたんですか? 最低すぎます。大人としてのプライドはないんですか?」

「お前にだけは言われたくない。あと、別にそんなことはしてない」

ガチギレされたのはどちらかというと俺の方だしな。

「……また、何か巻き込まれました?」

「いやわからない。身から出た錆な気もする」

天宮は何も言わず、俺の目をしばらく見てから「見学会が終わったら、話聞きます」とだけ言った。


「ほらっ双葉ちゃん、元気出してください。乳首当てゲームでもします?」

そんなノリで提案するゲームではないし、それで子供をあやせると思っている天宮がシンプルに怖い。

「は〜い、じゃあよく狙ってくださいね。チャンスは3回ですよ」

歩きながら乳首当てゲームに興じる二人を横目に、俺は会長の言葉を反芻する。俺と会長が昔に会っている? わからない。思い当たる節がない。そもそも中学時代、いや中学受験を含めると小学校高学年から俺は勉強ばかりで友達なんていなかった。人と話すこともほとんどなかったはずだ。クラスメイトの名前だって誰一人憶えていない。

「あん♡ 正解です」

「ヒッ、この人何でブラしてないの!?」

会長の乳首が……いや違う。くそ、隣のくだらないゲームのせいで思考が乱れる。

「律さんもしますか?」

「…………いや、遠慮する」

胸の大きな人を見かけた時に敢えて見ないようにするとか、パンチラに対して目を逸らすとか、そういった誰からも責められることも褒められることもない良心。こういう時に発揮される良心にこそ、人間の真の善性があるのではないかと俺は思う。したがって、ここでノーブラの天宮の乳首当てゲームの誘いを断れた俺は誰に褒められなくても、確かに善人であることを行動を以て証明したのだ。

「律、なんかまた頭の悪いこと考えよらん?」

「千春! いつの間に。それに他のみんなも」

いつの間にか、皆と合流していた。全く自分の集中力には驚かされるばかりだ。周りが見えなくなるのが玉に瑕だな。

「律さんは今、私からの乳首当てゲームの誘いを断った自分を自画自賛しているんです。勝手に自分が乳首を当てる側と勘違いしている時点で負けなのに」

「おい! それはずるいだろ。攻守平等じゃないのか!?」

「考えてたこと自体は否定せんたいね」

「そっちはどうだった? 問題なかったか?」

「無理矢理、話を変えた……」

律花達が手にパンフやら冊子やらを色々と持っていることから俺たちがいない間も問題なく学校見学はゾックできたらしい。双葉ちゃんも律花達と合流して少し元気が出たようだ。

「私たちの方は問題なかったですよ」

「潮水さんもごめんな。入部したてなのに色々と大変な思いをさせて」

「いえ、いいんですよ。このぐらい」

流石に疲れたのか、そう答える潮水さんのこの顔にも覇気がない。

「そろそろ時間やね。まあ、周るところは大体周ったし大丈夫かな」

時計を見ながら千春が言う。

「ちょうど玄関口だし、ここで解散か」

今いるのは俺たちが入ってきた下駄箱だ。靴もここにあるから、いいタイミングだろう。

「今日はありがとうございました! 兄ちゃんもありがとな。ASMR部の人たちもいい人ばっかりで安心したよ」

言葉の裏をとるに、どうやら律花の中でASMR部は得体の知れない連中だったらしい。そして、それは間違ってないから安心しなくていいぞ。

「今日はたくさんご迷惑をおかけしてすみませんでした。ほらっ双葉ちゃんももずくちゃんも謝って」

芽衣ちゃんに言われて渋々と二人が頭を下げる。

「いや別にいいよ。それより俺たちの方こそごめんね。もっと上手くやれればよかったんだけど」

「いえ、とても楽しい見学会でした。私、この学校に行くかどうか迷っていたんですけど、決めました。ここを受けます」

「芽衣なら絶対受かるよ! 兄ちゃん、芽衣はうちの学校で一番頭がいいんだぞ!」

「そうか、なら心配ないな。入ってくるの楽しみに待ってるよ」

「はい! ありがとうございます!」

そう言って力強く芽衣ちゃんが頭を下げる。

それから諸々の挨拶を済ませ、律花達は笑顔で学校を去った。俺たち4人が下駄箱に残された。

「疲れたな」

3人が遠い目をしてこくりと頷く。

「後輩ってあんなに得体の知れない生物でしたっけ?」

「あっちからしたら、お前も十分得体が知れないと思うけどな」

「二人は部活とかしてこなかったから、後輩と接する機会が今まで少なかったんやろ」

「言われてみればそうだな……もしかして部に後輩が入ったら毎日こうなるのか」

自分で言って、ふと部の先輩方の姿が目に浮かぶ。なんだかんだかなり迷惑をかけているからな。綾乃先輩には初期からずっと世話になっているし、御園先輩や恵先輩には先の大運動会を含めてかなりお世話になっている。いつも変人扱いているが、実はかなりいい先輩達だ。

「これからは先輩達にもう少し優しくしような」

「ですね。私も反省します」

特に反省すべきトラブルの中心二人は日々の態度を改めることを各々の胸に誓ったのだった。

そして、学校見学会は幕をーーーーーーー閉じなかった。

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