紫丁香花
「ダンスって言われてもな……」
全員が顔を見合わせる。次の種目はダンスだが、おそらく全員、経験がない。第二種目以降の脱落はないらしいが、ここで最下位を取れば優勝は実質的に不可能となる。
「綾乃先輩は無理なんですか?」
「そうですよ。よくやってるじゃないですか、ポールダンス!」
「やってないが!? 天宮君は私のことを何だと思ってるんだ!」
言うまでもなく対○忍だろう。対○忍がポールダンスをよくするのかどうかは議論の余地があるが。いやないか。
「他にできそうな人は」
みんなが気まずそうに顔を逸らす。授業中に当てる先生ってこんな感じなんだろうな。
「わかりました。じゃあ経験はなくても大丈夫なので器用かつ踊り続けられる体力のある人でいきましょう」
「じゃあ私は無理ね」
そそくさと理乃ちゃんが身を引いた。そうだけど、反応が早すぎて腹立つな。
「私も無理そうだね、さっきのリレーに引き続き悪いね」
続いて帰零先輩。まあこの人の眼も当てられない走りを見た後では反論の余地がない。聞くところによると今回の種目は15分間、採点式らしい。まず持って15分踊り続ける体力がいる。
結局、消去法で俺、天宮、綾乃先輩、恵先輩の4人から選ぶことになった。御園先輩は「怪我させないようにしないと……」というとんでもない呟きが聞こえたので俺が説得して辞退してもらった。
「この中から選ぶって言っても難しいよね。そもそもこれって協議として成立するの? 踊れる人がいないのは僕たちのチームだけじゃないと思うけど」
恵先輩の言う通りだ。こんなの皆ぐだぐだになるに決まってーーー
「お困りの皆様! こんばんわですわ〜〜!」
「うるさっ! 何だ!?」
大音量の放送、グラウンドに高音が響く。
「わたくしはこの第二種目担当であり、生徒会副会長の二条十三愛ですわ〜。第二種目ではわたくしとその他心得のある生徒会10名が採点いたします。そしてその点数がそのままポイントになりますわ〜」
会場が二条さんについていけずにぽかんとしている。無理もない。金髪のロールされた長い髪にお嬢様口調のキャラ濃ゆい人が急に出てきたら誰でも驚く。
「律さん、あの人、ASMR部に欲しいですね」
「お前は部を魔窟にでもしたいのか」
「だってお嬢様キャラですよ。料理し放題じゃないですか」
言わんとすることはわかるが、これ以上ASMR部に奇天烈が増えるのはごめんだ。よって天宮の言葉を無視する。
「踊りの経験の一つもない庶民の皆様のためにわたくしがお手本を見せて差し上げますわ!」
途端にグラウンドの照明が全て消灯する。場は一瞬で夜の暗闇と静寂に包まれた。
その中でグラウンドの中央にスポットライトが当たる。そのに佇むのはいつの間にか派手なドレスに身を包んだ二条さんだ。そしてペアを組んでいるのはスーツを着た九重さん。
小気味のいい音楽が鳴り始める。
「いきますわっ!」
それから2人が踊り始めた。なるほど、踊りは社交ダンスらしい。自信満々の二条さんはもちろん、九重さんも涼しい顔であの激しい動きに合わせている。
「あんなの一回見ただけで出来るやつなんてー
不満が口をついて出ると同時、集中状態の天宮を見た。俺の声が聞こえていない。ダンスを見ながら1人でぶつぶつ呟いている。
「以上ですわ! 下々の皆様、せいぜい頑張ってくださいませ!」
性格の悪さを滲ませる二条さんの締めの一言。もしかしたら悪気はないのかもしれないが、俺に知る由はない。
「それで誰がいきますか?」
話は振り出しに戻る。一回、お手本を見せられたぐらいでは状況は変わらないー
「多分、私いけます」
「天宮?」
手を挙げて名乗り出る天宮。俺だけでなく皆も驚いている。
「いけるってお前、あれ見ただけだろ」
「はい。でも多分いけると思います」
いつものふざけた調子ではなく、どこまでも真剣な表情。さっきのお手本中を思い出す。
