Last game
「みんな、大丈夫……そうじゃないな」
チームのみんなの元に着くなり、目についたのは赤いインクにまみれた恵先輩の姿だ。生徒会支給の濡れタオルで頭を拭いている。
「もうっ、やるなら事前に教えて欲しかったな」
「すまない、完成するかどうかわからなかったこれを当てにするのは危ないと思ったんだ」
環先輩が必死に謝っている。一緒に行動していた知音先輩はあまり汚れていない。俺が天宮にしたように恵先輩も知音先輩を庇ったのだろう。
「でも咄嗟に味方を守るなんて流石ですよ、恵先輩。さすが風紀委員長ですね」
それを聞いた恵先輩が恥ずかしそうに
「ま、まあね。その言い方だと律くんも天宮ちゃんを庇ったのかな。ふふっ、お揃いだね」
互いの真っ赤になった頭を見て笑い合う。そこに知音先輩がやって来た。
「いや、私は大砲のこと知ってたから普通に自分で頭を覆ったよ。君は敵を屠るのに夢中で気づいていなかっただろう」
「それは言わないでっ! いい感じだったんだから!」
そうか、まあ恵先輩も頭をあんな風にされたからには少しぐらい見栄を張りたかったのだろう。普段から髪の毛の手入れも凄く力を入れてそうだし。
「ああっもう、髪がギチギチだよ」
「恵先輩、それでもありがとうございます。俺たちに来る敵が思ったよりずっと少なかったのは恵先輩が暴れてくれたおかげですよね」
「暴れたって……まぁ、いいけどさ。律くんが無事だったなら」
「本当にありがとうございます」
改めて礼を言う。はにかむ恵先輩の笑顔が可愛らしい。
そして、他にも礼を言いたい人はたくさんいる。例えばこの人
「やぁ、一ノ瀬君。君も無事……と言っていいのか? それは」
「まぁ、大丈夫ですよ。怪我もないですし、俺は髪にそんなに気を遣ってないですから。それよりそっちは大丈夫だったんですか?」
正直言って、テントの守備が一番ハードだったはずだ。怪我をしている千春を始めとした非戦闘員メンバーを綾乃先輩1人で守っていたのだ。
「ああ、君が思うほど過酷ではなかった。文乃君と環君の支援があったからな。それに千春君も頑張ってくれた。理乃君は言うまでもないな」
「なら良かった。でも良かったんですか? 先輩、多分忍術をかなり使ったんじゃ」
「ああ、あれは」
「あれは私の奇術、ということにしたんだ。感謝してくれよ? 私の力ってことを示すために大袈裟に演技したんだから。あれは恥ずかしかったなあ」
帰零先輩が思い出して、恥ずかしそうにしている。確かにそれは恥ずかしいな。
「いや、しかし一ノ瀬君たちのおかげで勝利は確定したようなものだな」
「俺たちのおかげ?」
「そう。あなたたちのお陰で最高率でインクを撒くことができた」
「理乃ちゃん!」
両腕を組んだ理乃ちゃんが胸を張って歩いてくる。こんなにいい姿勢の理乃ちゃんを見たのは久しぶりだ。リレー以来、怯える小動物のような姿しか見ていなかったからな。
「火薬に使ったのは綾乃さんが持っていた爆薬よ。しかし、グラウンド中に撒くには圧倒的に量が足りなかった。だからあなた達が大勢の敵に囲まれていたのはとても助かった」
「そうか、なら囲まれた甲斐があったよ。でも、よくあんなもの作れたな」
グラウンド中にインクを撒くための大砲、できるなら見てみたいが。
「ええ、まぁ。今は跡形もないけれど」
「? 敵に壊されたのか?」
「敵……そう、確かに敵といえば敵ね。あそこの風紀委員長から即解体を命じられたわ。私の発明品が次々と……」
理乃ちゃんから負のオーラが出ている。まぁ、大砲は仕方ない。そっとしておこう。
「皆様、ただいま、各待機室に着替えとカーテンを用意しています。そのカーテンで各テント内を男女別に仕切って着替えを行ってください。その後、結果発表を行います」
気がつくと、テントの整備が終わり、向こうから生徒会の人が着替えを持って来ていた。いや、あれは生徒会の人じゃないな。
「皆さん、お待たせしました。こちら着替えとカーテンです」
「御園先輩、お疲れ様です」
おそらくテントの整備が終わり解放されたのだろう。ついでに俺たちの着替えを持って来たのだ。
流石に疲れたのか、いつもの余裕ある笑顔には汗が流れていた。
「私も今回は少し反省しました。やはりテントを投げるのはよくありませんね」
「当たり前です」
そもそも投げられるのがおかしいのだが、つっこまないでおこう。
それからしばらくして、テントに仕切りが出来た。
「着替えたい人は中にどうぞ。向かって左が女性で右が男性です」
天宮が主導でみんなの着替えが進む。俺はどうしようか。頭はタオルで拭いたし、服は別にそこまで汚れてないからな。
「環先輩は着替えないんですか?」
「まぁ、僕も後方支援でほとんど汚れてないからね。着替える必要はないかな」
「そうですか、なら」
テントの前に突っ立っている恵先輩に声をかける。
「先輩、俺も環先輩も使わないので更衣室使ってください」
「……わかった、ありがとう」
先輩は一瞬だけきょとんとしていたが、意味を理解したのか着替えをもってすぐに更衣室に入って行った。
