一触即発
「一ノ瀬ちゃんはこれからどうするの?」
「どうするって、昼食ですけど。ASMR部の皆と」
「だろうね。それに私たちも混ざってもいいかな?」
ニコニコしながら知音先輩が尋ねる。
正直いうと嫌だ。別に知音先輩たちのことが嫌いとかそういうわけじゃない。ただ、セックス研究部とASMR部の組み合わせを考えるだけで頭痛がするからだ。混ぜるな危険、毒ガスとか発生しそう。
「姫川、急にそれは悪いだろう。一ノ瀬君もいやそうな顔をしているじゃないか」
「むっそうなのかい。まあ一ノ瀬君が嫌なら遠慮しておこう」
「いやそういうわけじゃ。ただ、うちの天宮が意外と人見知りなので」
天宮に目配せをする。話を合わせろ。
「えっ私は全然いいですけど。人数が多い方が楽しいじゃないですか」
「さすが天宮ちゃん! なら決まりだね。ここじゃ狭いから中庭の銅像前に集合でいいかな」
「わかりました。みんなに伝えておきます」
話が決まってしまった。天宮もすでにみんなへメッセを送っている。
「なんだかすまないね。強引な形になって。僕たち文芸部まで」
「いえ、環先輩たちはいいんです。むしろいてください」
この人がいないと俺の昼食がカオスになってしまう。特に知音先輩を抑えられるのがこの人しかいないから環先輩だけは絶対にいてもらう必要がある。
「じゃあ、僕はお弁当をとってくるよ。ついでに黒井君も呼んでくる」
「私たちも行こうか、理乃ちゃん」
「はい、行きましょう」
先輩たちがそれぞれのクラスのテントへと戻っていった。
「じゃあ、俺たちは場所取りに行くか」
「ですね。大所帯ですから」
そして俺と天宮は中庭へと向かった。
中庭 昼休み
ASMR部、文芸部の二人、セックス研究部の二人がレジャーシートを敷いて集まっていた。事情はメッセで説明しており、食べ始めてから今の所、想像していたようなカオスにはならず、それぞれが交流を図っている。
「みんな、コミュ力が高いな……」
みんなが今日の夜の大運動会に向けての話やそれぞれの部活や委員会などの情報交換をしていて、互いのことをある程度知っている俺は逆に話に入れずにいた。
「私のお弁当食べる?」
「うわっ、いつの間に。ええっと、あなたは黒井理乃さん?」
「気軽に理乃ちゃんと呼んでいいわ。タメだから」
「そうですか。じゃあ理乃ちゃん」
文乃さんの方と間違えていないか内心ヒヤヒヤしたが当たっていたようで良かった。
「料理が好きでお弁当、私の手作りなの。文乃の分も私が作っているわ」
「へえ、確かにおいそうですね」
理乃さんのお弁当箱の中には色とりどりの食材が綺麗に並んでいる。
「食べてみて欲しい。数の子、栗、ウィンナー、お豆、ちんげんさい、バナナ、フルーツチンポ、なんでもあるわよ」
「そのラインナップ絶対にわざとですよね。というかフルーツポンチですから。言い間違いないでください」
この人はあれだ。田中さんと同じタタイプの人だ。あっちよりも幾分毒気が少ないのが救いだな。
「いえ、言い間違いじゃないわ」
そう言って理乃さんがタッパーを開くと、さまざまなフルーツが性器の形に切られていた。
「食べ物で遊ばないでください」
「そうね、ごめんなさい。悪気はなかったの」
理乃さんがしゅんとしている。
もしかしたら一人の俺を気遣ってくれたのかもしれないのにちょっと冷たかったかな。
「いえ、別に怒っているわけじゃなくて。あの、じゃあお一つ貰っていいです”? りんごとか」
「どうぞ。それは自信作よ」
理乃さんが俺の弁当箱にりんごを入れてくれた。それを食べる。
「美味しいです」
「ありがとう」
そして俺も理乃さんも黙ってしまう。なんとなく気まずい。
「あの、理乃さんはどんな研究をされているんですか? セックス研究部なんですよね」
「私は主に工学と科学的なアプローチで取り組んでいるわ。知音先輩は完全に文系的なアプローチだから私と知音先輩のチームに別れて研究しているわ。あなたも入らない?」
「いや入りはしませんけど、セックスを工学的なアプローチってどうするんですか?」
「それはー
理乃さんが言いかけたところで、環先輩たちが座っている方が騒がしくなる。
「おいおい! 文化系の芋どもがどけよ! ここは陸上部の場所だろうが」
見るからに体育会系の集団が大人数で群れている。ざっと30人程度だろうか。環先輩に声を荒げているのは目元まで前髪が伸び、少しテンパのかかった男だ。なんというか見るからに陽キャで、大学とかでよく見かけるような見た目の少しチャラい感じだ。
