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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
夜の大運動会編
121/253

第一種目(2)

『それでは第一走者は位置についてください』

 話し合いの時間が終わり、開始のアナウンスが鳴る。

「じゃあ最初は思い切りお願いします、恵先輩」

「うん、任せておいて」

 話し合いの結果、最初の走者は恵先輩になった。俺たち、多く走る組は合計すると1km以上を走ることになる。しかも、他の200mしか走らないでいい全力疾走可能な選手に負けないスピードでだ。つまり、単純に1km走るのではなく、200m走と同じ力を維持して1km以上を走る必要があるのだ。

そのため、俺たち長距離組はインターバルが取れるようにできるだけ順番を散らす必要がある。

 そして、もうひとつの理由は

「恵先輩、くれぐれも気を付けて」

「まあ僕は大丈夫だと思うよ、僕は。ただ、他のメンバーが妨害されないように差はつけとおかないとね」

「はい、お願いします」

 そう、恵先輩の言うとおり妨害だ。今回のリレー、と言うよりこの夜の大運動会というイベントそのものがそういった行為を容認している。考えてみれば、そう言った行為がなければ人数を集めの時点でこのゲームの勝敗がついてしまう。

 恵先輩が抜擢されたのは、ずば抜けた短距離のスピードと風紀委員会チームからの妨害があり得ないという2点の理由だ。ここで差をつけて他のチームが妨害できない状態で千春や黒井さんたちにバトンを渡したい。

「それじゃあ行ってくるね」

「頑張ってください」

「うん、君の応援があればいくらでも頑張れそうだよ」

 そう言って先輩は笑顔でスタート位置へと向かった。


「やあ一ノ瀬君、私にも応援してくれるのか?」

「当たり前です。今回の戦いは綾乃先輩にかかってますから。それにわかっていると思いますが、次の走者は千春です。敵の妨害で傷ついてほしくない。もちろん、恵先輩も綾乃先輩もですが」

「わかっているよ。君は本当に気にしいだな」

 綾乃先輩は軽くストレッチをしながら答える。こう見ると、本当に手足が長くスタイルがいい。体操着の下から伸びる長い足がとても綺麗だ。

「目がいやらしいぞ、一ノ瀬君。先輩の足をジロジロ見るんじゃない」

「いたたっすみません」

 綾乃先輩が俺の鼻をつまみながら注意する。

「他のみんなの調子はどうだ?」

「みんな、大丈夫そうです。力を合わせれば一位は無理でも脱落は回避できると思います」

「そうか。ならやはり妨害はしないという方向でいいんだな」

「はい、大丈夫です」

 環先輩や知音先輩との話し合いで妨害はしないことになった。綾乃先輩曰く、バレないように妨害をすることはできるらしいが、今回はしない。理由は一種目目で他のチームのヘイトを買いたくないというのが大きい。単純に妨害自体、気分が悪いからというのもあるが。

「まあそういう方針なら私も何も言うまい。ただ、必要だと感じたらいつでも言ってくれ。君の一言で私は冷酷な忍になろう」

 そう言う先輩の手にはどこから取り出したのか、クナイがある。

「バレたくないならカッコつけてないでしまってください」

「カッコつけてない!」

 顔を赤くさせながら先輩もスタート位置へと向かっていった。


 そうして綾乃先輩に挨拶を済ませた俺は自分の待機所に戻る。選手は全員がトラックの内側で待機する必要があり、走り終えた選手から外に抜けていく。俺は恵先輩側の位置でバトンを受けるため、そっちに向かった。

 そこには俺と同じようにそこでバトンを受けることになっている天宮と千春、知音先輩がいた。そして、会場が整理されて気づいたが、トラックの外には多くの見物生徒がいた。どうやら参加する生徒だけでなく、夜の大運動会を見るだけの生徒も多くいるようだ。

「緊張しますね、律さん」

 スタート直前、すでに会場は静まり、場の全員がピストルの音を待っている。俺と天宮は他の選手にもれなく、グラウンドの中央、トラックの内側でスタートを待っていた。始まれば俺たちの番もすぐに回ってくる。

「別に緊張はしないが心配ではある。千春もだが、多めに走るお前も妨害を受ける確率は高い。みんなに怪我がないかだけ心配だよ」

「そこは頑張りましょう。ね、千春さんも」

「うん、律はみんなの心配より自分の心配せんといかんよ。綾乃先輩の次に多く走るとやけん。見てて欲しか、私ももう心配されるだけじゃなくてちゃんとASMR部の一員ってところ」

「千春……」

 千春の目は暑く燃えていた。いつもの可愛らしい様子からは想像もできない熱量だ。なんだか勝手に心配していたのが申し訳なくなる。

「On your marks set」

 審判がピストルを構えている。そして選手たちもげてクラウチングの構えからわずかに腰を上げている。

 独特の静けさと緊張が走る。

「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だろ」

 恵先輩からは例の呼吸音がしている。俺にとってはトラウマでしかないがここでは心強い音でしかない。

 パンッ

 ピストルの破裂音。

 と同時に選手が走り出す。


「解説は生徒会、九重と」

「実況は生徒会所属2年“四ノ宮”がーーーーっていきなり凄いスピードだ! これはASMR部所属、風紀委員長高梨恵!」

「速っっ、というかほとんど走ってなくないあれ!? 飛んでる!」

「なんだあれ!? もうバトンが渡るぞ!」


 会場のボルテージがスタート同時に急激に加熱する。それもそうだ。始まって数秒、恵先輩が目にも止まらないスピードで100mを走った。他の選手はまだスタートライン付近に取り残されていた。

