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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
夜の大運動会編
120/253

第一種目(1)

「帰零先輩! 何してるんですか!?」

「ん? ダメだった?」

 会長が熱のこもった演説を繰り広げ、生徒会への不満に包まれていた夜の大運動会の会場は態度を返し、これから始まる戦いへの期待を高めていた。

 しかし、それとは逆に俺は帰零先輩の突然の頬へのキスに動揺し切っていた。

「ふふっみんなには気づかれていないみたいだね」

「いやそうじゃなくて! どうして!?」

「う〜ん? 君のことが好きだから?」

「嘘ですよね! 一体どうしてーー

 詰める俺の口を帰零先輩の人差し指がそっと塞ぐ。

「キスの理由を女性に問い詰めるなんて野暮だよ、一ノ瀬くん♪」

 細められる先輩の目と視線が絡む。しかし、これ以上聞いてもきっと無駄だと感じた俺は観念して前の会長に向き直ることにした。

「意外と聞き分けがいいんだね」

「無駄なことはしたくないだけです」


 この人をまともに相手するのは徒労だとわかり、会長の方を向き直る一瞬、鋭い視線を感じる。しかし、その正体は分からなかった。


「さて、律さん。第一種目はどうしますか?」

「第一種目? そんな話あったか?」

 会長の話が終わり、それぞれの部活がグラウンドの端にある待機所に戻る中、天宮がひょこっと首を出す。

「聞いてなかったんですか? リレーですよリレー! 全員参加の」

「全員参加のリレー?」

 帰零先輩のことに気を取られて話を運営の話を聞いていなかった俺はきょとんとしてしまう。

 天宮が言うことによれば、うちのチームの人数は俺含めて11人、トラックを11周するのか? しかしそれだと他のチームは……

「いきなりピンチだな一ノ瀬君」

「どう言う意味ですか、綾乃先輩」

 隣を見ると険しい表情をしている綾乃先輩がいた。それだけではなく他のみんなも難しい顔をしている。そうでないのは能天気な天宮と事情を把握していない俺ぐらいなものだ。

「今大会で最も人数が多いのは風紀委員会のいるチームでちょうど100人、よってこの二人で一周するリレーは400mのグラウンドを50周することになる。彼らが一人につき200mなのに対してこっちはええっと」

「一人約2000m! そんなの人数の少ないこっちが圧倒的に不利じゃ!?」

「そうだよ、一ノ瀬くん。そもそも私たち文化系に勝ち目の薄いのがこの大会なんだ。このぐらいの不利はこれからも腐るほどあると思っていい」

「帰零先輩……とは言ってもこれはいくらなんでも酷すぎじゃ」

「そうだね。この競技で10組の内、下位2組は脱落。また、一位のチームに5周差をつけられた時点でも脱落。何も手を打たなければ私たちももれなく脱落するだろうね」

「そんな。何かいい案はないんですか」

「私はそう言うのはさっぱり。こう言うのは頭のキレる人に聞くのがいいだろう」

 帰零先輩が研究部と文芸部の方を見る。

「すまないが、体力的な面では僕たちは役に立てない。僕も黒井君もさっぱりだ」

「私たちも自信はないね。理乃ちゃん、実は運動できたりする? なんかキリッとしてるしなんでも器用にこなしそうだけど」

 知音先輩が話を振ると理乃さんは、その体操服越しに主張する胸を突き出して誇らしげに

「無理ね。私も文乃もこのおっぱいのせいで運動は苦手なの。どうしても動きを阻害されるから」

 そうか、やっぱりおっぱいは運動の邪魔なんだな。いい勉強になった。

「ああ、私も無理な気がしてきました。私もおっぱいが邪魔なので、はい。クーパー靭帯が切れたらおっぱいが垂れちゃいますし」

「そうだな。天宮も苦手だよな、運動。おっぱい大きいもんな」

 もう天宮の貧乳自虐には突っ込まないであげよう。やっぱり生まれつきの性質をいじるのはよくないしな。

「変に優しくしないでください! 逆に傷つきますから! ええ、そうです! 得意ですよ、運動! おっぱいないですから!」

 喚いている天宮はさておき、どうしたものか。このままじゃ第一種目で脱落が確定しまう。

「ただ、僕たち文芸部は体力的な面では助力できないが、多少の知恵を貸すことはできる」

「環先輩、何か作戦があるんですか?」

「作戦……と言えるほどのものじゃないけど一応は」

 環先輩がチームのみんなを集めて作戦会議を始める。

「まず、今回の競技、人数の多いチームが必ず有利と言うわけではない」

「えっどうして」

「このリレーでは200m毎に走者が変わる必要がある。そして全員が絶対参加だ。つまり」

「走りが得意でない人間も参加しないといけないし、得意な人間も走れる距離が制限される」

「そう正解だ、一ノ瀬君。そして、人数が差大の100人に足りないチームは一人ずつ走りさえすれば、残りの配分は自由だ。最悪、他のメンバーが走り終えた後に服部君が全て走っても構わない」