「別にここは君たちの場所と指定されていない。そうである以上、先に場所を取っていた僕たちに優先権があると思うけど」
「うわあ、なんかチー牛が言ってるぜ」
そう言って後ろの仲間の方を向きながら下卑た笑いをあげる。それに合わせて後ろにいた人たちもヘラヘラと笑っている。
なんだ、こいつらは。
環先輩は呆れたような表情で黙り込んでいる。その顔でさえ絵になるような人なのに、こいつらは脳だけでなく目も弱いのだろうか。
「というか何? なんか文化系のくせに人数多くね? もしかしてあれか、去年もいた文化系で手を組んでいるやつ。そんなことしても夜の大運動会で俺たちに勝てるわけないだろ」
続けて「なあ」と仲間に呼びかける。よく見るとガタイが明らかに違う人や日焼けの仕方が違う人がいる。どうやら帰零先輩の言っていた体育会系の徒党らしい。
「君たち、なんのつもりだい。それ以上、絡んでくるようなら風紀委員長として君たちを処罰するけど」
「風紀委員長? こんな女みたいなのが? 俺でも勝てそうww」
再び下卑た笑いが起こる。実に不愉快だ。せっかくの昼食も最悪の空気になっている。中庭中が静まり、俺たちに視線が集まっていた。
そんな状況の中で男が恵先輩の頬を掴む。あっ
「ああ、でも本当に女みたいな顔してるわ。お前、男だろ?」
「3秒待つから手をーって律くん!?」
気づくと手が出ていた。男に目掛けて俺の拳が飛んでいる。交通事故に遭うときなんか、かなりスローモーションに感じるというが今がそうだった。恵先輩や環先輩の驚く顔、天宮が静止しようと俺に手を伸ばしているのがよく見える。
「おまっ!」
パシッ
俺の拳が男の顔面に入っていなかった。
男の顔の前で、綾乃先輩の手に優しく掴まれている。綾乃先輩は怒っているような、たしなめるような表情で俺を見ている。
「こんな人間のために君が暴力を振るうことはない。下ろすんだ」
「……」
先輩に言われて手を下ろす。確かに衝動的に行動するのはよくなかった。この状況で俺が暴力を振るえば、ここにいるみんなにも迷惑がかかる。
「おい、なんだよお前。やるなら来いよ」
男が安い挑発をしている。もちろん、乗らない。
「急に怒ってそんなに、の女男が大事か? お前ら、あれだ。ホモだろ」
俺を抑えていた綾乃先輩もその表情がかなり険しい。環先輩もゴミを見るような目をしている。後ろの御園先輩から金属音がした。
まさに一触即発。そこで
「ほらっ一ノ瀬ちゃん、そんな怖い顔しない」
知音先輩が俺と男の前に割って入る。
「知音先輩、でも」
「わかってる、わかってる、こんなゴミクズがうちの学校にまだいるなんてね。やはり現代の試験制度は理にかなっていないよ。そう思わないかい君」
「は? 俺に言ってんの? あんた何だよ」
「君の前髪、いいね」
「は?」
知音先輩が男を真正面から見据え、背の高い先輩と男の目線は同じ位置にある。
「前髪で目を覆っている人は心に何らかのコンプレックスを抱えていることが多いらしい。君の場合は、そのほくろかな」
「ちっ」
男が前髪を整えるような仕草でさっと隠す。
「何だよ、別に違う!」
「理乃ちゃん、あれを」
「はい」
後ろから理乃さんが歩いてくる。その手にはどこから取り出したのか。おもちゃのレーザー銃のようなものが握られていた。
「測定開始します」
「おい! 変なものをこっちに向けるな!」
「測定完了、共有しまっ、ぷぷっこれは」
笑っている理乃さんの手にある銃についた小さなモニターを知音先輩が覗き込んでいる。
「これは、ぷぷっ、これはひどいね。ああ、悪かった君のコンプレックスはそのほくろではないようだね」
言いながら先輩が笑っている。
「何だよっ」
「いやこの機械はね、向けた相手の性器の具体的な形がわかるんだ。君のはいわゆるたんしょー
「やめろ!」
「やめろ? 嫌だね。この銃には便利なことにAirDropが使えてね。ぜひ、みんなにも見てもらおうじゃないか」
「お前っ!」
周りがザワザワし始める。俺のスマホにもAirDropが送られてきた。
「やりやがったな!」
「ほらっここにいていいのかい? みんな、君の顔と性器を見比べているようだけど」
男ははっと気づき、顔を赤くする。
「くそっ行くぞ」
そして周りの仲間を引き連れてこの場を後にした。




