開幕とキス
「それでは前立高校、夜の体育祭を始めます。放送は生徒会九重がお送りします」
グラウンドには多くの生徒が体操着で集まっていた。人数は午前の半分程度だろうか。
「全ての部が参加するわけでもありませんし、文芸部やセックス部のように一部だけ参加する人もいるからでしょうか、思ったより多くありませんね」
「だな。といっても何百人もいることに変わりはないけどな。それとセックス部って言い方はやめとけよ」
それだと本当にただの変態集団だ。いや、あながち間違いでもないか。
「では初めに4つの部活で一つのチームを作ってください。時間は10分とします」
時間が意外と短い。すでにチームを組んでいる俺たちにとっては関係ない話だが、もしかするとこのチーム組みも競技に含まれているのかもしれない。
「やあやあ一ノ瀬君。どうだい、他のチームは集まったかい?」
「帰零先輩!」
俺たちASMR部の元に最初にやって来たのは帰零先輩だ。
「この方が帰零先輩ですか」
「やあ天宮ちゃん。こうして会うのは初めてだね。他のみんなもよろしく」
ASMR部のみんなが顔を見合わせる。そして、最初に歩み出したのは綾乃先輩だった。
「よろしく。私は服部綾乃、同じ2年だ」
「よろしく、綾乃ちゃん。期待しているよ」
二人が握手を交わす。綾乃先輩は笑顔を浮かべているが、いつもよりわずかに真剣な色が見える。帰零先輩への警戒が拭いきれないのだろう。
「おや、もう始まっているみたいだね。混ぜてもらってもいいかな」
「早いね〜、っていうかこれだけ? 流石に少ないかな」
やって来たのは環先輩と知音先輩、そして黒井姉妹だ。
そして、これで俺たちのチームは完成。知音先輩の言うようにたしかに少ないかもしれない。
「帰零先輩、色々と詳しそうでしたけどこの人数でも大丈夫なものなんですか?」
「まあ問題ないよ。少ないと言っても精鋭だ。不利ではあるけど勝てなくはない」
「やっぱり不利ではあるんですね」
「まぁ5種目あるからね。この人数だと下手すれば全員が全種目に出ることになる。すると体力的にきついだろう?」
「たしかに」
俺や綾乃先輩、恵先輩と御園先輩はおそらく保つが、それ以外は心配だな。上手く配分しないと負けもあり得る。
「他に強いチームとかはあるんですか?」
「あるね。というより怪我もあり得るこの大会だ、勝算のない戦いをわざわざするチームは無い。それも踏まえると、陸上部主導のチーム、風紀委員会主導のチーム、野球部主導のチームが怖いね」
「陸上部……」
昼に一悶着あったのはあそこだ。本当に嫌な奴らだった。
「特に陸上部主導のチームは前回優勝してる。サッカー部と柔道部、アメフト部で組んでるからね、ごりごりの体育会系だよ」
「それはまたえげつない」
そんなことされたら、確かに他の部活はたまらない。特に文化系の部活は参加すらしたくないだろう。
そう思って他の部の皆を見る。ちょうど帰零先輩や知音先輩、環先輩たちが挨拶しあっていた。
こう見ると、全員、腹の底が知れないというか妙な気迫がある人達だ。まあ、こんな催しに参加するぐらいだから、実際そうなのかもしれないが。
「律、余計な気遣いとかいらんけんね。皆でチームやけん、私たちも必要ならちゃんと使って欲しか」
千春が鼻を鳴らして、両腕でガッツポーズをとっている。
「ありがとな千春。もちろん全員で勝ちに行こうな」
「うん」
嬉しそうにはにかみながら千春が頷く。と言っても危険なのは綾乃先輩に頑張ってもらおう。
「一ノ瀬君、私もそのつもりだが、流石に少し傷つくぞ」
目線でバレた。
「10分経過いたしました。現在チームを組めていない部活はそのまま参加しても構いませんし、ここで辞退しても構いません。また、すでにチームを組んだ部活の辞退も現在まで受け付けます」
九重さんのアナウンスが流れる。しかし、動きを見せる部活はない。やはり、帰零先輩の言う通りらしい。
「ないようですね。ではこれよりー
「おい! 会長の挨拶は無いのか!?」
そこで一人の男の声が上がる。陸上の方からだろうか、ヤジが飛ぶ。
言い方はともかくとして言い分はわかる。これだけの催しに会長が全く顔を出さないのは妙だ。
「会長は別室でモニタリングを
「おかしいだろ! 本当に賞金は出るのか!?」
「挨拶も無いって俺たちを馬鹿にしてるんだろ!」
そして、四方からヤジが飛び、次第に非難の波が全体に広がる。
「昼の体育祭終わりで興奮してるのか。異常だな」
「だよね。それにさっき……」
そう言う恵先輩の顔が怪訝に歪む。その間も会場には怒号が飛び交っていた。
「恵先輩、何か気になることでも?」
「ううん、大丈夫。気のせいだと思うから」
そして、しばらくして生徒会に動きがあった。
「お待たせいたしました。皆様の要望にお応えして会長に登壇していただきます。皆様、会長の開幕宣言を静粛にお聴きください」
場がしんと静まり返る。マイク越しに足音が聞こえ、グラウンド前方の台に視線が集まる。
考えてみれば会長の姿を見るのは初めてになる。何だか妙に緊張してきた。
そして、会長が登壇する直前、
「一ノ瀬君、一ノ瀬君」
帰零先輩に呼ばれる。俺は騒音の中、声が聞こえるように帰零先輩の元へ近づく。
「では会長に登壇していただきます。会長、お願いします」
そして上がって来たのは長い髪とキレ長い目、凛とした立ち姿をした美しい女性だ。
「待たせたみんな。いらぬ混乱を招いたようですまない。今回の夜の大運動ー
会長が話を始めた。そして、俺と会長の目が偶然あったその時ー
「っ!?」
隣にいた帰零先輩が俺の頬にキスをした。




