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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
106/253

母、来る

 放課後 天宮清乃と一ノ瀬律が海に向かっている頃

「先生、実はうちの息子の律が天宮さんと一緒に家出して昨晩から家に帰っていないんです」

「へえ天宮と一緒に家出を。そうですかわかりました。まず、警察には連絡されたんですか?」

「いえ……」

 前立高校の職員室の応接間には二人の教師がいた。一人は一ノ瀬律らの担任権ASMR部顧問の芽吹礼夏(れいか)であり、もう一人は一ノ瀬律の母親で教師を生業としている一ノ瀬花凛だ。

 急な保護者の訪問とその落ち着きのない様子から、職員室内の教員たちは一つ扉越しの応接間の様子を気にしている。

「まずは警察に連絡でしょう。私の方からー

「それは待ってください!」

「どうしたんですか?」

「いえ、実はお恥ずかしい話、警察に連絡するようなら何でもやると。だから絶対に連絡するなと言われておりまして」

「天宮の家の方には電話を?」

「はい、一応。家庭教師をやってもらう上で帰りが遅くなることもあったので、その時に預かった連絡先から。しかしそちらにも帰っておらず行方はわからないと言われました。あの方、毅然としていましたが心配では無いのでしょうか。それとも天宮さんというのは家出が日常茶飯事の不良なのでしょうか」

 芽吹礼夏がお茶を淹れたお茶を勧める。

「まずは落ち着いてください。教師である我々が不良という表現はよくありません。昨今は色々と厳しいですから」

「すみません、つい取り乱してしまいました」

 そう言って一ノ瀬花凛は赤い眼鏡を触る。

「しかし、なら今日はどうしてここに? わたしたち教師が捜索を始めれば警察への連絡は免れませんよ。力になれることは少ないと思いますが」

「はい、私も教師の端くれですからわかっています。今日は例のASMR部の子供達に話を聞きに来ました。彼らであれば何か知っているかもしれません。一緒に家を出た天宮さんもASMR部だそうですし。二人の居場所がわかれば私が捕まえに行きます」

「へえ、天宮も一緒に家出を。わかりました。ASMR部の子達を呼びましょう」

 そう言って芽吹礼夏は立ち上がると、ASMR部の人間の名前が書かれた紙を職員室内の先生に渡し、すぐに応接間に戻ってきた。しばらくして彼らの名前が放送で呼ばれる。

「先生は確かASMR部の顧問ですよね。まさかとは思いますが、二人について何か知りませんよね?」

「二人について……二人は成績も生活態度も申し分なく優等生ですよ。テストの結果もよく他人に優しい。天宮は他クラスなので詳しくは知りませんが一ノ瀬は自慢の生徒です。一人で何でも抱え込むのがたまに傷ですが、天宮と関わるようになってからは改善されつつあります」

「そうですか……。いえ、そんなことが聞きたいのではなく! 二人の居場所に心当たりはないかという意味で」

「そんなことが聞きたいわけではない。二人の居場所に心当たりがないか。そうですね、心当たりはありません」

「そうですか。わかりました。まあ、先生が隠すはずもありませんよね。失礼しました」

「いえ、把握していないことの方がかえって問題ですから」

 そこまで話すと応接間の扉がノックされる。

「入っていいぞ」

「失礼します」

 ASMR部の2人が入ってくる。高梨恵と村上千春だ。

「芽吹先生、何だか人数が少ないように感じるのですが。こちらの高校の校則を読ませていただいたところ、部の成立には5人必要ですよね。律と天宮さんを除いてもあと一人はいるのでは」

「ああ、彼女は体調を崩して早退しました。書類もあります」

 そこには保健室から出された早退届がある。体温が39度を超える熱があり、保険医の先生の判も押されている正式なものだ。

「そうですか。まあ構いません。お二人に話を聞けば十分です」

 少し疑念を抱いた一ノ瀬花凛であったが、彼女自身教師であるため、この書類の存在は知っており偽りは無いだろうと判断した。

「ええっと、早速だが二人とも。一ノ瀬と天宮が昨日から帰っていないらしい。一ノ瀬の居場所について何か聞いているか?」

「いえ、()()からは何も聞いていません。二人が急に揃って学校を休むので()()()()連絡したのですが、連絡がつかないんです。僕たちも心配で心配で。そんなことになっていたなんて……」

