逃避行(1)
「ガッガッガッ、ガーンキ~、ガン・キホ~テ~♪」
「うるさい、はしゃぐな。とりあえず着替え買うから早く選んでこい」
隣でガン・キホーテのテーマソングを歌う天宮を黙らせる。こいつ、今の状況をちゃんとわかっているんだろうな。お泊まり会じゃないんだぞ。
「そういえば本当にいいんですか? 自分の分くらい払いますよ」
「いいよ。今回の件、黙っていたことのお詫びだと思ってくれ」
「まあ、そういうことなら遠慮なく」
そう言うと天宮は女性もののアパレルコーナーへと走っていった。下着とかも買うだろうから俺は追わずに自分の着替えを買いに行った。
替えの服はジャージ……は少し柄が悪いか。ズボンは制服のものでいいとして、上はパーカーにしよう。どうせならこれから先も使えるものがいいな。少し値は張るが”nakadas”のパーカーを買った。その他にも下着や靴下など必要なものを揃える。財布やスマホが入っていたから持ってきてよかったと思った鞄だが、校章が大きく描かれているので今は使いたくない。リュックを天宮の分と二つ買う。10万は少なかったかもしれない。いっぱいになる買い物かごを見て思う。
「律さん、終わりました!」
天宮も買い物かごをいっぱいにして来た。中には俺と同じようにパーカーや靴下などの衣料品が入っている。加えて、カップ麺やお菓子、ジュースなんかも入っていた。
「お前、お泊まり会じゃないんだから」
「ダメですか?」
天宮が上目遣いで聞いてくる。別にこいつのぶりっ子には全くそそられないが、自分が払うと言った以上、けちだと思われたくもないし仕方ない。
「まあ、いいや。レジ行くぞ。持つから貸せ」
「いえ、自分で持ちますから大丈夫です」
「そうか? まあそう言うなら別にいいけど」
俺と天宮はそれぞれ買い物かごを持ってレジに向かう。
「いらっしゃいませ、お預かりします」
店員さんがレジを通していく。
天宮が何を買ったのか気になり、次々にレジを通される天宮のかごを見る。そこには白と青を基調とした可愛いらしいブラとパンツのセット。思わず目を逸らそうとした時、気になるものが視界に入った。
象徴的な赤い箱に白文字。0.01mm極薄と書かれたシールが表面に貼られている。コンドームだ。
「天宮、お前……」
天宮がイタズラのバレた子供みたいに目を逸らす。もうここまで来て、商品を戻すのも店員さんに申し訳ないし、できるだけ目立ちたくないので仕方なく見逃す。
結局、会計は3万円を少し超えるぐらいだった。
俺と天宮はそれぞれ買ったものを、俺が買ったリュックに詰めて店を出た。
「ひとまず着替えたいし泊まる場所もなんとかしたいな」
隣を歩く天宮が少し考えてから、提案する。
「カラオケはどうですか? フリータイムなら朝までいれますし」
「カラオケか、俺はあまり行った事ないけどいいんじゃないか」
あまり、なんて言ったが実際は一回も行ったことがない。少し見栄を張ってしまった。
「じゃあ決まりですね」
そして俺たちは近くのカラオケ店に入った。
カラオケ個室
店に入ってから対応してくれたのが若い学生バイトだったためか、この時間に入室しても特に文句は言われなかった。流石に学生証を出すと色々と面倒なので一般料金で入室した。
天宮はトイレに着替えにいったので、その間に俺は自分の着替えと荷物の整理を部屋で済ませた。学生鞄を畳んでリュックに収納するのは中々難しかったが天宮の分も含めてうまくいった。
「お待たせしました、律さん」
着替えの終わった天宮が部屋に入ってきた。
制服のスカートはそのままで上に灰色のパーカーを着ている。
「あれ? まったく準備してないじゃないですか」
「いやしてたぞ。ほら、学校の鞄をリュックに詰めてー
「いやいやそっちじゃないですよ。カラオケの方です」
「カラオケの準備? このマイクで歌うだけじゃないのか?」
天宮が俺の言葉を聞いてニヤリと笑う。そしてテーブルに置いてあるタブレットを持って操作を始めた。
「律さん、もしやカラオケエアプですね。いいですか? お店にもよりますけど、最初はこうやってタブレットと機械を接続するんです。それで採点も入れてっと」
どうやら一瞬にしてカラオケに来たことがないのがバレたらしい。普通に恥ずかしい。
「ってことは律さんのカラオケ処女は私のものですね。ラッキー」
「なんか言い方がおっさんぽいからやめろよな、お前」
「ひどい!」
そんなことを言い合っているうちにカラオケの準備が終わり、ついでに頼んでいたポテトも届いた。
「じゃあ私から歌いますね」
「おお、いいぞ。その間に選んでおく」
初めて来るから何歌えばいいのかあんまりわかんないな。操作を始めようとすると音楽が鳴り始める。知っているアニソンだ。
「ずっと まわる♫」
声が合っているし、普通に歌が上手い。本物みたいだ。ノリノリで歌う天宮に見惚れてしまう。
リズムに合わせて踊っているのも音楽に合っているし、天宮は意外と器用なのかもしれない。
そう思いながら天宮の方を見ていると、いつの間にか音楽が終わっていた。
「あれ? 曲入れてないですね」
「ああ、ごめん。聞いてしまってた。今、入れる」
端末を操作して曲を選ぶ。いつも聞いてるやつでいいか、歌えるだろ。
「まったく私の歌に聞き惚れたみたいですね」
「そうだな」
「そこは恥ずかしがってくださいよ!」
ここで音楽が流れ始める。
「あの日♫」
あれ? このバーみたいやつなんだろう。まったく合わないけどいいのか?