そして、俺と環先輩だけがテントの前に残った。
「環先輩、今回はありがとうございます」
「なんだかもう終わりのような言い方だね。まだ2種目あるだろう?」
「わかってますよね。残り2種目がどんな内容でも今回ついた点差は埋まらない。残り2種目の配点を極端に重くすれば話は違いますが、それでも負ける気はしない。だから生徒会はもはやいたずらにこの危険なイベントを伸ばすことはしない」
「……どうだろう。君のいう通り、生徒会が何らかの手を打ってくるのは間違いない。それがイベントの決着ならいいが、うちの生徒会長は思考が読めない。何をしてくるかわからないよ」
「油断はするな、と」
「うん、そうだね。それにさっきから生徒会の動きに違和感を感じる。おそらく何か仕掛けてくる。気をつけた方がいい」
「はい」
「あー、やっぱり服が軽いし、臭くない! 最高です!」
テントから女性陣が出て来た。恵先輩も一足先にテントから出ている。
周りを見ても、ほとんどのチームが着替えを終わっているようだ。
「皆様、結果発表を行います」
そして九重さんの放送が鳴る。と同時に生徒会の人間が動き出している。俺たちの元にも1人やって来て、何かを配って来た。
「これを胸につけてください」
渡されたのは造花、卒業生なんかが胸につけるあれだ。
「今回の競技を以て、夜の大運動会はASMR部所属のチームの勝利が確定しました。事前に申請があったため、チーム内戦は行わずチーム内の部活に均等に賞金を送ります」
直後、大ブーイングが会場に起きる。耳を塞がないと耳が痛くなるレベルだ。
そして何より不快。俺たちや生徒会への罵声が飛び交っている。
「そこでこれより、皆様にもチャンスを与えます。ルールは簡単。私を含めたこの前の4人の胸元についた花を散らすこと。1人につき100万円支給します」
会場の怒声がざわつきに変わる。100万? いくら何でも破格すぎるんじゃ。
「参加資格は花を身につけていること。生徒会メンバーは私九重、三上、十一路、六星の4人、総額400万円。それぞれ武器を携帯していますので十分にご注意を。もちろん、皆さんにも武器を用意しているのでご自由にご利用ください」
ガラッと金属音がしたかと思うとグラウンドを囲うように武器の入ったカゴが現れた。なんて物騒な。
「刃は削がれているが、おもちゃというには殺傷性が高すぎるな」
綾乃先輩が近くの刀を取って言う。
「俺たちも参加ですよね」
「花をつければな。皆、特に怪我している千春君や理乃君たちはこの場で花を握りつぶした方がいいだろう」
そう言われた面々が花をその場で潰す。
「皆はどうすると?皆が参加するなら私も参加したい」
「千春、無理するな。今日は十分に頑張った。おかげで夜の大運動会は俺たちの勝ちだ」
「でも、これは!」
「これは夜の大運動会じゃない。もうそういう話じゃないんだ。だから、ごめんな」
そして千春の手にある花をさっと散らす。千春は驚きはせず、花が散るのを見送る。
「律も無理せんでね。また怪我したら律花ちゃんも悲しむけん」
「ありがとう。約束するよ、もう怪我はしない」
そう言って千春に笑いかける。千春は黙って頷いた。
「参加しない方はあちらの門から退場を。生徒会が責任をもって安全を保証します」
「だそうだ。行ってくれ」
「うん」
そして、千春、環先輩、文乃さん、理乃ちゃんが退場した。
「帰零先輩、先輩も早く」
「ふふっ、あぁそうだね。ふふふっ早く行かないとね」
帰零先輩は笑いが堪えきれないと言った様子だ。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。何でもないから気にしないでくれ。心配、ありがとう。私も退散するよ」
そう言って花を散らした帰零先輩が退場した。その時、一瞬だけその笑顔が不気味に映った。
そして、非出場者の退場が済み、参加するものたち(ほとんどのチームがメンバーを欠けずに残った)が武器を手に取っている。
俺は先輩に貰ったクナイ、恵先輩は支給された刀、御園先輩は例のメリケンサックをつけている。
「それではボーナスステージ、生徒会賞金奪略戦を開始致します!」
そして大きな歓声と共にゲームが幕を開けた。
「さぁ、私の花びら大回転を見せてあげます!」
「いや、お前は何でいるんだ!?」
隣から天宮の下品なボケが聞こえ、驚く。なぜ、こいつは退場していない。そして、なぜ花を股間につけている。
「ふふっ、花を渡されたらここにつけたくなるのが人の性ですよ」
「そんな性があってたまるか! 品が無さすぎるぞ、お前。」
「なんか、最近はシリアスな展開が多かったので欲求不満だったんです」
体をくねらせ、人差し指を口元に当てながら言う天宮、今この場ではその動きが腹立たしくてたまらない。
「お前、自分の身は自分で守れよ。知らないからな」
「任せてください。私、股のガードは硬いので!」
「やかましいわ!」
そして、俺たちも遥か前方の生徒会メンバーに向けて走り始めた。




