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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
夜の大運動会編
138/253

スコール

「もって5秒だ! その間に頼む!」

「わかりました! 10秒ですね!」

 天宮のさりげない無茶振りに辟易しつつ、潮水さんを下ろして桜木先輩の元へ走る。

「……来るか」

 近づくと想像以上にでかい。途端に足がすくむ。しかし、視界の端で御園先輩を回収している天宮、何より疲弊し切っている御園先輩の姿を見て、怯んではいられない。それに、傷も多いし、桜木先輩だって疲れてーーーー


 ドッッッッッッッ


 砂塵が激しく舞う。

 姿勢を低くした俺に向かって桜木先輩が地面に拳を叩きつけたのだ。同時に一瞬で視界が塞がる。そして、視覚が役に立たない状況の中、俺の脇腹を抉ろうとする音が聞こえる。

「そんなの食らったら死にますよっ!!」

「避けると知っている……」

 まったく致命的な信頼だ。ギリギリでそれを回避する。もう少し自分の株を下げるべきだな。

「御園マリアを逃して、お前はどうする。まさか、逃げられるとでも」

 桜木先輩の言う通りだ。俺なんてこの人の手にかかれば、一捻り。その後に天宮たちを追っても余裕で追いつく。だが、

「先輩、このゲームのこと忘れてませんか?」

「……!」

 懐から取り出したのは例の手榴弾。先輩の眼前に浮かすように投げる。

 桜木先輩は俺たちがここに突入してくる時に使っていたのをおそらく見ている。それに見ていないとしても、この見た目と俺の言葉から誰でも何が起こるか予想がつく。

「自爆!」

「ご名答、それじゃあ!」

 桜木先輩は被弾面積を減らすために咄嗟に防御姿勢をとる。俺はここ一番、渾身の力を足にこめてその場を離脱する。手榴弾がゆっくりと地面に落ちるまでの数秒。全力で距離をとる。

 手榴弾のインクから逃げため、ではない。

「天宮! 人を!」

 砂塵の中、スッーーと息を吸う音、そして

「一ノ瀬律がやられたぞっ! 狙えっ! 早いものが勝ちだ!」

 太く低い少し威圧的な声、いつかの梅野楓を思わせるような、そして混乱した烏合に響くような声が場に響く。

 同時に人間の蠢く気配を感じる。いまだに砂塵で視界が塞がる中、あの人は大胆な行動を取れない。あくまで風紀委員であり、かつ真面目なあの人は無闇に人を傷つけない。恵先輩の指導の賜物でもあるだろう。


「……謀ったな」

 そして手榴弾は地面に落ちる。当然、何も起きない。俺は起動のスイッチを押していない。すぐに天宮たちと合流する。俺たちと桜木先輩の間にはすでに人の壁が形成されていた。

「10秒きっかり、真面目ですね」

「真面目じゃない、限界だ」

 天宮はからかうようにくすっと笑う。全く状況がわかっているのか、こいつは。

「御園先輩は大丈夫ですか?」

「はい、おかげさまで。助けがなくても、と強がりたいところですが、流石にあの怪物相手では体力が持ちませんね」

 そう言って御園先輩は俺たちと並走する。あの怪物と20分近く渡り合っている、何なら押し込めるこの人も大概怪物だとは思うが、言うのは野暮だろう。常人なら体力じゃなくて、命が持たない。

「それでこれからどうするんですか?」

 御園先輩に言われて時間を確認する。すでに終了まで2分30秒。環先輩の言っていた攻勢タイムに入っている。

「これから一気に得点をとりにいきます。御園先輩は休んでいてください」

「まさか。あの怪物の相手は無理ですが、一般生徒にヤキを入れるぐらいは朝飯前ですよ」

 疲弊によって乱れた御園先輩の発言は気になるが、今は気にしている場合ではない。

「なら、先輩は他のチームの鉄砲を壊して無力化して欲しいです。もちろん、破壊はマストではないですけど」

「そんなことでいいんですか? なら任せてください」

 そう言って御園先輩は近くの集団にカチこみに行った。俺と天宮はその姿を見て、互いに青の人だけは怒らせまいと目で約束を交わした。あの人、インクを見て避け後に素手で鉄砲を破壊してたぞ……

「天宮、俺たちも行くぞ」

 そして、俺と天宮はもらった武器を手に反撃を開始する。


 走る、撃つ。走る、撃つ。走る、撃つ。

 御園先輩が無力化した集団を中心に攻撃する。俺の攻撃の役割はいわゆる露払いで、本命は天宮が持っている改造銃だ。圧倒的な連射速度、射程、速さで次々に会場を赤く染めていく。その脅威に気づいた敵を俺と御園先輩が打ち落とす。この3人で最強の布陣が完成していた。

 残り1分!

