ダンス、ダンス
「くっ」
俺と天宮、二人の汗が宙へ舞う。そして、それよりも速く動き続ける。
「おおっあれ見てみろよ、凄いぞ」
「言われなくてもみんな見てるよ、やばっプロ?」
嬉しい言葉が時々、聴覚を掠めるがそれに喜ぶ暇はない。天宮の動きについていくのでこっちは必死だ。
「次、回りますよ」
こうして時々ある指示に合わせて動く。最初の方で基礎的な動きは教わったからそれを指示に高速で組み合わせているだけだが、かなり苦しい。
審査に影響するからか誤魔化しているものの、天宮も息遣いが少し荒い。俺に指示しつつフォローも入れて動き続けているのだから当然だ。
「大丈夫か? 天宮」
「律さんこそ、大事な場面でとちらないでくださいね」
「努力する」
ダンス、ダンス、動きはますます速さと激しさを増す。始まってからそれなりの時間が経っていると思う。音楽も佳境な感じだ。
まだぎこちない部分はあるが少しずつ要領が掴めてくる。それでも天宮には遠く及ばない。前にカラオケに行った時も思ったが、本当に器用なやつだ。
「凄いですねASMR部、というよりも彼女。男の方をフォローしながら、あれだけ動けるなんて」
「ええ、確かにすごい、天才と言っても差し支えないですわ。しかし、あれは……」
「っ!」
一瞬、天宮の顔が苦痛に歪む。
「どうした?」
「いえ、何でも。それよりももうすぐ終盤です。集中してください」
踊り続ける。周りの妨害の心配はない。そんなものを受け付けないスピードと技量で動き続けている。それにダンス中に妨害を行うのはそれだけでも難しい、下手すれば自分達が減点されて終わる。
「ハア、ハア」
「天宮っ」
すでに肩で息をし始めている。俺もさっきのリレーの影響もあってかなりきついが、天宮の疲労感はその比ではない。
「少し緩めるぞ」
「ダメです。私たちはスタートが遅れたのでここで取り返さないとっ」
「二条様、あれは……」
「あれはもうダメね。あと3分も持たないわ。まあここまでやれば十分でしょう」
「あっ!」
「天宮君っ!」
「っ!!」
天宮の体が動きの軌道から逸れる。
転ぶ!
さっきから天宮の動きに違和感があった。おそらく靴ずれを起こしている。さっきからそれを庇うような動きをしていた。そして、その無理がここで出た。
「律さー
「〜〜〜〜!」
「ハア、ハア、律さん、すみません」
ギリギリで体を支えることができた。そして、今はそれっぽい体勢でキープしている。素人目に見ればそういうポーズにも見えるかもしれない。
「天宮、お前な……」
言いたいことは色々とある。おそらく今回の件に関して部長として色々と思うところがあったのだろう。こいつは部長としての責任感が空回りしている節があるから、こういう自分の力が発揮できるような時につい無理をする節がある。
「綺麗だな」
「はああ!? きゅ、急に何を言ってるんですか!?」
体を逸らした天宮を見上げるような状態。上気した頬に火照った体、少し乱れた髪、支えていても苦にならない軽い体。紫色の綺麗なドレス。それに動き回ったからかなんだかシャンプーみたいないい匂いがする。
「ああ、いやすまない。違うんだ」
「それはそれで失礼ですよ!」
「元気そうで何よりだ」
支えられた状態で天宮が暴れるので、今度は俺の姿勢が怪しくなる。
「いつまでもこうしているわけにはいかない。動けるか?」
「はい、終了までの残り2分程度なら動けます。しかしさっきのも含めて審査員の方々の目はごまかせていないと思いますよ。ここから巻き返すのは厳しいかもしれません」
「ならこれから取り返せばいい。俺も大体、要領は掴めた」
お手本と天宮の指導に実践、他のチームの動きも盗み見て学んだ。怪我した天宮をフォロ―できるほどではないが、俺と天宮の二人で息を合わせればいける気がする。
「天宮、一緒にやるぞ。いいか?」
「わかりました。律さんこそ行きますよ。置いていかれないでくださいね」
深呼吸。
目を合わせてゆっくりと姿勢を整える。
「行くぞ」
「はい」
「急に止まってはどうしたかと思ったけど、凄いぞあれ。なあ!」
「わかってる。黙って集中できなから!」
「おい、スマホ持ってるか!? 撮れ! すげえ!」
「二条様、あれは……」
「ええ、素晴らしいですわ。息がぴったり、熟練したペアでもあのレベルで息を合わせるのは難しい。それを短時間でここまで合わせてくるなんて。まるで一人のようにさえ見えますわ」
「おいあれ、撮影はいいのか?」
視界の隅にスマホで撮影している人間の姿がちらほら見える。
「無修正でネットで流されてしまうかもしれませんね」
「別に修正はいらないだろ!」
「いえ、顔にモザイクはかけないといけませんよ。あれ? もしかして変なこと考えました? 無修正と聞いただけでエロ動画に思考が行くのはどうかと思いますよ」
「こいつ……!」
余裕が出てくるとすぐにこれだ。こいつは程よく危機に晒しておいた方がいいかもしれない。
「もうすぐ終わりますね。どうでしたか?」
「きつかったよ」
「……そうですか。私は楽しかったですよ、律さんと踊れて。そのせいでついはしゃぎすぎましたが」
そう言って天宮が自身の足をちらりと見る。急に落ち着いた雰囲気でこういうことを言ってくるから、こいつのことは苦手なんだ。
そうして最後のポーズをとった。
「はいっ! これにて第二種目は終了ですわ〜〜〜! 採点の統計に入りますので、しばらくお待ちください。選手の皆様も着替えを済ませてくださいませ〜!」
「終わったな」
「ですね」
お互いに息を整えながら話す。
「もう少し踊っていたかったですね」
少し息を切らしながら、天宮が笑顔を向けて言う。
「お前は怪我してるから無理だろ。早く着替えて文乃さんに手当してもらえ」
「全く思春期なんですから」
そんな天宮の小言を無視して俺たちはそれぞれ更衣室へ向かった。




