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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
105/253

逃避行(4)

喫茶店を出てから天宮の後ろを黙って歩く。街のビル群から離れ閑居な住宅街が顔を見せ始めた。見覚えのある道だ。

「天宮、ここって」

「ばれちゃいましたか」

そう、この先にあるのはあの公園だ。日曜日に俺と天宮が別れ、雨に降られた公園。

「どうしてここに」

天宮はその疑問には答えずに俺の前を黙って歩く。しばらくして着いたのはやはりあの公園だった。天宮がベンチに座り、俺に隣に座るように促す。俺は黙って横に座った。

「私、律さんが今回の件を黙ってたことに怒りましたけど、私にも黙っていたことがあるんです。本当は前に来た時にお話するつもりだったんですけど言い出せなくて」

天宮が遠くを見つめたまま話す。

「喫茶店やこの公園、中学の頃からよく来ていたんです」

「そうなのか」

まあ慣れている感じだったしそうなんだろう。しかし喫茶店はともかくこの公園によく来ているというのはどういうことだろうか。外でよく遊ぶって感じにも見えない。

「子供の居場所って思ったよりずっと少ないんですよ。学校や家で問題が起きた時にどこかに逃げようと思っても逃げ場ってないんです。学校が終われば必ず家に帰る必要がありますし、朝になれば学校に行かないといけません。ずっと学校にはいれませんしずっと家にいるわけにもいきませんから」

「片方、あるいは両方で問題があるときに行く場所……」

思いつかない。外でウロウロしているとすぐにいずれは補導される。お金があれば今回のように行く場所があるだろうが、学生ではたかが知れる。すぐに資金が尽きるだろう。そうしたらネットや路上に立って泊めてくれる人でも探すかもしれない。

「それでお前は一体何が言いたいんだ」

「私も家に帰れない時があったんです」

「どれはどうして」

「父といるのが気まずくて。特に暴れるとかがあったわけじゃないですけど、父の仕事が休みで家にいる時は空気がどうしようもなく重たくて逃げるように外で時間を潰していたんです。学校が終わってもしばらくはこういう場所で」

天宮は誤魔化すように笑う。母親が死んでから憔悴していたという天宮の父。家でそんな感じだったのか。

「あの喫茶店、実は親戚のおじさんが経営しているので休日や放課後はよくそこで時間を潰していたんです。それでも甘えてばかりいるのも申し訳ないので、時々はここで」

「それでこの辺のこと詳しかったのか」

天宮が黙って頷く。

「最近は律さんの家に家庭教師として行くことも多いですし、部活もありますからわざわざこういう場所に来ることもありません。それに律さんと会ってからは父と会話するようになって家にいても以前よりずっと平気です」

「そうか、ならよかった。もし困ったらいつでも俺の家に来ていいからな。まあ家出中の俺が言うのも変な話だが」

「そうですね」

天宮がおかしそうに笑う。

「この公園って冬は風を遮るものが何もないので寒いんですよ。でも」

そう言って天宮が俺の手を握る。その手は温かく柔らかい。

「今は寒くありません」

そう言ってお日様のように天宮は笑った。

「夏だからだろ」

俺はなんだか気恥ずかしくて、そう吐き捨ててそっぽをむく。そんな俺を天宮が面白おかしく隣から突いてくる。俺はそれをしばらく甘んじて受けた。天宮のこの話を聞けただけで今回の家出には意味があったように感じた。


「そろそろ行きますか」

1時間ぐらいだろうか、二人でベンチに座っていたところで天宮が切り出した。何となくこうやってぼうっとしているのも嫌じゃなかったが確かにそろそろ移動してもいいかもしれない。

「行くってどこに」

「海です」

「海?」

海なんて行ってどうするんだ。というか都会のど真ん中のこの場所から海に行くとなるとそれなりに移動する必要があると思うが。

「ダメですか?」

「いや別に」

俺たちは良くも悪くもこの先のことは何も決まっていない。だからいきなり海に行っても問題はない。それに海なんて見るのはいつぶりだろうか。言われてみるとなんだか行ってみたい気もする。それに天宮は無鉄砲に見えて意外とちゃんと意図を持って動いているやつだ。きっと何か意味があるのだろう。

「それじゃあ早く行きますよ。夜になると海は怖いですから」

「なら明日でもいいだろ」

「いやです。何となくこのままの勢いじゃないと恥ずかしいですから」

スカートの土を落としてから天宮が駅に向かって歩き始めた。俺も遅れないように慌ててベンチから立ち上がりその後を追った。

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