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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
109/254

全員集合

 前立高校 校門前

 すでに日は沈み、すっかり夜になっている。学校に人の気配はない。夜の学校を見るとなんとなく風紀委員会と戦った時のことを思い出す。今はあの時の熱気は見る影もないが。

「しかし来たはいいですけど、どうしましょうか」

 背の高い校門はしっかりと施錠されている。この校門を避けて比較的低い柵を越えることはできるかもしれないが校内に入る方法がない。いくらなんでも無計画すぎただろうか。

「こういう時に綾乃先輩がいたらな」

「呼んだか?」

「「うわっ!」」

 俺と天宮の間に夜の暗闇の中からぬっと綾乃先輩が姿を現した。

「二人とも、その驚き方は少し傷つくぞ」

「いやでもどこからっ、というかいつから!?」

 先輩は例の対○忍スーツを着ている。わざわざこんなところでそのスーツを着て待機していたならただの変態だ。おそらく俺たちを付けていたのだろう。ただの変態という線もなくはないが。

「君たちが御園君に連絡してからだ。つまり君たちが公園でいちゃつき始めたあたりだな。海に向かった時は驚いたぞ」

 そうか、あのやりとり全部見られていたのか。恥ずかしいな。まあラブホテルに入ったところを見られていないだけいいとするか。

 隣の天宮は思うところがあったのか僅かに顔を赤らめて微妙な顔をしている。

「でもその時間って普通に学校じゃ」

「仮病を使った。火遁の術で体温を上げた状態で保健室に行って、あとは先生に熱を測って貰えば即帰宅だ。一瞬、体温計の数値が42まで行った時はかなり焦った」

「それはなんというか、ありがとうございます」

 体温の操作までできるなんてさすが忍者、さす忍だ。

「まあそんなことはいい。状況は把握している。千春君も中で待っているぞ」

「千春さんまで……こんな時間なのに申し訳ないですね」

 確かにもう10時近い。しかもこれからASMRを作れば朝までコースは確定だろう。

「はああ、逆だ。一ノ瀬君はいうまでもないが、天宮君も私たちに一言あってもよかったんじゃないのか。急に家出したって聞いた時は驚いたぞ」

「すみません。なんというかその場の成り行きでそうなってしまって」

「まったく、どうせ風紀位委員会の時みたいに一ノ瀬君が暴走したんだろう」

「いや、天宮がおほ声かましたんです」

 綾乃先輩がドン引いた顔で天宮を見ている。この人にこんな顔をさせられるのは天宮ぐらいなものだろう。


 その後、綾乃先輩の手引きで部室の前まで辿り着くことができた。部室の電気はついていない。警備の人にバレないようにするためだろう。綾乃先輩の小さくノックと共に中に入る。

「律! 清乃ちゃん!」

 部屋に入ると千春が出迎えてくれた。キャンドルの置かれたテーブルを囲う椅子には御園先輩と恵先輩がいる。その顔には安堵が混じっていた。どうやらかなり心配をかけてしまったらしい。そうだ、そういえばみんなにはまだ謝れていない。

「みんな、ごめん。今回の件、黙っていたことも家出の件で心配をかけてしまったことも本当に申し訳ない」

 みんなに頭を下げる。

「私も独断で動いてこんなことになってしまってすみません」

「天宮……」

 天宮も頭を下げる。

「もう天宮ちゃん頭あげて。私たちはそんなこと気にしてなかけん」

「そうだよ。そもそも僕たちも知っていながら律君を試すようなことをしたんだし。それに律君が打ち明けてくれたからと言って何かできたとも限らないから。だから天宮ちゃん、頭を上げて」

 御園先輩や綾乃先輩もその言葉を肯定するように頷いている。

「みなさんっ」

 天宮が笑顔を浮かべて頭を上げた。そして、俺もそれに合わせて頭を上げようとする。がしかし上がらない。千春と恵先輩が俺の頭を押さえつけている。

「律は頭あげていいとは言っとらんよ」

 そうなのか、さっきの言葉からしててっきり俺も許してもらえたのかと思ったが甘かったようだ。

「本当にごめん、もっと早くにみんなに行っておけば何かもっといい解決方法があったかもしれなかったのに」

「うん、だからそれはもういいんだって」

 恵先輩が笑顔で否定する。キャンドルの火の光を背中に受ける恵先輩の笑顔がなんだか怖い。

 そして、二人がおもむろにポケットからある写真を取り出す。一瞬で状況が理解し顔が青ざめる。そう、二人が取り出したのは例のパフェの店で撮ったカップル証明写真とかいうやつだ。

「カップル証明写真なのに同じ人が別の写真に映っとるのはおかしいやろ?」

 助けを求めるように他の先輩陣に目をやるが目を逸らされてしまった。天宮は小馬鹿にするように笑っている。

 その後、二人に必死の謝罪をしたところ、平等にするためかつ禊のために財布に入れていた恵先輩との写真を千春と同じスマホケースに入れることで合意した。これでさらに俺の社会的地位が落ちることは間違い無いだろう。

「そういえば昨日は二人共、宿はどうしたの?」

 恵先輩がスマホケースに写真を移し替えるために俺の財布から写真を取り出しながら尋ねる。

「あ〜それは」

 天宮が適当な嘘を考えて言い淀んでいた。

「天宮の家に泊めてもらったんですよ。もちろん俺は違う部屋のソファで寝ましたよ」

「へえそうな……」

 恵先輩の言葉が途切れ、動きが止まっている。

「どうしました恵先輩?」

 恵先輩が口を半開きにしたまま目を大きく見開いて手元にあるものを俺に見せる。俺より少し先に恵先輩の手にあるものを見た千春もすごい形相になっている。二人のこんな顔を見るのは初めて……

 そして、恵先輩の手にあるものを見て俺も状況を理解する。そう、そこには『ゴ○ラVS射精の快楽』の特典であるコンドームが入っていた。

「御園先輩、今から入れる宗教はありますか?」

「無いですね。どうぞ地獄に堕ちてください」

 それから千春と恵先輩にしこたま詰められた。天宮と俺の間に何もなかったことを話し、ちゃんと事情を説明することでなんとか許してもらえた。さすがに天宮も加勢してくれたのでことなきを得た。コンドームはもう家の引き出しにでも入れておこう。持ち歩くのはリスクしかない。

「まあそういうのはこれぐらいにして始めようか」

 綾乃先輩が場をまとめる。そうだ、時間がない。俺たちはASMR収録の準備を始めた。

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