 いける。勝てる。他のみんながどうなっているのかはわからない。しかし、俺の聞こえる範囲では異常は起きていない。大丈夫。


「囲めっ! すでにインクを浴びた人間を盾にして進め! 人数差で取り押さえろ!」

 前方から聞き覚えのある声。天宮の声真似、ではなさそうだ。実際に四方からインクまみれの風紀委員が迫ってきている。それだけじゃない、どうやら俺たちにヘイトを抱いている他チームも参加している。

「皆さん、いつの間にあんなに仲良くなったんですかね」

「お前らが暴れまくっている間だ!」

 天宮の返事をしたのは風紀委員会の壁、前方を歩いている美咲ちゃんだ。あの後も大変だったのだろう、かなりインクで汚れていた。顔は、もちろんご機嫌斜めの様子だ。

「御園先輩! 抜けます! 道をお願いします!」

「させるかっ! 桜木さんっ!」


「っ!」

「……」

 敵の壁に穴を開けようとした御園先輩を止めるべく、桜木先輩が現れる。両手を組み合った力比べが始まった。しかし、すぐに決着がつきそうにはない。あっちは御園先輩さえ足止めできればいいのだから当然だ。

 そしてジリジリと迫ってきていた壁が数mまで近づく。

「武器を置け。手荒な真似はしたく……ないことはない」

 ついに完全に包囲される。四方から銃口がこちらを向いている。御園先輩はもはや縮まった包囲網の外だ。以前、桜木先輩に捕まっている。

「……ここから逃してくれたりはしないですよね」

 俺と天宮は背中をピッタリと合わせた状態になる。時間は1分を切った。もうすぐで

 ビシャ

「……」

「時間稼ぎをするな」

 美咲ちゃんが俺の腹にインクを浴びせる。どうやら本当にここまでらしい。恵先輩がいればこの状況も打開できたかもしれないが、随分と遠くにいる。もしかしたら美咲ちゃんの作戦かもしれない。

 俺と天宮は視線を合わせた後に武器を下に置いた。

「よし、じゃあ得点を分配する。時間がないから急いで各チームは既定の位置についてくれ」

 慌ただしく、人が動く。瞬く間に俺たちに向けられる銃口がカラフルになった。

「それじゃあ、せーのっ」


 ドンッッッッ


 グラウンド中に響く重い破裂音。まるで花火でもあがったかのような音。

「ドン?」

 最初に反応したのは美咲ちゃん。他の人たちも俺たちを撃つ指先が寸前で止まっている。


 ドンッッッッ


「律さん、この音って……」

「環先輩、いや理乃ちゃん……」

『私はまだ作るものがあるからみんなは行ってちょうだい』、俺たちがテントを出る時に理乃ちゃんが言っていた。

「おい、あれ見ろっ! 空だ!」

「まずいっ! 全員、近くの味方を守れ!」

 美咲ちゃんの叫び声にも似た指示。しかし起きた出来事への驚きに誰も動けない。俺と天宮、美咲ちゃんと美咲ちゃんが庇った隊員以外はその場に立ち尽くしている。


 もちろん俺は誰よりも早く天宮を抱きつくようにして、すでにインクに汚れた手で天宮の頭を覆う。

「律さん、急にどうしたんですかっ!?」

「すぐにわかる!」

 頭上から聞こえていた、人生でいまだ聞いたこともない大量の液体が落ちる音。次の瞬間にはスコールのような水音と阿鼻叫喚が聞こえてきた。

 そして、それ以外にもう一つ。

「ここで終了〜〜〜〜〜! すぐに生徒会が集計するので決して動かないでください! 動いたチームは即刻、失格にしますからね!」

 四宮さんのアナウンスと生徒会の人たちが一斉に動き出す足音が聞こえ始めた。


「律さん、そのお、いつまでこの状態なんでしょうか」

「動くなって言われたからな。しばらくはこのままだろう。ほらっ美咲ちゃんを見習え、目だけで俺たちへの殺意を表してる」

 比喩ではなく、顔と頭を真っ赤にした美咲ちゃんが俺と同じような大声で近くの隊員を抱いたままこっちを睨んでいる。

「美咲補佐っ、そのぉ、お胸が当たっててですね、私はいいんですけど、いやよくなくてこのままだと尊死しちゃうというか、でも私はみさつば派でその間に挟まっちゃいけなくて」

「お前は何をごちゃごちゃ言ってる」

 黙らせるように美咲ちゃんが抱いている女の隊員の頭を胸に押し付けている。風紀委員会は随分と愉快なメンバーで構成されているらしい。

「お前、これはどういうことだ」

「いや、俺も初めて知りましたよ。こんなの作ってたんですね」

 あの時、俺たちの頭上に降り注いだのは赤、つまり俺たちASMRチームのインクだ。重い衝撃音から察するにつくっていたのは大砲か何かだろう。火薬は……綾乃先輩か。

「はあ、本当にお前らは」

 美咲ちゃんの深いため息が聞こえた。

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