「なるほど。それなら確かに勝ち目が」

「ただ、走者を200m毎に必ず変える必要があるから実際はそうはいかない。だから僕たちで最も効率のいい走順を決める。幸い、と言うよりこのことをわかって運営は競技開始まで30分の時間を設けている。その間にプランを練ろう」

 環先輩の言葉に従い、運動の得意な人を中心に走順を決める。

「あの、すまないが私はそんない派手に動けない。というかそのにんじゅ……は使え」


 綾乃先輩が誤魔化すように語尾をゴニョゴニョと小声で話す。環先輩や知音先輩は聞き取れなかったようだが、俺と天宮は理解できた。近くにいたASMR部を集め、綾乃先輩を陰に連れ込んで、周りに聞こえないように話す。

「綾乃先輩! 忍術が使えないってどう言うことですか!?」

「もしかして敵に捕まって術が使えないように改造されましたか?」

「誰が対○忍だ!?」

 天宮のボケにいつものツッコミを返す。しかし、今はそれどころではない。

「使えないと、いよいよ勝てませんよ! どうして使えないか、教えてください!」

「なぜって、私は忍だぞ! 周りに正体を知られるわけには!」

 俺と天宮は顔を見合わせて「何を今更っ」と言いかけるが、そもそもこれまでがのっぴきならない状況だったし、先輩も仕方なく忍術を使っていたのかもしれない。そうなると、今回は動機も薄いし、あまり無理強いが出来ないのも確かだ。

「確かに今回はいつものスーツじゃないですからね」

「それは大丈夫だ。ほらっ」

 そう言って綾乃先輩が体操服を伸ばし、胸元を見せてくる。反射的に目を逸らすが、確かにいつものいやらしい紫色が見えた。

「変態の律さんは置いておいて、忍術が使えないってどこまでですか? 走りひとつにしても綾乃先輩が本気を出せば忍者と言われることはなくても疑いの目はかかると思いますが」

 綾乃先輩の不意の胸チラにドキッとしたのは事実だが、変態扱いは心外だ。しかし、天宮の言うように俺もそこのラインは気になる。

「まあ、常人より少し早いスピードで走るくらいはいい。ただ、くないとか爆弾は使わないと思ってくれ」

「まあ。一応これも体育祭なのでそこまで使う必要はないですよ。普通に走ってくれるなら大丈夫です。私と律さんも走りは自信ありますし。ね?」

「だな」

 全く天宮の言うとおりだ。こいつもたまにはまともなことを言う。

「私も頑張るけん。作戦的にあんまり運動の得意じゃない私は200mしか走らんかもやけど、綾乃先輩ができるだけ本気を出さんでいいように頑張る!」

 千春が胸の前で小さく手を握る。

「君たちっ! 私はなんていい後輩を、うっ」

 その姿を見た綾乃先輩が軽く泣き出してしまった。それを同輩の恵先輩と御園先輩が背中をさすって宥めている。実際は俺らの方がこんなにいい先輩を持てて感謝しても仕切れないぐらいだが、今は黙ってその様子を見守る。


「すみません、席を空けちゃって」

「何かあったのかい? 一ノ瀬ちゃん」

 俺は綾乃先輩と目を合わせる。この人たちには話してもいいということになった。

 そして、綾乃先輩の正体と今回の大会ではその力を使えないことを話した。

「僕は異存ないよ。そもそも、そんなこと知らなかったし、僕は一ノ瀬君のポテンシャルを期待して、チームを組んだからね。なんなら棚ぼたと言ってもいい」

「私も問題ないよ。環君はこう言っているけど、実際は他にチームを組むのを頼める人がいなかったからと言うのもあるからね」

「それならよかったです」

 知音先輩の言い方はともかく、この二人は元々、綾乃先輩の力を知っていたわけではないため、すんなりと了承してくれた。問題は綾乃先輩の力をあてにしていた帰零先輩だが

「全然いいよ。みんなの力を合わせて頑張ろうじゃないか」

 全く淀みのない笑顔でこう言ってくれた。上っ面や取り繕いでもなく、本心で言っているのがわかる。本当にいい人ばかりで助かった。あれ? そういえば帰零先輩はどうして綾乃先輩のことを

「あの、帰零先輩。どうして綾乃先輩のことを」

『開始まで残り10分です。各部活は準備を始めてください』

「ああ、時間がないね。さっさと決めちゃおうか」

 帰零先輩がそう言うのを皮切りにみんなが真剣な表情で準備を始める。帰零先輩への質問はあとでいいか。

 そして俺も会議に加わった。

 そしてその結果、

 黒井文乃・黒井理乃・帰零先輩 1周、千春 2周、環先輩・知音先輩 3周、天宮・恵先輩・御園先輩 5周、

 一ノ瀬律 10周、綾乃先輩 14周

 に決定した。

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