第一種目(終)
綾乃先輩からもらった火薬による爆発で体が一気に前方へと飛ぶ。前方に転がるようにして受け身を取った。
「まだっ!」
それでもまだ差がある。下位1組の文化系部活は周差がついているため問題ない。ただ、もう1組は俺の前方を走っているため、このままだとここで脱落だ。
それに、これからのことを考えると下位スタートは避けたい。千春に大見得を切っておいて、俺のせいでこの順位になるのもとても恥ずかしい。
「ASMR部、一ノ瀬律選手、速い! 速いが序盤よりはずっとスピードが落ちている! これは厳しいか!? 体力切れしているようだ! そしてここで風紀委員会、桜木選手が一位でゴール! 続いて野球部チームがゴール!」
まずいっ! 脱落は絶対に嫌だ!
ゴール目前で前のチームの背中が見える。しかしこのままだと間に合わない。確実に相手が早い。
ゴール付近、皆の応援するような顔が視界の隅に映る。
「くそっ!」
無我夢中で走る。そしてー
「ゴール! 脱落決定は科学部チームとパソコン部チームだ! ASMR部、ギリギリで脱落を免れた!」
「ハア、ハア、え?」
ラストスパートを走りきり、これまでの疲労がドット押し寄せる。息をすると肺が痛む。でもそれよりも
間に合った?
自分で言うのもなんだが、絶対に間に合わないと思った。相手のスピードは正直言って足が遅い部類ではあると思ったが、それでも差はあった。綾乃先輩が受け止めてくれたとはいえ、桜木先輩にかなり後方まで飛ばされたからだ。
「律さん!」
「天宮……」
ゴール付近で前のめりに息を整えていた俺に天宮を筆頭とした部の皆や環先輩や知音先輩が近づいてくる。
「私、もうダメかと思いましたよ!」
「ああ、そうだな。俺も思ったよ」
息も少しずつ落ち着いてきて会話になる。
「一ノ瀬君、あれはどう言うことだ!?」
「あれって?」
「私は敵に投げつけるように渡したんだぞ! どうして君は危険なことばかりするんだ」
「すみません」
言われてみればそうだ。焦りであんなことをしてしまった。まあ、あの威力の物を投げつけると桜木先輩はともかく、他の人は危ないからこれはこれでいい。
そんなことを考えている時、向こうから小さく聞こえる。
「これでよかったんだ」
「ああ、そうだな」
声の方を見ると俺が最後に追い抜いたパソコン部の男子だ。“これでよかった”? どういうことだろうか。
「やあ、一ノ瀬くん、ナイスダッシュだったね!」
「帰零先輩……からかうのは勘弁してください。俺のせいで最下位スタートですよ。これから積極的にポイントを取らないと勝てない」
「いやいや、あれは仕方ない。まさか桜木君に狙い撃ちされるとはね。誰でもああなるよ」
「ですかね」
そういえば、桜木先輩、俺に鉄拳を喰らわせる前に謝ってたな。それにあれだけ飛ばされたのに受けた腕には大したダメージがない。どういう技術だろうか。まあ、あんな超人のやること聞いても無駄か。再現できるのはそれこそ御園先輩ぐらいだろう。
「ええ、では先ほどの競技の結果を発表します! まず、一位は風紀委員会率いるチームでポイント100。続いて野球部チームは90ポイント。続いて……」
順番にポイントが発表される。残ったチームで最下位の俺たちがもらったのは10ポイントだった。全部で8チームあって、そのうち2チームが脱落したので残り6チーム。俺たちの一つ上の5位30ポイントをもらっていた。優勝がかなり遠のいたことは言うまでもない。
「千春は?」
「千春さんは医務室で治療を受けて眠ってます」
「そうか」
よかった、と言うのは不謹慎かもしれないが、それでもこの結果を千春に見せるわけにはいかない。優しい千春はきっと自分を責めるだろうから。
「おお! ASMR部、残ってるじゃん! ラッキー」
「あ?」
そこで俺たちのASMR部の元に例の陸上の男がやってきた。
「あなたはお昼の短小包茎さん!」
「誰が短小包茎さんだ!? 俺の名前はー
「天宮、やっぱり短小包茎って女性的にあれなのか?」
「あ〜! またセクハラですよ。律さん、種だけじゃなくてデリカシーもないんですか?」
「お前のそれもセクハラだろ」
天宮がニヤケ面で俺の反論を聞き流している。
「おい! お前ら、無視するな! 俺の名前は蟹股平彦だ!」
「ガニ股へこへこ?」
「違う!」
天宮が陸上部の男を煽り倒している。
「ところで何しにきたんだ? あんなことしておいて」
男を睨みつける。天宮はこういう穏便な形で報復するが俺は違う。千春にあんなことしておいてのこのこやってきたこいつを簡単に返すつもりはない。
「は? 何言ってんの、お前。あんぐらい普通だろ。もしかして、お前、この大会のことをただ部費増額が狙えるお祭りだと思ってんの?」
「は? それはどういうー
「ほら君たち! 喧嘩しない喧嘩しない。放送を聞いてなかったのかい? 次の競技の準備が始まるから、各部活はそれぞれの場所で待機だよ!」
「でも帰零先輩! こいつ」
「わかってるよ。でもそれならこんなところで油をうってないで、ちゃんと休憩して次の種目で見返してやるんだ」
「……わかりました」
帰零先輩に背中を押されて渋々、待機場へ向かう。陸上部の男、名前はなんだっけ、確かそう、ガニ股へこへこも反対側の陸上部の待機場へと向かっていった。
“ASMR部、残ってるじゃん! ラッキー”、ふと男が最初にいった言葉が脳裏をよぎる。ラッキー? なんでラッキーなんだ。なんとなく何か繋がりそうな気がする。俺は足を止めて考え込む。
「どうしたんだい? 一ノ瀬くん」
「いや、今ちょっと何かわかりそうで」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、私が手伝ってあげよう」
「手伝う?」
そして、帰零先輩が顔をグッと近づける。至近距離の先輩は目を瞑っていて、距離はさらに短くなる。その綺麗な長いまつ毛が俺の顔へと触れそうになるタイミングで
「何をしているんだ帰零君」
「……綾乃ちゃんか。せっかくいいところだったのに」
綾乃先輩が間に割って入ってくれた。
「綾乃先輩、ありがとうございます」
「ありがとうございます、じゃない。君も油断しすぎだ」
「すみません」
「綾乃ちゃんの言う通り、ありがとうございます、じゃないよ。それだと私が君を襲ったみたいじゃないか」
「実際、そうだろう!」
綾乃先輩が帰零先輩を詰めている間に俺は休憩を取るべく椅子に向かう。というよりも、あそこにいると帰零先輩にまた絡まれそうだし、綾乃先輩に怒られそうだから避難するだけだが。あれ? そういえば何か考え事をしていたような気が……まあいいや。思い出そうとすると帰零先輩のキス顔しか浮かばないのですぐに諦めた。
「ええ、では次の競技を発表します」
しばらく休憩を取った後に四宮さんの放送がなる。次の競技か。
「次の競技はダンスです。20分以内に代表二人を選んで入場門で待機してください」
そこで放送は終わった。




