インクバトル開幕
「では第二競技の結果を発表します」
九重さんのアナウンス。固唾を飲んで放送席を見守る。さっきまでの茶番が嘘のように場に緊張が走り、誰も言葉を発さない。
「一位はASMR部チーム、90点」
「……」
天宮の方を見る。天宮もまた俺の方を見ていた。
「よしっっ!!」
さっきまで揉めていたことも忘れて互いにハイタッチをする。すぐに周りの皆も駆け寄ってきた。会場は困惑とも歓声とも言言い難い、妙なざわつきに包まれた。
「続いて、2位は陸上部チーム 65点――」
それから次々に順位が発表される。さっきのリレーと違って順位ごとに点数が決まるのではなく、ダンスの審査点がそのまま点数になるようだ。
「にしても高いですね。もう少し低いものだと思っていましたが」
「そうか、自分で言うのも何だが、まあまあ上手くやってたと思うぞ。会場も盛り上がってたし」
「そうだよ、君たち。もっと自信を持たなきゃダメじゃないか。本当に上手くやってくれたよ」
「帰零先輩、ありがとうございます。 ほら、先輩もこう言ってるんだし、いいんじゃないか? あんまり謙遜しすぎるのもよくないぞ」
「いや別に謙遜しているわけではないんですけど。まあ、確かに律さんの言うとおりですね。ここは素直に喜びましょうか」
そしてみんなで勝利を噛み締めている間にも結果発表が続いた。その結果、
「風紀委員会チーム 150点、 陸上部チーム 145点、 野球部チーム、120点、ASMR部チーム 110点――――
「これなら!」
天宮が大きな声をあげる。みんなも同じ気持ちで、さっきのリレー終了時とは打って変わった表情だ。
「これなら優勝もあり得る。次の競技次第になるが、さっきの競技で消耗したのは俺と天宮だけ。綾乃先輩たちも回復できた今の状態ならーー
「これをどうぞ」
「えっ」
突然、ずしりと重いものを渡される。銃だ。それを俺に渡した生徒会の要員は続けて天宮や綾乃先輩、帰零先輩、環先輩、その他のその場にいる全員に同じ銃を配っている。
「いや、これはいったい何ですか?」
「すぐに説明がありますので、しばらくお待ちください」
「?」
事務的に告げられ、追求できずに押し黙ってしまう。俺は周りの皆の顔おそれから、手渡された赤色の銃を見比べる。
「今度は何を始めるつもりだ?」
思わず口をついた疑問に答えるように放送が鳴る。
「これからポイント争奪戦を開始します。第三競技は“塗って塗って塗り殺せ、ポイント争奪インクバトル”です」
そのふざけたタイトルを九重さんは淡々と読み上げる。
「九重解説、そんなんじゃダメですよ、体育“祭”何ですから、もっと盛り上げないと」
「じゃあ、あんたがやってもらえますか、四宮さん」
「わかりました! というわけで、これから先のルール説明は私、四宮が行います! まずは渡された銃をご覧ください!」
言われて銃を見る。俺は本物の銃を持ったことはないが、まあ本物ではない気がする、本物にしては少し軽すぎる。しかし、だとするとこれは
「皆さんにお渡ししたのは水鉄砲ならぬ、インク鉄砲です! それぞれチーム毎に別の色の銃をお渡ししています! 皆さんにはこの銃を使って銃撃戦を行ってもらいます」
「銃撃戦?」
「インクの補充は各チームの待機所にあるBOXから行ってください。また、そこにおいてあるゴーグルは必ず着用してください。一応、安全に配慮していますが目に入ると危険ですよ! ゴーグルをしていれば大丈夫だと思いますが、万が一、目に入った方はお近くの生徒会まで!」
見ると、いつの間にかさっきの生徒会のスタッフはいなくなり、大きな赤いBOXとゴーグルが人数分置かれている。
「これはポイント争奪戦になります! ゲーム終了時にそのチームに塗られた面積の割合がそのままポイントになります。つまり、100点もつチームのメンバーの面積を合計で80%を塗れば80点もらえるということです! そして塗られていない部分、この場合は20点はそのままそのチームの点数になります! わかりましたか!?」
この時点ですぐに反応したのは俺と綾乃先輩、恵先輩、環先輩。それぞれが事態の深刻さに気づき、顔を見合わせる。
「みんな、早くゴーグルをつけて臨戦体制に!」
綾乃先輩が鋭い声で叫ぶ。事態の緊急さを理解しているメンバーは急いでゴーグルをつけ、他のメンバーも釣られるようにゴーグルをつける。
「もちろん、全員強制参加です! それでは皆さん! 制限時間は20分! どんどんポイントを奪い合ってくださいね! それじゃあ、スターーーーートーーー!!!」
ワアアアアアア
開幕と同時大きな歓声。そしてそれらが全て俺らの方へ向かってくる。
当然、こうなる。諦観にも似た感情が湧いてくるのを咄嗟に堪える。今は虚勢でも戦わないといけない。まだ状況を理解できていないメンバーもいる。天宮はここで初めて気づいたようだが、理乃ちゃんは大勢がこっちに向かってくるのを見てただパニックになっている。
「律さん!」
「わかってる! みんな! 俺たちは人数の割に最もポイントが高いチームだ。つまり、面積あたりのポイントが一番高い! 100人近くいる風紀員チームの構成員を一人塗り潰すのと俺たち一人を塗り潰すのじゃ全く価値が違う! わかるな!?」
「何、何!? どう言うこと!?」
普段は頭がいいんだろうけど、こういう状況に慣れて無さすぎて理乃ちゃんが理解できてない。
「一ノ瀬ちゃん! この子は私が何とかするから大丈夫! それよりも!」
「お願いします! 恵先輩と天宮は俺と一緒に救護テントにいる千春のところに!」
「はい!」
「うん!」
「最悪だな……」
走りながら思う。この夜の大運動会が始まってから初めて冷や汗をかいている。