気になって天宮の方を見るとめちゃくちゃ笑っている。
「……もしかして俺は音痴なのか?」
「ですね笑笑」
そうだったのか。そういえば家で軽く歌っている時、律花が不思議そうな顔してたな。あれは歌とすら認識されていなかったのか。
「そんなに気にしなくてもいいですよ。カラオケなんて楽しめればそれでいいんですから」
「それは歌が上手いやつの言い分だろ」
人生で勉強も運動も人並み以上にこなしてきたからてっきり歌も普通に歌えているのかと思った。
となると音楽の授業の時のみんなの顔は俺の万能さに驚いていたんじゃなくて、下手すぎて驚いていたのか。なんか落ち込んできた。
「あーもーなにいじけてるんですか。カラオケに初めて来たなら誰でもそんなもんですから。一緒に歌いますよ」
「いいのか?」
「当たり前です。その方が楽しいですから」
それから天宮と俺は順番に曲を入れて一緒に歌った。天宮がリードしてくれるおかげで途中からはある程度歌うことができた。
「意外と音楽の趣味、一緒だな」
アニソンと邦ロックを中心にしたセトリだった。天宮が2人で歌えるように合わせてくれたのかもしれないが。
「意外ですか? 私は律さんと音楽の趣味被ってそうだなって思ってましたよ」
天宮の音楽の趣味なんて考えたこともなかったがたしかに他の趣味も結構近いからな。意外ではなかったかもしれない。
「次は何にしましょうかね」
曲を選ぼうと天宮が端末に手を伸ばした時、部屋のドアがノックされる。
「あれ? 何か頼んでたっけ?」
「いえ、私はなにも」
不思議に思いながらドアを開けるとさっきの店員さんだった。
「すみません、お店の決まりで高校生はこの時間ダメみたいで。お二人はその学生さんですよね」
店員さんが申し訳なさそうにしている。ここで嘘をついても仕方がないし、店と揉めて家や学校に連絡されたら即アウトだ。
天宮に目配せをすると、わかっていたのか天宮が部屋を片付け始めた。
「こちらこそすみません。すぐに出ますね」
「いえ、こちらも入店時にいえば良かったのですが。料金は学生で1時間にしておきますね」
「ありがとうございます」
そして、店員さんがお辞儀をしてからカウンターへ戻って行った。
「出ましょうか」
「だな」
俺たちは支度を済ませた後、会計を終え、先の店員さんにお礼を言ってからカラオケ店を出た。
「25時か。どうしようか、出来ればあんまり外には居たくないが」
「ならあそこはどうでしょうか。ベッドもありますし朝までいれますよ」
「そんないいところが……」
天宮の指差す方を見るとそこにはラブホテルがあった。
「いや、お前あそこは」
「でも普通のホテルは親の同意とか無いと厳しいですよ。こんな時間に私たちぐらいの見た目の男女が行ってもおそらく泊めてくれません」
たしかに天宮の言う通りだ。背に腹はかえられないか。
「わかった。ラブホでも断られるかもしれないがダメ元で行くか」
「ですね」
そう言う天宮は目を輝かせている。こいつ、ラブホに興味あるだけだな。
とはいえ、天宮もいるのに野宿するわけには行かないため俺はしぶしぶラブホテルへ向かった。