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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
夜の大運動会編
124/253

第一種目(5)

 それからは何の妨害も受けることはなく、妨害を受けるとまずいメンバーである環先輩、知音先輩、天宮が走数を消化していった。また、バトンを絶対に渡す必要がある(最後に綾乃先輩がまとめて走ることができない)ため、俺や綾乃先輩も走数の消化を行った。

 そして残るは

 千春 1周、帰零先輩 1周、御園先輩 3周、恵先輩 4周、一ノ瀬律 7周、綾乃先輩 9周。

 しかし、俺たちはその間に他のチームからは3周の差をつけられていた。5周差がつくとその時点で脱落であるため、あと2周の差がつくと負けが確定する。

「どうする? 一ノ瀬君」

「……まだ、千春と帰零先輩が走り終わってません。そこを走り終わらせた後に恵先輩で差を開きつつ、俺や綾乃先輩で取り戻します。順位が並んで妨害が始ま理想な地点で御園先輩を導入して蹴散らします」

「なるほど、まあ確かにそれが安全か。最初の私たちの走りを見ている以上は、これぐらいの差がないと妨害の可能性は捨てきれないからな」

「はい、なので次はー

「私が行ってもいいかな」

「帰零先輩!」

 そこで、これまでなぜか姿が見えなかった帰零先輩が姿を現した。

「周差がかなりあるので、結構ギリギリのラインですが大丈夫ですか?」

「もちろん! 私に任せて」

 帰零先輩は謎の自信に満ちていた。ということは運動神経に自身があるのかもしれない。天宮が最後の周を消化し終え、バトンを運んでいる。インターバルがあるとはいえ、合計1kmを走った姿にはやはり疲労が見える。

 そんな天宮のバトンを受け取るべく、帰零先輩がスタートラインに立った。

「天宮ちゃん、お疲れ」

「あとはお願いします、帰零先輩!」

 そして、バトンが渡り帰零先輩が走り始めた。


「律さん、あれは!」

「一ノ瀬君、これは!」

 帰零先輩が走り始めてから周りにいた部の皆が一斉に驚く。俺も驚きを隠せない。そう、帰零先輩の走りはーーーーー


「「「遅すぎる!」」」

 走り始めて数秒で姿勢は乱れ、息はゼエゼエとだらしなく切れている。まるで溺れかけ犬のような走りに全員が焦りを覚える。

「律さん、これあっという間に5周差がついちゃいますよ!」

「わかってる! いやでも帰零先輩、自信満々だったからいけるかと思って」

 本当にまずい、天宮からバトンをもらってから数十mしか進んでいない。後ろではそろそろ他の部活がバトンを渡し、4周差目に突入せんとする勢いだ。

「帰零先輩、頑張って!」

 声を上げるも虚しくなるぐらい、ヘトヘトの帰零先輩には届いていない。もしかして、これ負けたか?

 そして、その後ろでは案の定、他の部活がバトンを繋いでー


「おおっとここで卓球部率いるチームが風紀委員会チームに妨害! 大きく転倒! おや、それだけじゃない、陸上部チームも妨害! 続いて先程、妨害を受けた風紀委員チームも妨害! 妨害の嵐だ! 互いに醜い足の引っ張り合いをしている!」


「よしっラッキー!」

 思わずガッツポーズをする。このタイミングで他のチームが妨害を始めた。あの調子なら、たとえ牛歩の帰零先輩でもしばらくは追いつかれない。

 周りを見ると、天宮や綾乃先輩が安堵の息をこぼしていた。そして、その中で恵先輩だけが訝しげな顔をしている。その顔を見て、開会式の時を思い出す。生徒会長を出せと会場が騒ぎ出した時もこんな顔をしていた。

「どうしました? 恵先輩」

「ああ、律くん。いや、大したことじゃないと思うんだけど」

 唇に人差し指を当てて考え込む様子の恵先輩、そして続ける。

「あんな子、風紀委員会にいたっけと思って」

「あんな子?」

 今も妨害をしつつされつつの風紀委員会の方を見ると、一人の女の子がバトンを持っている。これといった特徴もない、どこにでもいそうな女の子だ。

「風紀委員って女性も多いですし、あのぐらいならいたんじゃないですか? それに風紀委員会って100人近くいますから把握できてない子がいてもおかしくないと思いますけど」