 高梨恵と村上千春は悔しそうな表情をする。

「律くんのお母様ですよね。今回の件は僕たち部の責任でもあります。本当に申し訳ありません」

 高梨恵が目を潤ませながら深く頭を下げる。それに続いて村上千春も頭を下げた。見目麗しく清潔感と品性のある青年の涙を携えた謝罪。教師であり一人の親である一ノ瀬花凛が動揺する。

「いえ、別に謝って欲しいわけでは無いので頭を上げてください。それにこれはうちの問題ですから」

「うちの問題……」

 高梨恵が頭を上げながら呟く。そして続けた。

「そういえば、最近の律くんは少し悩みを抱えているようでした。もしかしたらそれが原因かもしれません。僕たちがもっと早くに気づいて相談に乗ってあげれば……」

「悩み? それは私も知らなかった。お母様は何かご存知でないですか?」

「それは……」

「ああ、すみません、踏み入った質問でしたね。この子達は何も知らないようなので退室させます。聞かれたくない話もあるでしょうから」

 そう言って退室を促され二人は応接間の出口に向かう。

「待ってください!」

 そこを一ノ瀬花凛が呼び止めた。

「何でしょうか?」

「その、うちの律は部ではどんな感じですか。やたらと部にこだわっていたようでしたが」

「そうですね。いつも嫌々言っていましたよ。周りに振り回されて呆れてもいました」

「ならどうして」

「それでも入学当初の彼は見る影もないぐらい、今は楽しそうにしています」

 そう言って立ち去ろうとする二人を最後にもう一度だけ呼び止める。

「あの天宮という子は何なんですか。私に向かって反対するようなことを言ってから、挙げ句の果てには大声で下品な声を」

 場にいる3人の顔が微妙に歪む。

 天宮・天宮くん・清乃ちゃん、それやったんだ

 もちろん、誰も口には出さなかった。そんな3人の様子に気づかずに一ノ瀬花凛は続ける。

「律はあんなおかしな人といるせいで何か良からぬ影響を受けたのではないですか?」

「その言い方はっ」

 村上千春が思わず突っかかるのを高梨恵が制止する。

「まあ彼女が周りと少し変わっていることは認めますが、悪影響を受けたとは思いません。何なら彼を支えていたのは彼女だと思います」

「それはどういうことですか? もしかしてあの二人が付き合っているということ? この年で交際なんて勉強の邪魔になるだけで許すつもりは一切ないのですが」

「二人はそういう関係ではありません。ただ、互いに欠かせない存在であることは確かです」

「わかりませんね。それで今回、こんな事態になっているのに」

「ならそれは二人がそうせざるを得なかったような状況、もっと他の何かに問題があるのではないでしょうか」

 高梨恵が一ノ瀬花凛の目をじっと見る。

「あなたは私に原因があると言いたいのかしら?」

「お母様、他の生徒と揉めるのはやめてください。そんなことをしにここに来たのではないでしょう?」

「……わかりました。お二人もありがとうございます。今日はもう大丈夫です」

 教師の仕事の大変さや他の生徒と保護者が揉めるということの厄介さを身をもって知っている彼女はこれ以上追求しない。大きく息をつき冷静さを取り戻してゆく。

「それじゃあ僕たちはここで失礼します」

 今度こそ、二人が部屋を出る。その時

「私は清乃ちゃんがおかしな子とは思いません。律も清乃ちゃんも尊敬できる立派な友人です」

 と村上千春が言い残して部屋を去った。

 一ノ瀬花凛は一瞬面食らったような表情をしたが、すぐに普段の冷淡な表情に戻った。それを見ていた芽吹礼夏は頭を掻きながら切り出す。

「少しお話しましょうか」

 そう言って淹れ直したお茶を差し出した。

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