エロ漫画危機
「すみません、少し早いですけど戻ってきました」
皆で部室に入る。入ると部屋の中には香ばしい紅茶とケーキの甘い香りがした。
「ああ、どうぞ。ゆっくりしていってくれ」
いつものテーブルに紅茶とケーキが人数分、用意されている。綾乃先輩と恵先輩がそこで優雅にお茶していた。
「……なんですか、これ」
「何っていつもの部活じゃないか。天宮君も腰をかけたらどうだ?」
「……」
天宮が見るからに不満そうな顔をしている。正直言って、俺もよくわからない。がしかし
「えっ、凄いお洒落じゃん! 私、ASMR部っててっきり漫研みたいな場所かと思ってた」
双葉ちゃん、それは遠回しに漫研をディスってるからな。謝りなさい。
「それに、イケメンもいるし♡」
双葉ちゃんの目線の先には制服をバシッと決め、姿勢正しく座った恵先輩がいる。
「まあ、ほら、皆座るんだ」
「は〜い♡」
双葉ちゃんが恵先輩のすぐ横を陣取るのを端に、それぞれ席に着く。俺と天宮は綾乃先輩を挟むようにして座った。
「どうしたんだ、君たち。中学生の間に座った方がいいんじゃないか?」
「……何か、ありましたよね?」
天宮の問いに合わせて俺も綾乃先輩の方を見る。明らかに様子がおかしい。中学生相手に見栄を張っているだけではなさそうだ。額に汗が浮かんでいる。それに今日の綾乃先輩には何か違和感がある。
「いや、な、何にもないが」
「この味は!……ウソをついてる「味」だぜ……」
「そのネタで本当に舐めるやつがあるかあ!?」
天宮に頬を舐められた可哀想な綾乃先輩が小さい悲鳴をあげる。こんな中でも潮水さんと千春、恵先輩が中学生の気を引いてくれているのでなんとか痴態を見られずに済んだ。
「綾乃先輩、何かまずいことがあったんですか?」
「いや、実はだな」
頬をタオルで拭きながら綾乃先輩はさらに声をひそめて話す。
「君たちが来るのが思ったより早くて、部屋の片付けが終わっていない」
「片付け? 別に十分綺麗だと思いますけど」
部屋を見渡すが、別に散らかっている様子はない。そもそも御園先輩が普段から部室を積極的に掃除しているので、特別に片付ける必要もないのだ。
「いや普段ならいいが、この部屋にはそのぉ中学生が見るにはまずいものが色々とあるだろう?」
「まずいもの? なんですか、それ」
「君は心当たりがあるだろ! 君や一ノ瀬君が家に置けずにこっそり持ち込んだエロ漫画やアダルトグッズの数々だ!」
言われた瞬間に、これまでなんとなく部室にそれらを置いてきた記憶が蘇る。最初に天宮が置いていくのを見て、いいのかなって思ってつい……
「あ、ああ。そういえばありましたね。どこに置いてましたっけ?」
「普通に本棚やソファ、引き出しに入ってたぞ! バレないところに隠すの大変だったんだからな。特に抱き枕カバー! あれはどっちのだ」
「すみません、私のですね。どこに置きました?」
「……ここだ」
「は?」
テーブルの上の珍しくひかれたテーブル掛け。真ん中の方を凝視すると、うっすら肌色が透けて見える。
「片面印刷で助かった」
「片面印刷で助かった、じゃないですよ! なんて事するんですか!? これ単行本発売記念の限定品なのに」
「そんなものを部室におくんじゃない!」
「いや、だって御園先輩が何も言わなかったのでセーフなのかと……」
天宮が拗ねた子供のように言う。
「というか、ラブドールもあったが、あれも君か?」
「ああ、それは俺のです」
実際には使ってないが、好きな漫画の限定コラボ商品のため買ったのだ。天宮の抱き枕カバーが御園先輩にスルーされているのを見て、いけると踏んで買った。ここ最近では、俺と天宮アダルトグッズ購入にチキンレース要素が加わっていた。
「まったく、君たちは一体何を……」