「……まあ、お前がそう言うなら。他にできる人がいるわけじゃないしな」
「ありがとうございます!」
俺に礼を言われても困る。何となくきまりが悪くなって、誤魔化すように話を進める。
「それであと1人はどうしますか? 俺はオールラウンダーの綾乃先輩がいいと思うんですが」
綾乃先輩に話を振る。すると、意外と言わんばかりの顔をして綾乃先輩がこちらを振り返る。"振り返る"というのも他のメンバーも合わせて待機所の椅子に帰ろうとしていたのだ。
「いや、まだ決まってないのに休憩しようとしないでくださいよ!」
「一ノ瀬君、君は何を言っているんだ。もう1人は君に決まっているだろう」
「いやなんで俺になるんですか?」
「それは部長の天宮君が行くと言うなら副部長の君が行くのが道理だろう」
隣で恵先輩も頷いている。
「本当は僕が律くんと踊りたかったけど、ここは仕方ないね」
「いやいや、仕方なくないですよ。俺、踊りなんかさっぱりわかりませんから!」
「律さんは私と踊るの嫌なんですか?」
天宮が上目遣いで裾を引っ張る。こいつ、普段はあれだけ下品なくせにこういう時だけ……!
というか、さっきのありがとうはこれも込みだっのか。
「一ノ瀬君、何も私達は自分がやりたくないから言ってるんじゃないぞ。千春君のために勝ちたい気持ちは皆一緒だ。そして、これが勝ちに一番近いと思うから言っているんだ」
「いや勝ちに近いって、どこがですか!?」
声を荒げる綾乃先輩が俺の肩を掴む。
「いいか? 別に君1人で踊るわけじゃないし、君1人で勝てというわけじゃない。私は君達を信用してる。だからお願いしてるんだ。わかるか?」
綾乃先輩の吸い込まれるような瞳に、興奮していた心が少し落ち着く。
「時間です。出場する選手は入場門に集合してください」
「律さんっ!」
「わかってる。もうっどうなっても知りませんからね」
そう言い残して俺は天宮と入場門へ向かった。
「女性は向こうの列に向かってください! あなたも選手ですか?」
「はい、そうですけど、これは一体?」
入場門前に来ると生徒会の人たちが大量にいて忙しなく動いている。天宮もそのうちの1人に案内されて向こうに行ってしまった。
「こちらで着替えていただきます」
「着替え? 着替えなんか持ってないけど」
「こちらで用意しているので問題ないです。少し失礼しますね」
そう言ってメジャーを使い素早く俺の採寸をする。
「28番持ってきて! すみません、あちらの5と書かれた更衣室にお願いします」
見ると確かにお店にあるような更衣室が並び、その中に5と書かれたものがある。
「もしかして、服も部屋も全部生徒会が準備を?」
「いえ、これは二条先輩が全て私費で用意されたそうですよ」
忙しそうに何かを書き留めている生徒会の人は目も合わせずに事務的に答える。
「へえ、やっぱり金持ちなんだな。にしても力を入れすぎな気もするが」
そんな独り言を言いながら更衣室へ向かった。
「こちらへお願いします」
着替えが終わり、生徒会の人に手を引かれて移動する。それも辺りが真っ暗なせいだ。二条さんのお手本の時と同様に照明が全て落とされていた。
「しかし大変そうだな」
暗くて周りはよく見えないが、生徒会の人の怒号が飛び交うのが入場門の方から聞こえる。
俺は履き慣れない黒革の靴でつま先を地面に叩いた。まさか、服だけでなく靴まで用意しているとは。
「お待たせいたしました。これより第二種目を始めます」
しばらく経っての放送、たしかに言う通り結構お待ちした。暗闇で姿は見えないが目の前に天宮がいるのが音でわかる。随分時間がかかったようだ。
そしてスポットライトがそれぞれの選手たちに当たる。
「天宮……」
「どうでしょうか……? 律さん」
目の前には紫丁香花色の美しいドレスに身を包んだ天宮が、気恥ずかしそうして立っていた。




