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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
同好会設立編
15/251

私の苦しみを聞け!

 山に入ってから俺と先輩は二手に分かれた。先輩は土砂崩れが起きた方向へ向かい、俺は例の川に向かった。

 いつも通う場所が遥か遠くに感じる。足場は悪く、転べば怪我では済まない。

 それでも比較的地盤の硬い場所や石の上を伝って何とか川へ辿り着く。

「いない」

 千春の姿はない。川は普段の数倍の勢いを持つ恐ろしい濁流へと変貌していた。いつも座っている場所は見る影もない。最悪の想像が脳裏をよぎり、足が止まる。

「天宮」

 なぜか天宮の名前が口に出ていた。俺らを送り出した時の天宮の顔が浮かぶ。

 俺は震える足に拳を叩きつけて喝を入れる。

 再び木や石を伝ってより高い場所へ向かう。川の増水を見て上の方に避難したのかもしれない。そんな希望的観測に縋る。

 そうやってがむしゃらに足場の悪い山を上がっていた時

 ージャリ

 濁流の轟音や激しい雨の音の中で自然ではない異物の音を聞く。

 もっと上の方、山頂付近。ローファーについた泥が地面と擦れる音。

「千春!」

 一気に駆け上がる。

 

 頂上付近の開けた場所。いつもなら街を一望できるのだろうが、今は何も見えない。

「律……」

 そこに千春はいた。いつものツインテールは片方だけ解けており、制服は泥で汚れ切っている。所々擦りむいてはいるがどれも軽傷だ。

 全身びしょ濡れになっている。だが、目の腫れを見るかぎりその顔が濡れているのは雨のせいだけではないのだろう。

「帰るぞ、みんな心配してる」

 ありきたりのセリフ。

「帰るってどこに?」

 千春は自傷的な笑みを浮かべてこちらを見ている。その声は怒りと深い悲しみに満ちていた。

「私、引越しなんかしたくなかった」

 胸の前で強く手を握り込む。

「ずっと柳川におりたかった。父さんの仕事の都合なんか知らん。でもそんなこと子供の私にはどうしようもなか」

 千春は続ける。

「受験期で友達もみんな忙しくて、引越しも急でちゃんとお別れ出来んくて」

 千春は泣き出している。涙は雨で見えないがちゃんと聞こえている。

「こっちに来てから嫌やったのは田舎者って馬鹿にされる事やない」

 ―村上千春

「好奇の目で見られるのが一番嫌やった。方言使うと可愛いとか面白いとか。私の故郷はお前ら東京人の玩具やない!」

 故郷が大好きで

「この街に慣れてしまうのが怖い。私の中で故郷が薄くなっていくことが怖い。方言を使わんくなったらもっと故郷が遠ざかる」

 美しい自然が大好きな

「でも故郷の皆も新しい友達ができてどんどん連絡が少なくなって故郷からも私がなくなっていく」

 どこにでもいる少女。

 故郷と繋がっていたくて、方言や友達にその繋がりを求めて、でもうまくいかなくて。

「きっと律や天宮さんは私の居場所になってくれる。でもそしたら本当に私の中から故郷がなくなっちゃう……」

 そこで千春は泣き崩れてしまう。

 かける言葉を探す。見つからない。だから心に従う。

「俺は千春の苦しみを全てわかってやることはできない」

 俺も千春も違う人間だから。

「俺達は千春の故郷の代わりなってやれない。千春の中で故郷がなくなることも故郷から千春がなくなってしまうことも止めることができない」

 それはきっと千春の心の問題だから。

「それでも一緒にいたい。故郷が大好きでそれゆえに孤独な村上千春と一緒にいて、遊んで、話したい」

 自分勝手な思い。おそらく何も解決しない。漫画やアニメの主人公みたいに人の心を救うことはできない。

 だから。

「千春が自分で答えを出せるまで一緒にいさせてほしい」

 一緒にはなれない俺達はそれでも一緒にいたいと思ってしまう。

「俺らと一緒ににいてさ、千春が自分の答えを見つけることができたら俺達はそれを尊重する。助けもする」

 それが助けることはできても救けることはできない今の俺の精一杯。

 それが妹のために1人で戦ってきて、天宮に助けられて救かることができた一ノ瀬律の答え。

「俺も最近学んだんだが、人間っていうのは弱い生き物で不安な時に見知った顔がいるだけで心強く感じてしまうらしい」

 一緒に来てくれた天宮や綾乃先輩の顔を思い浮かべながら笑う。

「律、でもわたし!でも…」

 千春は言葉にならない叫びを繰り返す。

 それを俺は聞いた。


 しばらくして顔を上げた千春はまだ泣きじゃくっていた。

「仕方ないな」

 必殺技を使うしかないようだ。律花もいつもこれで泣き止む。

 そうして、思い切り千春を抱きしめた。

「ゔっヴォ!ぎゅヴに゛だゔいじで」

 千春が俺の胸で何が叫んでいる。

 いつの間にか雨も止んでいた。これで一件落着

 ゴゴゴ

 今いる場所の少し上から足元にかけて妙な音がする。まずい!

 今度は力強く千春に覆い被さるように抱きかかる。

「先輩!」

 ずっと近くの木の上から様子を伺っていた先輩を呼ぶ。

 と同時に足元が崩れ、上から地面が襲いかかる。

「一ノ瀬君!」

 先輩もこちらに跳躍し手を伸ばすが、すんでのところで届かない。

 俺と千春は土砂に飲み込まれた。

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