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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
112/253

解決の朝

「はああ、何とかなったな」

「ですね。何というか少し拍子抜けな感じもしますが」

 俺と天宮は母さんが出て行った後の家で朝食をとっていた。時間的にはこのまま急いで学校に行けば遅刻せずにすむ。

 しかし今回の件が何とかなった安堵感で疲弊感が押し寄せている俺と天宮はダラダラと朝食を続けていた。

 そこでリビングの扉が開く。

「あれ? 兄ちゃん!」

 律花が入ってきた。

「律花!」

 俺は椅子から立ち上がり、走ってくる律花を抱きしめる。

「もう何やってんだよ! 帰るなら言えよな」

「ごめんな、色々と混み合ってて」

 そういえば、スマホの電源を家出した日に切ってそのままだった。俺は律花と抱き合ったままポケットのスマホの電源を入れる。すると夥しい量の通知が来ていた。それは律花や部のみんなだけでなく美咲ちゃんを中心とする風紀委員会の面々からのメッセージもあった。みんなには改めてお詫びしないといけないな。

「それで何とかなったのか?」

 律花が心配そうに尋ねる。

「ああ、問題なかったよ。律花の方こそ大丈夫だったか?」

「うん。最初は連絡がつかないのかしつこく聞かれたけど、途中からは何にも」

「そうか」

 あの人が何を考えているかなんてよくわからないが、律花にとばっちりが行かなかったのはよかった。

「今日はこれからどうするんだ?」

「これから学校に行くつもりだけど」

「えっあっそう。そうか……でもそれは辞めた方がいいんじゃないか?」

「何でだ?」

「だって兄ちゃん」

 律花が気まずそうに天宮の方を見ながら言い淀んでいる。一体どうしたんだろうか。もしかして久しぶりに会った兄ちゃんともっと一緒にいたいとかか。まったく甘えん坊な妹だ。

 仕方ない、今日は一緒に

「だって兄ちゃん、臭いぞ」

「臭い……!?」

 慌てて自分の体を嗅ぐ。言われてみれば少し臭うかも。言われてみれば当然だ。一昨日、買ったパーカーをそのまま着ているし昨日は風呂にも入っていない。

「何というか磯臭い感じだ。海でも行ったのか?」

「行った。そんなに臭うか?」

 律花が黙って頷く。視界の隅で、天宮が日石に自身の匂いを確かめている。天宮も俺と同じ状況だし、女子であることに加えて、昨日はこの状態でみんなと会っているからかなり気になるだろう。

