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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
学校見学会編
151/255

思い出せない思い出

「大丈夫でしたか?」

「ああ、全然大丈夫だったよ」

 事情を知らない天宮が心配してくれる。まあ、急にあのメンバーで外に出たら心配もされるか。

「! 律からまた知らない女の匂いがっ!?」

「うん、うん、そうだね。あ〜人事のこととかは僕わかんないかな。リーダーの秘訣? いや、僕は反面教師だし……」

「へえ、一ノ瀬さんって家でもあんな感じなんですね。面白くない」

 部屋を見渡すとそれぞれ会話を楽しんでいるようだった。

「そろそろ、出るか。皆も大丈夫か?」

 双葉ちゃんだけ不満そうだったが、恵先輩に説得されて渋々部室を出てくれた。恵先輩、この先もついて来てくれないかな。双葉ちゃん対策で。

「芽衣ちゃんはどうだったかな、うちの部活」

「皆さんとても優しくて、いい部活だと思いました。ただ……あの体操服を着たマネキンはどうかなって思います」

「ああ、あれは天宮の個人的な趣味なんだ。部活は全く関係ないから大丈夫だぞ」

「あっ、そうなんですか。変わった趣味をお持ちなんですね」

「律さん」

「仕方ない、あとでジュース奢るよ」

「私の名誉はそんなに安くないですよ。今度、お昼も奢ってください」

 それは十分に安いのでは、と思ったが優しい俺は言わないであげた。考えてみれば、そのぐらい安かった気もするし。

「双葉ちゃんはどうだった? 何か得られるものが……ってあれ? いない?」

 後ろを振り返るとさっきまでいたはずの双葉ちゃんがいない。

「潮水さん! 千春! 双葉ちゃんは?」

 二人とも首を振る。少し目を離した隙にいなくなったらしい。

「律さん、とりあえず恵先輩に連絡してみましょう。ついていっているかもしれません」

「兄ちゃん、私は双葉に連絡する!」

「私は近くにいるかもしれないので探して来ますね!」

「ああ、頼む」

 すぐにスマホを取り出して、恵先輩に連絡する。

「律くん? 急にどうしたの?」

「その、双葉ちゃんがいなくなって。そっちに行ってないかと思って」

「いやこっちには来てないね」

「そうですか」

「僕も風紀委員会の仕事をしながら探してみる。あと、風紀委員全体でも共有しておくよ。見つけたら連絡するね」

「ありがとうございます。こっちも見つけたら連絡します」

 それだけ伝えて通話を切る。

「千春と潮水さんは引き続き学校案内を頼む。俺も校内を探してくるよ!」

「了解、こっちは任せとって」

 そして俺は天宮と反対方向の廊下へと駆け出した。


 一体、どこにいったんだ。メスガキに迷惑をかけられるなんてレアイベント、こんな状況でなければ悪くないんだが。

 双葉ちゃんが興味のありそうな場所……風紀委員会? いや、それなら恵先輩に同行していないとおかしい。なら……あそこか。今はあまり行きたくはないが。

 そして、階段を上がり、廊下を突き抜けたどり着いたのは

「はあ、はあ。居そうな場所はここだよな。これでトイレでした、なんてオチは勘弁してほしいな」

 生徒会室。

 生徒会長志望の彼女が無断でくるとしたらここだろう。トイレならとっくに連絡がついているし、そもそも無断で行く理由もわからない。

 扉に耳をつけて耳を澄ます。

「へぇ〜! そうなんですか! 凄いです! 私も実は生徒会を目指してて〜」

 ビンゴ。中からメスガキの猫撫で声がする。話し相手は……? 聞き覚えがある声だ。確か大運動会の最初で……そうだ、生徒会長! 一番、やりづらい相手じゃないか。

 深いため息をつきながら、片手でみんなへ発見のメッセージを送る。そして、生徒会室のドアへと手をかけた。

「まったく……生徒会長なんて初めて話すぞ」

 ん? 初めて……?

 少し違和感を覚えながらも生徒会室へと入った。


「誰だ、ノックぐらい────!?」

「あっすみません」

 注意されてノックをしていなかったことに気づく。気が重すぎて失念していた。まあ、生徒会とは先の大運動会を含めて色々とあったし仕方ない気もする。

「律……か」

 正面の生徒会長用の大きなデスクには会長がコーヒーを飲みながらどっかりと座っている。隣には例の問題児の姿があった。

「どうも生徒会長。実はその子なんですけど」

 双葉ちゃんが明らかに嫌そうな顔をしている。「もっとゆっくり来いよ」と言わんばかりの顔だ。

「実はその子、うちで預かっている子で急にいなくなってて」

「……そうか。それはすまなかった」

 その長い髪を耳にかけながら会長は謝罪の言葉を口にする。どこかよそよそしく、落ち着きがない。

「あの、何かありましたか? その失礼なこととか」

「いや何もない。心配するな、律」

「は、はあ。そうですか」

 この人はなんで俺のことを下の名前で呼んでくるんだ? さっきから長い睫毛がパタパタと慌ただしく動いている。会長はもっと凛々しい印象だったが、こう接していると普通の女の子と変わらない気がする。

