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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
100/252

謝罪と家出

 9月の中旬、すでに夏の気配が薄くなり夜は少し肌寒い。しかし、日中の暑さは依然変わりなく、半袖を着ているため寒さも殊更だ。

「天宮、どこに行く気だ」

 家を出て少しした後、俺から手を離した天宮は黙々と俺の前方を歩いている。今は街のほうまで出ていて、夜11時近い今でも人で賑わっている。

「天宮、少し待ってくれ」

 ここで初めて天宮が立ち止まり振り返った。

「なんですか?」

「……」

 天宮は無表情だ。出会ってから今までこんな顔の天宮は見たことがない。

 わかっている。俺がまず天宮に言うべきなのはこれからのことではなくこれまでのことだ。

「天宮、ごめん」

「……何がですか?」

「今回の件、ずっと黙ってたこと。言うタイミングもいっぱいあったし、天宮は何回も信号送ってくれてたのに応えられなかった。本当にごめん」

「……」

「ただ、みんなのことを信用していないとか、どうせ何もできないって諦めてたわけじゃないと思うんだ。俺もわかんないんだけど、なんとなくそういうことじゃなくて」

「どうせ、みんなに心配かけたくなかったとか、部活設立後のせっかくのいい雰囲気に水を差したくなかったとかそういうところでしょう? まあ、あとは単純に人に悩みを打ち明けるのが怖くて尻込んだとか」

 天宮が大きくため息をつく。俺の方を見ている天宮は少し呆れたような顔で笑っていた。

「ちゃんと反省しました?」

「ああ」

「ならいいんです。というか、私知っていましたし今回の件」

「は? 知っていたってお前、どういう」

 天宮が肩をすくめて両手を上げる。

「そのくらいのこと、とっくに律花さんから聞いています」

「じゃああの日のやつは?」

 デートの後に天宮が雨の中、帰っていたこと。あれも演技だったのか。

「演技ですよ、半分は。このぐらいしないと律さんは反省しないでしょう?」

「まあ、確かにそうだな。でも、半分っていうのは」

「律さんから言ってくれるのをずっと待っていたのに、いつまで経っても言ってくれなくて悲しかったのは本当です。挙句、部活にはもう行けないとか、その段階になって一方的に言ってきて」

「本当にごめん」

「もう怒ってませんから、私には謝らなくていいですよ」

「ああ、そうかありがとう……私には?」

「他のみんなも知ってますから。デートの話が決まった日の夜にメッセでやりとりして」

 そっか、みんな知っていたのか。言われてみればデートの時にみんな、それっぽいことを言っていた気もするし、これからのことの約束とかも色々とした気がする。

 あれはみんなからのメッセージだったのか。なんだか一人で気を揉んでいたのが馬鹿らしいというか恥ずかしい気がする。

「部の律さん以外だけのグループがありますから。デートの内容もその日の夜には共有されてましたよ」

「そんなものが。なんか俺だけ仲間はずれで寂しいな」

「律さんに聞かせられない話もありますからね、特に女子は。大事な話は律さんも入っているグループでするから我慢してください」

 まあ、確かに俺の前ではしづらい話とかもあるし、別に悪意はないだろうから心配ないか。

「千春さんと恵先輩には特に謝罪の言葉を用意していた方がいいと思いますよ」

「まあ、あの二人には助ける時に色々と偉そうなこと言ったしな」

 そう言うと天宮が微妙そうな顔をしている。なんか間違えたか?

「パフェ」

「……」

 天宮の言いたいことがわかった。なるほど、これは入念に謝罪の言葉を練る必要があるな。今朝、千春が何も話しかけてこなかったのはそれ絡みの可能性がある。

「というか、これはどこに向かっているんだ? それにこれから一体どうするつもりで」

「いえ、特に決めてないですよ」

「えっ」

 互いに立ち止まる。てっきりどこかあてがあるのかと。

「だって、これ家出だよな。今更、家に戻れるわけないし戻っても何も解決しないだろ」

 天宮も“強硬手段”と言っていたからそのつもりなんだと思ってた。

「まあ、確かに家出のつもりで律さんを連れ出しましたが、その後のことは何も考えてはいなかったですね。正直、説得できればいいなと思ってましたから、今の状況は考えうる最悪というか最終手段って感じですし」

「最悪って、お前な……」

 とりあえずは今日の宿だな。互いに鞄だけは持ってきたのは嬉しいが、今の服装はまずい。制服でこの時間に繁華街をうろついていたらいつ補導されてもおかしくない。

「天宮、悪いがお前の家は……」

「申し訳ないですけど無理ですね。父に迷惑はかけたくないですし、特に今日はちょっと訳ありで」

 天宮が申し訳なさそうに俯く。

「あっ、じゃあお前だけでも自分の家に帰れとか言わないでくださいね。ここまできたら一蓮托生ですから」

「わかってる、わかってる。なら少し待ってくれ。コンビニに寄りたい」

 目の前にあるコンビニに入る。俺は財布から銀行のカードを取り出した。

「何やってるんですか?」

「見たらわかるだろ。金をおろしてる」

 そこで10万を円おろした。お年玉とかお小遣いとかをやりくりして貯めていた分の一部だ。正直、両親から早く自立したかったし、今日みたいな日が来ることを全く考えないではなかったから、こうしてお金を貯めていたのだ。まさか、律花とではなく、天宮と家出することになるとは思わなかったが。

「とりあえず、着替えとか色々と買うか」

「ですね、ガン・キホーテ行きましょうよ」

「ああガンキな。まあ確かにあそこなら必要なものをあらかた揃えられるか」

 コンビニを出たと天宮がガンキに向かって歩き始めると、俺のスマホがなる。律花からの着信だ。

「どうした? 律花」

「どうしたじゃないだろ! 状況わかってるのか!?」

「いやごめんな。律花の方は大丈夫か? 母さんから何か言われたりしてないか?」

「誰が誰の心配してんだよ! やばいのは兄ちゃんだろ!」

「そうだな。母さんはどうしてる?」

「それがやばくて警察に電話するって聞かないんだよ。今はパパと一緒になんとか止めてるけど、そろそろ限界だ!」

「ちょっと、母さんに代わってくれるか?」

「いいけど、どうするつもりだよ」

 そう言いながら律花が母さんに電話を代わる。

「律! 今、どこで何しているの!? 早く帰ってきなさい! こんな子供みたいなことしても何も変わらないんだから!」

「そっか、じゃあ代わるまで子供みたいなこと続けるから。あと、警察に電話はやめてくれ。もしそれで天宮に不利益が一つでもあったら自殺するから」

「あなた、何言ってー

 ブチッ

 電話を切ってからスマホをシャットダウンする。こういうのでも居場所がわかるらしいからな。

「律さん、さっきの……」

 天宮が心配そうな顔をしている。

「大大丈だよ。あれでも常識はある人だし、世間体とかかなり気にするからな。警察に言って大騒ぎにはしないと思う」

「いえ、そのことではなく。自殺っていうのはさすがに……」

「いいんだよ、あれぐらいで。母さんにはあれぐらいがちょうどいいから。あの人もこれで俺がどれくらい本気かわかるだろ」

 すると、天宮が俺の服の袖をきゅっと掴んだ。

「それでもあんなことは言わないでください」

「……ごめん、気を付ける」

 その言葉を聞くと、天宮は手を離していつもの優しい表情に戻った。

 そして、俺たちはガンキへと向かった。

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― 新着の感想 ―
すごいおもしろくてすぐによみおわりそうですw
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