「恵先輩、えげつないですね。4歩ぐらいで100m走ってましたよ。いや、あれは走りじゃなくて」

「跳躍だな」

 風紀委員会戦で見せたあの瞬間移動のような超高速移動。催眠で強化された俺でも全く動きを追えなかった。

「速い! 速い! ASMR部、他のチームが半分も走り切らないうちにバトンが渡る!」


「一ノ瀬ちゃん、あれ大丈夫なのかい? 人間の動きじゃなかったけど」

「まあ反動でしばらく動けないと思うので次の先輩の番はかなり後に回してます。向こうの黒井さんたちにも説明しているので水分補給やサポートも問題ありません」

 向こうを見ると走り終えた恵先輩が二人からの補助を受けている。そして俺の視線に気付いたのか、笑顔で手を振っていた。あの動きをしてまだ余裕がありそうなのが怖い。

「来た! 律、私も行ってくるけん!」

「おう、行ってこい。期待してる」

「うん!」

 そして千春がスタート位置に向かった。

「速い! 完全な番狂せだ! ASMR部の服部綾乃、他のチームからさらに差を開き、次にバトンを渡す! どう思いますか、九重会長補佐!」

「別に普通だと思います」

「だそうです!」

 あの人は解説に向いてないだろ、全く内容がなかったぞ。そんなことを考えながらこっちに来た綾乃先輩を労う。

「おおっと、これは!?」

 後ろの方でどっと会場が沸く。独走状態でバトンを受け取り、それでも懸命に走る千春を見ていたが気になってチラッと第2走者の方を見る。

「あれって、お昼の」

「だな」

 それはお昼に見た陸上部の男だった。驚くべきはそのスピード。恵先輩までとはいかないが、かなり速い。さっきの綾乃先輩ぐらいのスピードが出ている。そして、他のチームもそれに負けじとなかなかの速さで走っている。

「ここでカードを切ってきた?」

 まだ始まったばかりなのに速い選手が多い。陸上部に関してはおそらくエースの男が走っている。人数的にあの男が走るチャンスはまだあるとはいえ、少し性急な気もする。

「焦ってるんじゃない? 昼にあれだけ啖呵切っておいて、文化系の部活に得意の走りで周差つけられたら恥ずかしいから」

「知音先輩……そう言うもんですかね」

「そうそう。意外とああいう陽キャの成り上がりみたいなのの方がプライド高いんだって」

 知音先輩が得意そうに話している。しかし、陸上部はわかるにしても他の部も軒並み速い気がする。

「律さん、顔が険しいですよ。今は千春さんを応援しましょう」

「……そうだな。悪かった」

 千春の方に視線を向けるとすでに半分を走っていた。後続とはまだグラウンド半周差がある。

「このままいけば、問題なさそうだな。ここまで距離が開けば妨害もできない。」

「ですね。走る選手とバトンを待つ選手以外はトラック内に入れませんし、妨害はできませんから。あっ千春さんがゴールしますよ!」

「本当だ、頑張れ! 千春!」

 大声で向こうを走る千春を応援する。そして、千春が御園先輩にバトンを渡せば、次は俺だ。そろそろ準備しないとー


「きゃああ!」

「おおっとこれは!」

 その時、会場がざわつく。と同時に天宮が隣で小さい悲鳴をあげた。

「どうした! 天宮!」

「律さん、千春さんが!」

 慌てて反対側のスタートラインを見る。座って待機するはずの生徒たちが何人か立ち上がっているせいで見えづらいが、千春が転倒している。

「なんで!?」

「千春さんがバトンを渡す瞬間、スタートラインでバトンを待っていた隣の部活が急にぶつかってきて!」

「それって反則じゃないのか!?」


「解説の九重さん、これはどうでしょうか?」

「バトンを待つ選手はトラック内にいることが認められています。そして、トラック内にいる以上は妨害も反則ではありません」

「だそうです! おおっと、この間にも差がどんどん縮まっている! ASMR部の圧勝かと思ったがわからないぞ!」


「ちっ、あいつらわかってて差を縮めるために速い選手を」

 千春の元に駆け出す。

「待ってください、律さん! 次の走者は律さんですよ! どうするつもりですか!?」

「つっても行かないとだろ! 御園先輩もバトンを持ったまま動けてない!」

 というか、あれは戦闘体制に入っている。千春にタックルをかました陸上部チームの人間を今にも殺す勢いだ。千春の救助も必要だが、御園先輩のリンチも止めないといけない。

 そして、俺が天宮の制止を振り切って駆け出そうとした瞬間、

「御園先輩! そんなやつよかけん早く行って!!」

 こっちまで聞こえる大声で千春が叫ぶのが聞こえた。それを聞いて、あの御園先輩が一瞬ひるんだ後、慌てて走り始める。

「律さん、ここはひとまず私が行きます。どうせ御園先輩からバトンを受け取ったら律さんもあっちにくるんですから。ここは黙って従ってください、いいですね」

 天宮に真剣な顔で諭される。ここまできたら俺も逆らうわけには行かない。それに俺も千春の気持ちを蔑ろにはしたくない。

「綾乃先輩、知音先輩。千春の状態次第では走順も変動するかもしれません。臨機応変にこっちを頼みます」

「任せろ」

 力強く頷く先輩2人を後に俺もスタートラインに立った。

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