「律花さん、もしかして私も……」

 律花は何も言わない。しかしその沈黙が全てを物語っている。天宮はショックで白目をむいていた。

「律さん、私は今日は遅れて行きますね。父にもちゃんと事情説明したいですし、着替えも必要ですから」

「だな。互いに綺麗になってからまた会おう」

「私は汚くないですが!?」

 そう言って天宮は荷物を持って俺の家を出て行った。

「兄ちゃん、サイテー」

「言葉のあやだ。律花も学校だろ。早く支度しろ」

 俺も言われてから体臭や汚れが気になって仕方がない。本当はもっと律花とゆっくりしたかったがとりあえず風呂に入ろう。

「兄ちゃん、その何というかまだ言ってもらってない。私も心配だったからその……」

「ああ、律花。ごめんな。それと色々ありがとう」

 そう言って律花の頭を撫でる。律花も起きたばかりで髪の毛のセットをしていないから田中さんに怒られる心配もない。遠慮なく律花の頭を撫でる。

「ったく本当に無茶ばっかりして。前の約束、忘れてないよな」

「ああ、友達と一緒に学校見学に来るんだろ。任せとけ。あの学校は危険人物が多いからな。俺がばっちりエスコートしてやる」

「ならいいけど」

 そう言いながら律花も学校の支度を始めたので俺もようやく風呂に入ることにした。


「はあ、どうしようか」

 風呂上がり、下着姿のだらしない格好でソファに座る。正直言って全く体が動きそうにない。

 時刻は9時。少し前まで外でしていた子供や学生の声も今は聞こえない。律花もとうに家を出ている。緩やかに流れる時間の中で少しの罪悪感と激しい眠気が俺を襲っていた。

「今日は確か……」

 千春からスマホに送られてきていたメッセージには今日の時間割が載っている。今日は一日中、明日の体育祭に備えての準備らしい。

「俺は行かなくてもいいか」

 もう瞼が重い。昼から学校に出よう。芽吹先生に今回の件の説明とお詫びをしないとな…

 …

 ピンポーン

 眠りに落ちる直前でチャイムが鳴る。

「誰だ?」

 天宮が登校時に寄ったのか? いや流石に早すぎるな。あれからまだ1時間ぐらいしか経っていない。風呂に入りかつ俺の家と天宮の家を往復するにはもう少し時間がかかる。宅配便かな。そう思って玄関を開ける。

「誰もいない?」

 おかしなことに玄関には誰もいない。ピンポンダッシュ、こんな時間に? まあ、いいや。もうそんなことどうでもいいぐらい眠い。戻って寝よう。

 そう思ってリビングに戻ると

「やあ、後輩くん。また会ったね」

「あなたはあの時、パンツをくれた」

 リビングにはショートボブと右耳の特徴的なピアス、そしてニーソに魅力的な絶対領域を持ったあの先輩が立っていた。

「女性をそんな覚え方してはいけないよ君」

「いや不法侵入の方がダメですよ」

「う〜ん、言われてみれば確かにそうかも?」

 わざとらしく顎に指を当てて言う。かわいい。

「というか何の用ですか? 俺はこれから一眠りするんです!」

「こんなに強気な入眠は初めて見たよ……君、学校は行かなくていいのかい?」

「むっ」

 確かにそれを言われると痛い。しかし、こんな状態で出もしない体育祭のリハーサルに行っても邪魔なだけだろう。

「それはそうですけど、先輩には関係ないですよね」

「何を言うんだい! 大切な後輩が家出したと聞いて慌ててやってきたのに」

「それはありがたいですけど、別に俺たちってそんなに関係深くないと思うんですけど」

「そうかい、まあ確かにそれはそうかも。でもならこうすればいい」

 そう言って先輩が俺の元にやってくる。そして俺のシャツを掴む。先輩と至近距離になってそういえば下着姿だったことを思い出し恥ずかしくなる。

 しかし、シャツを掴まれた俺は他の服を着る間もなくソファへと倒されてしまった。先輩はそんな俺に馬乗りになる。

「あれ? まだ勃ってない?」

「ちょっと何やってるんですか!? 退いてください!」

 俺は先輩を退けようと体に力を入れる。

 パンッ

 瞬間、先輩が手を叩く。

「はい、君の体は動かない」

「そんなバカなこと!」

 しかし本当に体が動かない。まさかこれはー!

「そう、催眠。でも君はかかりやすすぎ。普段から催眠で何かしているのかな」

 先輩がからかうように言う。

「くそっ、俺は負けない!」

「ふふっ、それはどうかな。試してみよう」

 先輩が指先を舐め、その指を俺の下半身へと伸ばす。まずい、このままでは本当に致してしまう。こんなエロ漫画みたいな雑な導入で童貞を捨てるなんて。

「じゃあ、いただきま〜す」

 先輩が俺のパンツを下ろそうとした時、視界の隅に天宮の姿が映る。すると全身に力が入り、体の制御が戻った。

「だからダメですって!」

 そのまま先輩を押し除ける。先輩はそれをひらりと避けた。

「あれ? 催眠が解けた? どうしてかな、力もやけに強かったし。私の催眠がトリガーになって他に書けられた催眠を起こしちゃったとか……」

 先輩が何やらボソボソと呟いている。

「本当に何しにきたんですか!?」

「ふふふ、確かに冗談がすぎたね」

「いや冗談って」

 どう見ても冗談の域を出ているように思えたが、どういうつもりだ。

「本題に入ろうか」

 先輩の表情が急に真剣になる。そして

「明日の“夜の大運動会”で私たち奇術部と手を組んでほしい」

 と言った。

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