全裸ガン
「本当にくだらない連中だったね、一ノ瀬ちゃん」
「ええ、そうですね。ただ、性器の画像の拡散はやりっすぎだと思いますが」
別にあんな奴がどう辱められても構わないが、食事中の周りの人に性器の画像を送信したのは申し訳ない気がする。
「いや問題ない。君も送られてきた画像を見てみるんだ」
そう言われてスマホに送られてきた画像を見ると、そこには女性の顔があった。しかしその顔に見覚えはない。
「何ですか、これ」
「さっきの彼を女性化した画像だよ。この銃を使って撮影、共有したんだ。すごいだろう?」
「私が作ったのよ」
知音先輩の隣で理乃さんが誇らしげに鼻をふんっと鳴らしている。
「なるほど、じゃあそれに相手の性器を投射する機能なんてないんですね」
「いやそれもあるわ。あと、相手の相手の剥きコラを瞬時に作成したり、少し時間はかかるけど毛量までわかるわ。すごいでしょう」
「すごいけど」
そんな危険なものをこの人達に持たせていいものだろうか。良識のある人たちだけど常識はないからな。
まあそれは置いておくとして、心配なのは恵先輩だ。くだらないことを言われていたし、思い出したくもないが、顔を掴まれていた。めちゃくちゃに強い恵先輩のことだから、俺が何もしなくても問題はなかったはずだが、それでも嫌な気持ちはする。
「さっきはありがとう律くん。それに研究部の二人も」
笑顔で先輩が出てくる。
「いえ、どうってことはないです。それに俺は何もしてませんし」
「それでも嬉しかったよ。でもどうしてかな、僕があんな輩に負けるわけないって律くんはわかっているはずだけど」
先輩が意地悪に聞いてくる。これはわかっている顔だ。
「それはその、恵先輩は俺の奴隷ですから」
「ふふっ、まあ今はそれでいいや」
俺をからかった先輩はどこか嬉しそうな表情を浮かべている。まあ、俺も先輩が嫌な気持ちをしていないならそれでいい。
「ところで二人とも」
「何だい、高梨ちゃん」
「それは没収だから」
恵先輩が笑顔で手を出している。どうやら恵先輩の方があの機械の件を置いといてはくれなかったらしい。
「いや高梨ちゃん。今回は役に立ったし、これも悪いものじゃないだろう? もちろん、悪用しないと約束するよ。だから没収はちょっと〜」
先輩の鬼気迫る笑顔に押されて、いつも余裕そうな知音先輩も窮している。
「悪いものじゃないならどうして風紀委員会に申請が来てないのかな。うちではプリンターやパソコンなんかの精密機械は安全と防犯の観点から申請がいるはずだけど」
「それはその、これの有用性を示してからじゃないと没収されちゃうかなって。ほらっ理乃ちゃんも全裸ガンを抱えて泣いちゃってるし」
「この子だけは、この子だけはどうか」
全裸ガンって、あの銃そんな名前だったのか。思いっきり悪意しかないじゃないか。おもちゃを取られる子供みたいにガチ泣きしている理乃さんも見てられないな。
「う〜ん、そう言われてもな。風紀委員長としてそんな危険なものを持たせておくわけには」
助けられた手前、恵先輩も悩んでいるようだ。しかし、恵先輩の言うとおり、俺もあの機械はすごく危ないと思う。悪意を持った人間に渡れば、間違いなく大変なことになる。あれで作った裸の写真や性器の画像を作って他人を脅すことは容易だ。
「恵先輩、今は風紀委員長ではなくASMR部の一人ですよね」
「まあ、そうだけど。それでもこれを見逃すわけには」
「なので、今度、先輩が風紀委員会として部室に行って、監視のもとでハードを分解する。それなら知識を持った人じゃないと使えない。おかしな人に悪用されることはなくなる」
「う〜ん、でも彼女達なら分解してもすぐに戻せてしまうんじゃ」
「そこは二人を信用しましょう。先輩達もどうですか? 丸ごとなくなってしまうよりはいいと思いますけど」
知音先輩と理乃さんが顔を見合わせてから、互いに頷く。
「わかった、それで構わない。分解したハードは適切な運用方法が確立されるまで戻さないと約束しよう。もちろん、その時は風紀委員会の監視下でハードを戻す。理乃ちゃんもそれでいいね?」
「まあ、それなら。精密機械なのでこっちでちゃんと保存できれば問題ないわ」
「そう、それなら決まりだね。今日は難しいから今週中にまた連絡するね」
「うん、ありがとう。一ノ瀬ちゃんも仲裁ありがとね」
「いえ、さっきは助けてもらったので」
そこで環先輩も話に加わる。
「さっきの件、僕たち文芸部も研究部がハード修復、および2台目の製作を行わないことを保証するよ。関わりが深いし、黒井くんなら家で理乃くんの監視もできる」
「任せてください。姉さんの部屋の隅々まで探っておきますね」
「それはやめなさい文乃」
「環くん、文乃ちゃん、ありがとう。風紀委員会も最近は忙しくて、研究部の監視に人を割くのが難しいいからどうしようか悩んでいたんだ」
「高梨ちゃん、せっかくいい話風にまとまろうとしてたのに、全然信用してないね」
「ふふっそれとこれとは話が別だから。芽吹先生からも目を光らせておくように言われているから」
「げっ」
知音先輩がトラウマを刺激されたのか、顔を引き攣らせている。芽吹先生はASMR部と研究部の顧問を兼任しているが、俺たちの方に干渉してことはほとんどない。だからあんまり怖いイメージはないけど、知音先輩が恐れるほどだから怒らせたらかなり怖いのかもしれない。気をつけよう。
「律さん、律さん」
「天宮?」
呼ばれて振り返ると、天宮と千春と綾乃先輩、御園先輩がいる。
「まったく、ああいう咄嗟の行動はやめてください。びっくりしちゃいましたよ」
「ああ、悪い」
「まあ、私も少し遅れて殴りかかろうとしていたので強くは言えませんが」
なるほど、あの時、俺の後ろで手を伸ばしていた天宮は俺を止めようとしていたのではなく同時に殴りかかろうとしていたのか。あの男は危うくダブルパンチを受けるところだったらしい。
「でもさっきの奴ら、体育系で固まっとったけん、夜の大運動かで敵になるんやなか? そしたら絶対に私たちが狙われるやろ」
「まあ確かに。綾乃先輩、どう思います?」
戦力的なことはこの人に聞くのが早い。
「まあ、競技にもよる、としか言いようがないな。単純に殴り合えば負けはしないが、あちらの得意な競技で私たちが執拗に妨害を受けることがあればわからない」
「なるほど」
「妨害なら心配ありません」
「御園先輩?」
「あのような汚言を言い散らかし、他人の足を引っ張るような方々には神罰が下りますから」
そう言う先輩のポケットからは金属音が聞こえる。場が収まり、慌ててポケットに突っ込んだのだろう。どうか彼らに下るのが神罰の方であることを願おう。
「っとこの話はこの辺にした方がいいな。昼食がまだだ」
しいたレジャーシートの上には食べかけの弁当が並んでいる。
俺たちは昼休みの間、それぞれ話をしながら過ごした。