「あれ? お兄さんと生徒会長さんってお知り合いなんですか? なんだか親しそうな感じですけど」

「双葉くん、私と彼は、その知り合いなんて関係じゃなく、もっとふかー

「そうだな。別に知り合いってほどじゃない。今、初めて話すし」

「!?」

 パリンッ

 コーヒーカップが落ちて割れた。

「大丈夫ですか!? 書類に染みますよ!」

 呆然としている会長に代わって近くにティッシュを探す。しかし見つからない。制服のポケットを探すと代わりにハンカチがあった。

「怪我してませんか?」

「あ、ああ」

 溢れたコーヒーを拭きつつカップの破片を回収する。

「ああ、双葉ちゃん、集めなくていいから。怪我したらまずいだろ」

 幸いガラスと違って破片が散らなかったので簡単に片付けることができた。生徒会室にまで来て、俺は何をしているんだ。

「す、すまなかった」

「ああ、いえ大丈夫ですよ。そもそも俺たちの方こそ急に来てすみませんでした」

「それは別に構わないが…………」

「じゃあ、俺たちはこれで」

 今度は逃げられないように双葉ちゃんの肩を掴み、帰ろうと会長に挨拶する。

「待て、いや待ってくれ」

「どうしたんですか?」

 会長はほんの少し俯いたまま、大きな声を出す。自分でも思ったより声が出ていたのか、会長自身が少し驚いているようだった。

「私たちが話すのは、その、初めてではないだろう?」

 どこかすがるようにも聞こえるその言葉に、知らないとだけ返すことは躊躇われた。俺は自分の記憶を掘り返す。

「……風紀委員会と戦った時に手紙を。それに大運動会で演説を聞いて」

「それじゃない。そんなものは会話じゃない」

 よく見ると会長の眉間にシワが寄っている。表情もかなり強張っているようだった。言葉を間違えるとまずい気がする。考えろ。

 脳みそをフル回転させる。そういえば扉越しに聞いた声、その後に感じた違和感。言われてみれば話すのは初めてではない気がする。そう!確かあれは……

「思い出したのか?」

 会長の顔は未だ緊張が見えるが、その目には少しだけ光があった。

「千春を助けに行くとき、ですよね。下駄箱で千春の向かった場所を教えてくれた。背中も押してもらった気がする。自分の心に従うのが大事だって」

 会長は何も言わない。それから間をおいて、ゆっくりと口を開ける。

「…………違う」

「え?」

「そんな最近の話をしているんじゃない」

 会長の声は深く沈んでいて、怒気さえこもっているように感じられる。双葉ちゃんもこの険悪な雰囲気を察して、怯えた小動物のようにドアの方をチラチラと見て帰りたそうにしている。

「君は……君は!」

 叫ぶ会長の声はいつもの落ち着いた声から、泣き叫ぶ少女のそれへと代わっている。

「君は私のことを憶えていないのか?」

 その言葉と同時に上げた会長の顔を見ると、目に涙を溜めていた。

 憶えていない? 昔に俺と会長が会っている? そんなこと……

 記憶をいくら掘っても思い出せない。そもそも会長と会って理有のならすぐに思い出しそうなものだ。しかし……ダメだ頭が働かない。千春やめぐみ先輩が泣いていたあの日の記憶が脳裏をチラチラと掠める。無意識に人を傷つけていたあれらの記憶は、俺の中でしっかりトラウマになっていた。

「すみません。憶えて────

 言いかけたその時、ドアが思いきり開く。

「一ノ瀬律!」

「九重さん?」

 息を切らして部屋に入ってきたのは会長補佐の九重さんだ。乱れた髪とメガネを整えている。

「この状況はどこまで……」

 そう言って会長の顔を見た彼女は、いつもの鉄仮面を崩し驚いている。

「なんの話を……いや聞くまでもなさそうですね。とにかく二人は早く退出してください」

「いや、でも」

「いいから早く。これ以上いても状況は好転しません」

「……」

 九重さんの強い口調に押されて、会長に背中を向ける。心が痛んだ。その痛みに耐えながら部屋を後にする瞬間

「心に従え……君の言葉じゃないか」

 会長の振り絞るような声が聞こえた。

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