「う〜ん、そうなんだけどさ。なんか違和感がずっとあって。開会式の時もあのブーイングが風紀委員会の方からも聞こえて、そんなことする子はいないと思うんだけど」

「つまり、先輩は知らない人間が風紀委員会に紛れ込んでいると?」

「う〜ん、そういうことになるかな」

 風紀委員長である恵先輩が言うのだから一定の説得力はあるが、ここ最近はその辺の活動は美咲ちゃんに任せているため恵先輩が把握していない子がいても不思議はない。恵先輩もそのことをわかっているから断言できずにいるのだろう。

「でも仮に紛れ込んでいるとして、何が目的で誰がそんなことを」

「……」

 恵先輩は地面の方を見て、深く考え込むように黙ってしまった。そんな会話をしている間にもレースは続く。


「律さん! 千春さんにバトンが渡りますよ!」

「本当だ! がんばれ千春!」

 天宮と一緒に向こう側のスタートラインにいる千春にエールを送る。それに気づいた千春が小さく手を振る。

「千春さんが走り終えたら、ついに逆転パートですね! ギャフンと言わせてやりましょう!」

「だな」


 そして、帰零先輩が走り終え、千春にバトンが渡る。

「いけー!」

「がんばれ千春君!」

 ASMR部総出で応援する。後ろでは争い合っていた他のチームがバトンを渡し、今度はまっすぐに走ってきていた。しかし問題はない。ここから2周差がつくことは流石にありえないし、こんなビリのチームをわざわざ妨害するチームはない。

 そして、次の走者は綾乃先輩だ。もはや負ける道理はない。


「おおっとここで。ASMR部、4周差がついた。脱落にリーチがかかる」


 やはり、他の部活も体育会系が多いこともあって千春をあっけなく追い去っていく。その中で陸上部の、昼に揉めたあの男が千春に並ぶ。死して、スピードを落として並走し始めた、よく見ると何か話している。耳を澄ませる。


「本当はさっきのレスーで妨害して1周差、ここで妨害して2周差をつけて脱落させる予定だったんだがな。何の間違いか他のチームを妨害しやがった」

「はあ、はあ、やけん何?」

「だからこれはただの嫌がらせだってことだ」


「千春!」


 声をあげて、千春に呼びかけるが遅い。見るからに悪意に満ちた目で、男は千春に足をかけていった。最初に転倒しレース後半の体力もギリギリの状態、全力疾走中のそれに対応できるはずもなく千春は再び派手に転倒した。


「律さん! 律さん! あれっ!」

 隣で泣き目の天宮がずっと俺の名前呼んでいる、しかしそれも遠くに感じるほど、激しい耳鳴りと共にはらわたが煮えくりかえっていた。そして、それは俺だけでなく、先程まで考え事そしていた恵先輩含めた全員が憎悪の視線を無¥向けていた。要するに全員がブチギレていた。


「ASMR部の村上千春選手、再び転倒。先程のゴール付近で減速した状態とは違い、全速疾走中ですから酷い怪我ですね。救護班が向かっています。これはレースを棄権せざるをえませんね」


 倒れる千春に見かねて救護班がかけて行く。もちろん、それよりも早く俺たちも千春の元に駆けていた。

「千春!」

 もはや大丈夫かと確認するまでもない。大丈夫なはずがないからだ。前の治療をしていた文乃さんは顔面蒼白になっている。

 俺はトラック内にうずくまる千春を助けるためにトラック内に入ろうとする、しかし

「来んで!」

「千春!?」

 千春の気迫に押されて思わず、立ち止まる。

 声をあげた後に千春がふらふらと立ち上がった。

「ここで律たちが入ってきたら失格になる。お願いやけん、最後まで走らせて。お願い」

「……! でも」

 立ち上がったからこそわかる。千春はさっきとは比べ物にならない怪我をしている。もうレースなんて場合じゃない。

「ここで私がやめたら、私はずっと律たちに頼りきりなだけになってしまう。私も一緒に戦いたい……!」

「でもっ!」

 千春の言葉を無視してトラックに入ろうとする俺を、しかし隣の天宮が止める。

「天宮っ!」

 天宮の手を振り解いて行こうとしたが、天宮の表情を見て止める。唇を噛んで、涙を堪えている。この天宮が千春の意思を尊重すると言っているのだ。俺も覚悟を決めた。今、言えることは一つ

「千春、頑張れ」

「うんっ」

 そして千春はゴールに向かってもう一度、走り始めた。


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