図書館見学
「まずは一番近い図書室からかな」
「グラウンドには寄らないのか? 運動部も見ておこうと思ったんだけど」
体育館を出てすぐ、グラウンドを横目に律花が言う。
「今は運動部はあんまり活動してないからな。行っても何にもないと思うぞ」
「活動してない? オフシーズンにしては少し早いと思うけど」
「ん? まあ色々あるんじゃないか」
流石に今の前立高校の問題を律花たちに話すわけにはいかない。運動部が半ばストライキ状態であること、殺気立ってるから(特に俺たちASMR部は)近づかない方がいいことは話し合いの結果、伏せることになったのだ。
「図書室だって! よかったね、もずくちゃん」
「うん……」
もずくちゃんは少しだけ頬を赤く染め、恥ずかしそうに俯く。
「もずくさんは本が好きなんですね。私も本は読みますが、もずくちゃんはどういったものを読まれるのでしょうか?」
「全部……」
「全部! そうですか、いいですよね全部」
天宮が会話で空振っている。随分と思い切りのいい空振りだな。もっと頑張れよ。
「双葉ちゃんも最初は図書室でいいかな?」
「はあ? お兄さん、気軽に話しかけないでもらえます? 童貞が感染るので」
「双葉ちゃん、一応教えとくと童貞は感染らないぞ? ほらっ、入試に出るかもしれないし。あと俺は童貞じゃないからな。これはテストに出るからな」
「そんな問題。出るわけないじゃないですか。中学生相手に何をムキになってるんですか、律さんは」
「ちょっと、処女は黙っててもらえます? 処女臭がきつくてたまんないんだけど笑」
「はあ? 処女の何がいけないんですか? 世の中、処女厨はいても非処女厨はいないんですから、処女の方が需要あることは明白だと思うんですけど! 御園先輩も処女のことすっごく褒めてくれましたし!」
「落ち着け! 天宮! 中学生相手にそんなにムキになるんじゃない! あと、御園先輩のそれは十中八九、宗教上の理由だからな!」
掴みかかろうとする天宮を必死に食い止める。
「だいたい、あなたも処女でしょう!?」
「確かめてみる?」
そう言ってスカートの裾を少しだけ持ち上げる。
「潮水さん! 処女膜の確認を!」
「しませんよ……魔女裁判ですか」
深いため息と共に潮水さんが天宮の指示を無視する。
「へえ、そうなん? うんうん。それならこれから行く文芸部もいいかもね」
「はい、もずくちゃんと一緒に入ろうかなって考えてるんです」
俺と天宮が双葉ちゃんに振り回されている一方で、千春と芽衣ちゃんが仲睦まじく話している。俺もあっちがいい。
「兄ちゃん、何やってるんだよ……」
「頼むからそんな目で見ないでくれ。というか、双葉ちゃんにも明らかに非があると思うんだが」
こんな情けないやり取りをしている間に俺たちは昇降口を抜け、図書室へと辿り着いた。
「すみません、環先輩。お願いしていた学校見学なんですけど」
「ああ、来たんだね。どうぞ、入って」
皆で図書館に入る。周りには他にも見学の子がちらほらと見える。
「うちの図書室は蔵書数の多さ、そもそもの広さ自体も国内有数だからね。人気があるんだ」
「へえ、普段は意識しないけど凄いんですね」
気づけば、もずくちゃんが既に本に食いついている。
「スペンサーか、なかなか目の付け所がいいね」
「……M.フーコー」
「もちろん、あるよ。『知の考古学』でいいかな?」
もずくちゃんは眠気を忘れたかのように本に夢中になっている。環先輩ももずくちゃんに触発されて興が乗ってきたようだ。次々と本を運んでくる。
「環先輩〜! こっちも手伝ってください!」
奥で文乃さんが慌ただしく働いている。他の子達の対応に追われているようだ。
「ああ、ごめんね。本当はもっと色々と教えてあげたいんだけど」
「いいえ、大丈夫です。私はここで持って来ていただいた本を読んでいるので」
もずくちゃん、普通に喋っているじゃないか。これまで突然下ネタを言っていたのはなんだったんだ。ばかにされていた可能性があるな……
「ちょっと、いつまでここにいるんですか?」
「ああ、ごめんね。もずくちゃん、そろそろ次の場所に移ろうと思うんだけど」
「……うんこ」
「多分、不満なんだと思いますよ」
「だろうな」
天宮の言う通り、これは律花の通訳がなくてもわかる。しかし、どうしたものものか。
俺たちはしばらく説得を続けたが、本に夢中で全く聴いている様子がない。そこに環先輩がやってくる。
「その本は僕の私物だ。持っていって構わないよ。受験で難しいかもしれないけど、時々ここに通うといい。許可証があれば来れるから。事前に連絡をくれれば僕が対応しよう」
そう言って環先輩が連絡先をもずくちゃんに渡す。
「……ありがとうございます」
椅子からテコでも動きそうになかったもずくちゃんが環先輩から連絡先を受け取り、席を立つ。俺たちの言うことは全く聞かなかったのに……
「じゃあ、次の場所はー
「セックー
「科学研究部だな! よしっみんな行こう!」
科学研究部の本当の名前を口走りそうになった天宮の口を塞ぎ、俺たちは図書館を後にした。




