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「"夜の大運動会"で手を貸すっていったい」
俺の質問に先輩は飄々と答える。
「いやね、夜の大運動会といっても内容は昼とそんなに変わらなくてやっぱり体育会系に有利なんだ。もちろん、いくつかの競技、7つ競技のうち2つは文化系有利なんだけどそれでもね」
「なるほど。だから文化系の部活同士で手を組もうと」
「そういうこと。もちろん、賞金は山分けで構わない」
話はわかる。しかしこれは
「失礼ですが、俺たちにメリットがありません。うちは綾乃先輩と御園先輩、恵先輩がいます。天宮も運動神経はかなりいいですし奇術部の方と手を組まなくても優勝を狙えるような気が」
「いやそうでもないさ。そもそも夜の大運動は複数のグループに分かれて戦うんだ」
「グループで?」
「果たして悪評ばかりの君達と組んでくれる部があるかどうか」
「ぐっそれは」
たしかにそう言われると痛い。風紀委員会も参加すると言っていたが、美咲ちゃんたちはともかく、その他は絶対に反対する。恵先輩が頼んだとしても怪しいだろう。
「グループ分けは当日に各々で行われる。だから本気の部活はすでに戦力確保に動いているんだよ。私もこの話をもっと早くにしたかったんだけど君達がややこしい事態になっていたからね」
「それはすみません……でもその理論でいくと俺たちよりもっといい部がありそうですけど。普通に体育会系とか」
「だめだね。あっちはあっちですでに徒党を組んでる。それこそ奇術部なんかと組む理由はないさ。その点、君たちはこの大会でこれ以上ない大穴というわけ。わかってくれたかな?」
ここまでの話におかしなところはない、気がする。色々と聞きたいことはあるが俺もある程度信頼できるチームメイトは確保したい。当日、誰もチームを組んでくれない可能性もあるからな。
「なるほど、わかりました。もちろん、天宮たちとも話しますが俺は依存ないです」
「それはよかった。これも使わずに済みそうだね」
そう言って先輩がスマホの画面を俺に向ける。そこにはさっきの俺と先輩が絡み合っている写真があった。この人、いつの間に……
「消してくださいね、それ。今すぐ」
「わかってるって怖いなあもう」
そう言って先輩が俺の前で写真を消す。バックグラウンドの可能性もあるが、この人はそんなことしないと信じよう。
「でもグループって言うと、他にも必要なんじゃ」
「そうだね。4つの部活で1つのチームを組むことになってる。残り2つは君が選んで構わないよ。君がやりやすい方がいいだろうからね」
選ぶって言われてもな。どの部活が参加するとかもわかんないし、他の部活に知り合いなんていたかな。まあ、最悪その場で集めればいいか。
「あっでも、それって優勝はどうやって決まるんですか?」
「それは最後勝ち残ったチーム内で優勝の部活を決めるんだ。まぁ最悪4部活で賞金山分けでもいいし、奇術部とASMR部で他の部活を倒して片方が辞退でもいい。信用できないなら奇術部が辞退するよ」
「うーん、まぁそれなら。他の部活を蹴落とすのも気分良くないしですし」
4部活で山分けという選択肢もあるなら問題ない。
そして、大体こんなところだろう。聞くことは聞いた。というか、参加するのに全く内容を知らなかったから、先輩に聞けてよかったな。
「じゃあ、話はこれぐらいで」
先輩が帰ろうとする。しかし、ふと気になることがあって先輩を引き止める。
「いやちょっと、待ってください。さっき本気の部活はもう動いてるって言いましたよね。どうして奇術部が? なんというかそんな雰囲気に感じないですけど」
先輩が立ち止まる。
「そう? だって部費増額欲しいだろう? 年間で合計100万円だよ。もちろん、その場で100万円をそのままもらうこともできる」
「まぁそうですけど」
「わかってないなあ。今時、奇跡もプライスレスじゃないってことさ。たねも仕掛けもお金がかかる」
「そうですか」
なんかあんまり聞きたくなかったな。
「あれ?落ち込んでる? ごめんね、ここまでピュアとは」
「いや全然大丈夫です」
「気にしてるじゃないか。なんだか、ごめんねー。これで元気出して」
そう言って先輩が指を鳴らす。すると俺の手が温かくなった。
「まさか、これは」
手を開くとそこには薄い青色のパンティーがあった。例の如く、湯気が出ている。
「くだらないことを言ったお詫びだ。それはあげるよ」
「これは……いただきます」
疲れ切った体と心では拒否できない。だから仕方ない。
「じゃあ、私は帰るから。君も疲れているだろう。今日はゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
先輩が部屋の扉を開けて帰ろうとする。
「あっそうだ! 先輩、名前! 名前、知らないです!」
先輩が振り返る。そのまま扉は閉まり続ける。その時、先輩と目が合った。その目はいつもの飄々としたにやけた目ではない。据えた目。
そして
「私の名前は獅子宮帰零」
と先輩は言い残した。
そして扉が閉まり、俺はすぐに扉を開いたが、そこにはもう誰もいなかった。




