4人目の仲間は対◯忍
「これはその」
綾乃先輩が目を泳がせている。
俺は散らばった原稿用紙を回収しつつ内容を確かめる。
俺がご主人様で天宮はその奴隷っていう設定らしい。
「わかった。全て話そう」
観念したように綾乃先輩がうなだれる。
「私はエロ漫画が好きでエロ漫画を自作している」
「じゃあ、やっぱりそのスーツは趣味で?」
「違う! これは本当にちゃんとした忍のスーツだ」
天宮の質問に半泣きで訴える綾乃先輩。
「いや、私も最初見た時はどうかと思ったし、というか今も正直対○忍みたいだなって……」
綾乃先輩が今にも消えそうな声でぼやいている。
やっぱり対○忍みたいって自覚あったんだ。
「とにかく、私はエロ漫画を描いているんだ」
「わざわざ、学校で描かなくても」
学校でおほ声の練習をしている俺達が言えたことではないが。
「私の家は由緒ある厳しい家でな。こんなことバレたらどうなることか」
「だから美術部としてエロ漫画を……」
厳しい家庭環境については俺にも思うところがある。
「いや、私は美術部ではない。美術部でエロ漫画を描いていいわけないだろう」
天宮といい変態が急に常識的になるの腹立つな。
「じゃあ、どうしてここに?」
「ここは昼休み誰も使わなし、設備も整っているから忍びこんで拝借しているんだ」
先輩が顔の前でにんにんとポーズをとる。くそっ、可愛いな。
「足りないものはこの通り」
そう言いながら先輩は床の木目を探るようにさすり、かぱっと開く。そこには収納スペースがありB4原稿用紙やインク、トーンが入っている。忍すごい。
「こんなふうに過ごしていたら君たちが廊下に入り浸るようになり、公然と情事を行うようになったんだ。あんな下品な声で毎日毎日……」
先輩が赤くなった顔を両手で覆う。
なるほど、それがインスピレーションを刺激して俺と天宮のエロ漫画が生まれたらしい。
「先輩、それは誤解で」
それから俺たちは先輩に事情を話した。
「ASMR同好会か……」
先輩は何やら考え込んでいる様子だ。
「ところでどうして鍵を閉めていなかったんですか?」
「それなんだ!」
先輩が思い出したように食いつてくる。
「私はここに裏ルートで入っているからドアは使わない。だから、初めから鍵がかかっているんだ。ところが今日は鍵が開いていて、君に開けられそうになったからすごく慌てたんだ」
鍵が開いていた? 昨日、美術部が閉め忘れたのだろうか。
先輩はそれからまた逡巡して俺達に言った。
「君たち、私もその同好会に入れてくれないか」
俺と天宮は顔を見合わせる。人が増えるのは願ってもない話だ。
「嬉しいです!これで千春さんが入ってくだされば4人です。あと1人入れば部活ですよ!」
天宮が子供のようにはしゃぐ。5人メンバーが揃えば部活として認められ、部室がもらえる。
だが、俺の中には少しだけわだかまりがあった。
「先輩。嬉しいんですが、千春の勧誘がうまくいってからでもいいですか?」
「? 私は別に構わないが」
2人がきょとんとしている。
説明した方がいいだろう。上手くできるかはわからないが。
「最近気付いたんだが、千春ってクラスで少し浮いてるというかいつも1人なんだ」
もちろん、俺も基本的に1人だからそれについて色々と言える立場ではない。
「それでさ。今、先輩を入れたら千春抜きでも同好会が成立しちゃうだろ? それがなんというか俺の中でしっくりこないというか」
やはり上手く説明できない。そんな俺に先輩が助け舟をだす。
「君は義理堅いんだな。」
そこには年長者の余裕が垣間見えた。
「承知した。私はもう1人入ってくれそうな人間を探すとしよう!」
天宮も俺の方を見て頷く。
一応、みんなの了承を得られたようだ。
「部になれば部室がもらえるからな。エロ漫画描き放題だ!」
なるほど、この人はこれが目的だったらしい。
芽生えつつあった尊敬の念が早くも摘まれた。
「昨日、部活の時に美術室に筆箱置いてきちゃった」
「もう忘れっぽいんだから」
廊下の向こう、曲がり角から話し声が聞こえる。女子生徒2人、会話の内容からして美術部員だ。
「綾乃先輩!美術部の人が来ます」
今、ドアから出れば彼女らに見つかる。
この人が普段使う裏ルートを使えばドアから出ずに済むはずだ。
「わかった。こっちだ!」
先輩が部屋のロッカーを開ける。そこには資料用と思われる衣装がかかっている。
「そんなところに3人も入らないですよ!」
「まあ、見ているんだ」
得意げな顔をしてから先輩がロッカーの奥に手を伸ばし、押し込む。すると、先に道が現れた。忍、すごい。
先輩、俺、天宮の順で駆け込む。
「本当に凄いな。こんなものまで……」
中にはそんなに広くないが横歩きなら充分に進むことができる隠し通路が続いてる。
「んっ」
「ちょっと変な声出さないでくださいよ、先輩」
「すまない。前までは平気だったんだが、最近は少し狭く感じてな」
進むたびに壁に引っかかる胸が目の前でダイナミックに動いていた。
「律さん、進むのが遅いですよ」
後ろから凄まじい殺気を感じる。やはり間に俺が入って正解だったみたいだ。
天宮の視線に耐えながらしばらく進み続けると
「よし出るぞ」
出口についたようだ。
先輩が目の前の壁を押すと、光が入ってきた。
「よし、これで出られー」
先輩が体をよじっている。
「すまない、つっかえたみたいだ。押してくれないか」
押す!?それは俺がこれから先輩の体をー
「わかりました。押しますね!」
天宮が元気よく返事する。いや待て、なんでお前が
「痛い!無理やり押すな天宮!」
後ろからすごい力で天宮が押してる。
その勢いで先輩が押し出され、それに続いて俺も外へ出る。
「ここは校舎裏?」
「ああ、そうだ。普段誰も使わない校舎裏の目立たない場所に繋げている」
へえ、学校にこんなところがあったとは。
「律さん〜!私もつっかえて出れません〜」
天宮を見ると、隠し通路から手を伸ばしている。ちなみにどこもつっかえてはいない。
可哀想なので手を引っ張ってあげた。
「もうこんな時間か」
チャイムが鳴り、各々埃を落として教室へ向かう準備を始める。
「じゃあ、千春君のことが上手くいったら呼んでくれ」
先輩はそれだけ言って、走っていっていく。連絡先を聞きそびれてしまった。
「俺たちも早く行くか」
「あっ、弁当箱!」
そうだ。俺も美術室の前に勉強道具を置きっぱなしにしている。
俺たちは急いでそれらを回収し授業へと向かった。