幕間
「あのぉ、律さん? 私、汗かいちゃってるので、大丈夫ですかね? そのぉ臭いとか」
集計が随分と長い。その間も動かないように指示された俺たちはずっと同じ体勢で結果を待っている。浴びたインクの量を計測するためにそこら中で生徒会が動き回っている。
「(動き回って汗かいてるのは)お互い様だろ。気にするな」
「は?」
ゴスッ
「ぐっ! お、お前。なんで……?」
鳩尾に天宮の拳がめり込んでいる。派手に動くわけにはいかないのでその場で崩れ落ちるのを我慢する。
「何でって。言った方がいいですか?」
天宮の顔には血管が浮き出ている。こんなに怖い笑顔は生まれて初めて見た。
「それはお前が悪い」
隣の美咲ちゃんからも一言。どうやら言葉を間違えたらしい。
「悪かった。臭いだっけ? 大丈夫だ、問題ない。なんならずっといい匂いがして困ってるくらいだ」
「それはそれで気持ち悪いですけどね」
「じゃあ、なんて言うのが正解なんだ……」
それでも天宮の機嫌も少しマシになったようで、とりあえず二発目を喰らう危険性はなさそうだ。
「おっそろそろ結果が出るみたいだぞ」
周りの生徒会の人間がはけ始め、グラウンド前方の放送席に集まり始めている。
「ただいま、集計が終わりました。皆さんは好きに動いていただいて大丈夫です。欲しい方は前に濡れタオルと乾燥したタオルを置いているので自由に使っていただいて構いません。着替えも用意していますのでしばらくお待ちください」
「全員分の着替えまで……。豪勢ですね」
「まあ、私立で金持ちもいいからな。あとは会長とかの私費なんじゃないか? あと、何かしらスポンサーがいるのかもな」
「へえ、そのお金で運動部の問題も解決できないんですかね」
「どっちかというと、土地の問題だからな。周りは街だし、何よりいくら会長とはいえ、学校の土地を増やすのは難しいだろ。お金の問題だけじゃなく」
「ですよね」
再び沈黙。
「お前ら、何を考えてるんだ。そんな場合じゃないだろ。お前らは自分の身の心配をすべきなんじゃないのか?」
「自分の身の心配?」
美咲ちゃんに聞き返す。この後も何かあるのか。
「いや、お前の最後の一撃。音の数から言って私たちの集団だけじゃなく、グラウンド全体にインクの砲撃を浴びせてるだろ」
「いや、まあ多分」
俺たちもこのことは聞かされていなかったので、確認してみないとわからない。
「私たちの集団だけでもこの被害だ」
そう言って美咲ちゃんが周りに視線を這わせる。それを追うように周りを見ると、全身を赤いインクまみれにした人々に溢れている。
「この惨状がここだけの話じゃないとないとなると、お前たちASMR部の得点は途方もない物になる。お前たちはしかも被弾が少ない。もしかすると、この競技で勝敗が決したかもしれないな」
「……」
「そうなると、いよいよ運動部の鬱憤はお前たちに向くだろうな。そんな中で学園生活を無事に送れると思っているのか?」
美咲ちゃんの言う通りだ。しかし、このイベントの性質を考えると、何らかの手を生徒会が打ってきそうなものだが。
「これよりテントを整理します。着替えはその後に行います。ASMR部の御園マリアと風紀委員会の桜木桜花は必ず協力するように」
九重さん、ちょっと怒ってるじゃないか。それも当然か、これだけ会場をめちゃくちゃにされたらな。
「会場を整理? 撤収じゃないのか」
美咲ちゃんが呟く。たしかにここで競技が終わるのなら会場を整理ではなく、撤収するはずだ。
そしてしばらくしてから、会場の整理が終わり、俺たちASMR部は久ぶりに集合した。




