逃避行の夜
「第一回、ラブホテルモノボケ大会〜!」
「俺は寝る」
天宮がくだらない催しを始めようとしたので、巻き込まれる前に眠ることにした。一瞬、天宮とそういうことになるのかと勘違いした自分が恥ずかしい。
「ちょっと、ラブホなんて初めてくるんですから色々と試しましょうよ!」
「いやだ。面倒臭いし眠い。やるなら一人でやれ」
「そこまで言うならわかりました。私一人でやります」
それでもやめないのか。まあ、ただ黙って寝ても嫌なこと考えてしまいそうだし、天宮のモノボケを見ながら寝落ちするのがいいか。
そう思って、布団をかぶって枕の上から首を曲げて天宮の方を見る・
「めちゃくちゃ寝る気満々じゃないですか。まあいいですけど」
そう言ってから天宮が奥にある部屋に向かう。少しすると、ナースの格好をして出てきた。どうやら奥の部屋には衣装もあるようだ。
「おや。マゾの一ノ瀬さんじゃないですか。そんなところに寝そべって、また射精管理して欲しいんですか?」
低い声と険しい表情、これは田中さんのモノマネか。そこそこ似てる。本物の方がずっと罵倒のキレとボケのセンスが高いが。
「続きまして、人口交尾やります」
そう言って天宮はバイブとオナホールを取り出す。そしてそれらを合体させ、ピストンを始めた。それをしばらく二人で黙ってみた後に、天宮が飽きたように放り捨てた。
それからコンドーム風船やどすけべ巫女などいろんなボケをかましていた。個人的には、天宮がその場で作った設定の悪の組織マッドエンジェルが最優秀賞に輝いた。石鹸と水を使って擬似使用済みコンドームを作り、腰に巻き付けていた努力も加味している。それで買ったコンドームを使い切っていた。どうやらこれがやりたくて買ったらしいので、その分の代金は明日請求しよう
モノボケ大会が終わり、天宮もコスプレをやめてバスローブに戻っている。
「律さん、私ももう寝ますね」
そう言って天宮が部屋の電気を消した。部屋は枕元の小さな常夜灯だけが弱々しく光っている。
「ああそうか。なら布団から出るよ」
俺はソファに行くって話だったので、モノボケで寝落ちしてたら大変だった。
「いえ、そのままでいいですよ」
「いやそのままってお前」
そう言っている間にも天宮が布団の中に入ってくる。ベッドのサイズ的に約人間一人分の隙間を開けて俺と天宮は横になることができた。これぐらい距離があるなら流石に眠気も強いし、今更布団を出る気は全く起きない。気持ち程度だが、俺は天宮に背を向ける形に体を動かした。
もうこのまま寝……!
その時、後ろから腕を回される。背中には人の温もりと息遣いがある。
「天宮?」
「……」
心臓の音が大きい。これは俺の心音だろうか、それとも背中から伝わる天宮の鼓動だろうか。
「どうした?」
抱きついて何も言わない天宮に問いかける。また、いつもの冗談……ではなさそうだ。
「律さん、こんなことになって後悔してませんか?」
さっきまでとは打って変わって静かで不安の混じる弱々しい声。
「明日からどうするか考えるのは億劫だが、別に後悔はしてない。変な責任感じるなよ」
「それは……無理ですね。だって私は帰ろうと思えばいつでも家に帰れてしまうんです。律さんに家出させておいて、自分だけ安全な場所にいるのに何も感じないのは無理ですよ」
俺を抱きしめる力が少し強まる。ふざけてばかりいる天宮だが、複雑な思いを抱えていたのだろう。いや不安で怖いからこそ気丈に振る舞っていたのかもしれない。俺を元気づけるためっていうのもあるんだろうけど。
「律さんは不安ですか?」
「……不安がないと言ったら嘘にはなるな」
実際、部に留まるためにはこんな手ぐらいしか無かったからさっきも言ったように後悔はない。しかし、これがどう転ぶのか、これからどうするのは全く読めない。不安にもなる。
「私はわかりません。自分が不安なのかどうか。あるいは心の底では他人事で自分だけはどうとでもなると思っていて、そこから目を逸らしているだけなのかもしれません」
「……じゃあ何で今こうしてるんだ?」
ずっと背中に天宮の息遣いが伝わっている。離れる様子はない。俺には天宮が不安を抑えるためにこうしているように思える。
「どうしてでしょうか。こんなことしてたら千春さんや恵先輩に怒られてしまいますね」
誤魔化すように少し笑って天宮が手を解こうとする。離れて行こうとするその手を握る。
「律さん?」
「天宮が良ければ今日はこのままで頼む。不安が和らぐから」
こうして誰かと一緒に眠るのはいつ以来だろうか。律花が生まれたた後には一人で寝るようになっていた気がするから、両親と眠ったのはそれ以前ということになる。もちろん、記憶はない。だから物心ついてから人と眠るのは初めてということになる。こんなに落ち着くとは思わなかった。
「こんなことで良ければ」
そう言って天宮は再び後ろから抱きついて、しばらくして寝息を立て始めた。もう限界だったのだろう。そして、俺ももう限界だ。背中の温もりの心地よさに誘われ俺は眠りに落ちた。