「それでラブドールはどこに隠したんですか?」
紅茶が冷めないように、飲みながら綾乃先輩に尋ねる。シリコン製で、上半身と太もも半分までのサイズのものだ。それなりに隠すのは難しいだろう。
「あそこだ」
綾乃先輩が顎先で示したのは部屋の隅、体操服を着せられ、マネキンのように立っている。俺はすぐに紅茶を吹いた。
「あんなのすぐにバレますよ!」
「仕方ないだろ! あんな大きなもの、急に隠せるわけないんだから!」
今まではシャワー室の隅に雑に置いていたが、こんなことになっているとは。まあ、しかしギリギリ体操服を着たトルソーの見えるか。やたら胸のでかい体操服を着たマネキンを置いた、いかれた部活にはなってしまうが。
よく見ると、他にも様々なアダルトグッズやエロ本が巧みに隠されている。さっきからやたらと姿勢のいい恵先輩の背中の制服下には本のようなものがかすかに浮き出ている。あの状態で平然と双葉ちゃんと会話している。やっぱり凄い人なんだなあ、あの人。
「なるほど、それで綾乃先輩はアレも隠していたんですね。確かに中学生に見せるには下品すぎますからね」
「アレ?」
「乳ですよ、律さん。気づかなかったんですか」
天宮が指さす綾乃先輩の胸を見ると、いつもよりも圧倒的に膨らみが小さい。なるほど、これが最初に感じた違和感の正体か。
「別に下品じゃないだろう!?」
「じゃあ、なんでわざわざ隠してるんですか?」
「それは、その刺激が強すぎると思ってだな」
「律さん、そういえば私も隠し忘れてました。今からサラシを巻くので手伝ってください」
「大丈夫だぞ、天宮。お前の胸は青少年教育に優しい低刺激だ」
「見学会が終わったら、覚えておいてくださいね」
天宮の目が人殺しのそれになっていた気がしたが、気のせいだろう。そもそも俺、人殺し見たことないし。
「……ごちそうさま」
もずくちゃん、もとい今日一番の危険人物が食事を終えて席を立つ。この好奇心の獣は、この部屋を彷徨かせるには危険すぎる。綾乃先輩や恵先輩の目配せを受けて俺は席を立つ。
「もずくちゃん、何か気になるものでもあるの?」
「……原稿用紙」
「原稿用紙?」
一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに思いつく。おそらく綾乃先輩の原稿だ。締め切りが近いため、ギリギリまで作業していた原稿がこの部屋にはあるはずだ。この子がなぜ、それを感じ取れるかはさて置き、アレは見つかるとまずい。
「原稿用紙? そんなのないと思うけど。どうしたのかな」
「臭う」
「……」
よくわからないが、文脈的に原稿用紙の臭いがすると言うことだろう。もずくちゃんは獲物を探す獣のような瞳で辺りを散策する。これはいずれバレるぞ。
綾乃先輩に目配せすると、カーペットの下を見ている。そこにあるのか!
「……このあたり」
もずくちゃんも徐々に答えに近づいている。仕方ない。ここは綾乃先輩と俺の運に賭けるしかない。
「もずくちゃん、あれじゃない!?」
明後日の方向を指差すと、それに釣られてもずくちゃんの視線が一瞬カーペットから離れる。その間に俺は原稿を一枚だけ引き抜いた。これが健全なページであることを祈るしかない。
「これは……ダメだ!」
内容は例の俺と天宮をモデルにしたエロ漫画で、ちょうど目隠しに緊縛され天井から吊るされた天宮が玩具で攻められているシーンだった。
「原稿用紙」
「あっ」
もずくちゃんがそれを取る。事情を把握し、一部始終をこっそり見守っていた面々が顔を青ざめる。
ガタッ
瞬間、もずくちゃんが膝から崩れ落ちた。
俺たちの学校見学会、終わった……中学生にエロ漫画見せるのって何罪なんだろう。この場合、罪に問われるのは綾乃先輩か?
俺は頭の中の六法全書に思いを巡らせていた。




