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第八話 赦されない懺悔


 頭が真っ白になって全ての音が消えた。

それほどまでに衝撃的だった。なぜ彼女はこんなことをしたのか理解ができない。ただ唇の柔らかな感触だけが伝わってくる。


「──っ!!」


 言葉もなく彼女の肩を掴んでその身体を引き離す。これ以上彼女を俺で穢したくなくて。


 彼女は──何故、俺にキスをした?

理由は全くわからない。だからこそ恐怖と困惑が心を支配する。


「──?」


 そんな俺のことなど見えていないかのように、なんとも不思議そうな恍惚とした顔をしている彼女が更にわからなくなる。もしかしたらまだ何か怪我の影響が残ってるのではないかとすら思えた。少なくとも自分には何もできないと感じた。


「四葉、そろそろ気が済んだか──?!」


「──智樹さん! すいません……俺には何が起きたのかわからなくて……!」


「何があった……説明してくれ……!」


 頃合いを見て入室した智樹さんが俺と四葉さんの距離の近さを見て息を呑む。そんな彼に助けを求めて正直に彼女との行為について告白する。


「どういうことだ……四葉! お前何がしたいんだ?!」


むぅ……。


 すると彼女はなんとも煩わしいと言わんばかりに俺の腕に抱きついて、自分の意思を行動で示してくる。その目には明らかに実の父親への敵愾心があった。


「──京治くん、悪いが今日は帰ってくれるかね?

これから四葉と話しあわなくてはならない」


「わかりました……その、申し訳ありません」


「いや、これは流石に想定外だ……」


 四葉さんが片腕で掴んでいるのにかなりの抵抗を感じる。それをどうにか制して彼女から離れて一人病室を後にする。その時、背後で智樹さんの怒声が響いたのを感じた。



 後日の精密検査の結果によると彼女に今以上の異常は発見されなかったらしい。

それを病院のカフェテラスで俺に報告する智樹さんの顔はやつれていた。精神的に相当なショックを受けているのだろう。


「京治くん……娘は、どうやら……とても不可解なことに、君を気に入ったようだ」


「それは本当ですか?」


「ああ……君に会わせろと駄々をこねる娘に、俺はほとほと疲れてしまった」


 恨みがましく俺を見てくる彼に同情する。彼の立場を考えればその憔悴が痛いほどよくわかった。


「それと……慰謝料の件だが、取り下げることになった、当然訴訟の件もだ」


「なっ?! それもまさか……」


「うっかり口を滑らせてな……君への訴訟手続きがバレた。良かったな京治くん」


 強烈な嫌味だがそう言いたくなるのはわかる。

自分の娘の仇を討とうとしたのによりにもよってその本人に邪魔されたのだ。困惑を通り越して落胆するには十分な理由だろう。


「──その代わりと言ってはなんだが、今後は毎日娘に会ってくれ。それが慰謝料を取り下げる条件だ」


「しかし……」


「いや言い方を変えよう。君は娘に会わなくてはならない。そうでもしないと……また娘は自傷を始めてしまう」


 つまりは彼女は智樹さんに反発して自傷行為を行ったということか……?

四葉さんの望みを叶えなければ、彼女が次に何をするかわからないとわかり、そこに俺の意思は介在しないことを悟る。


「娘が待っている……早く行ってくれ。

悪いがこれ以上君の顔を見ていると、怒りが抑えられそうにない」


「──わかりました、彼女に……会ってきます」


 俺を見送る智樹さんの目は相変わらず恨みが篭っていた。しかし結局それも無駄だとわかったのか、ため息を吐いてそのまま項垂れた。


 声をかけて病室の扉を開くとそこにはニコニコとした四葉さんがいて、ひらひらと振る左手には新しく包帯が巻かれていた。

きっとそれは彼女が自傷行為をしたことによるものだろう。俺のためにそこまでする意図が全くわからなくて困惑が深まる。


「四葉さん、今日は……話したいことがあります」


「──?」


 首を傾げる四葉さんにちょいちょいと指差されて椅子に座る。彼女の穏やかな雰囲気は……とてもではないが俺に会うために暴れたと思えなかった。


「貴女の気持ちは嬉しいのですが……俺は罪を償いたいと思ってるんです、だから……」


「…………」


「俺は……俺は、どうすればいいんですか……?」


 頬を伝って流れる涙。

それは俺自身の気持ちだった。

背負った罪は償わなければならない──だがそれは他ならぬ彼女自身に止められてしまった。

ならば俺はこの胸に抱えた罪悪感と自罰意識をどこに向ければいいのだろうか?


 そんな俺の懺悔を聞いて四葉さんは一瞬だけつまらなそうな顔をしたかと思うと、すぐにニコリと笑顔になって手招きをしてくる。縋るように四葉さんの側に近寄り赦しを乞うた。


 ──俺が本当に欲しかったのは裁きだったが。

彼女は俺の頭に手を差し伸べると、そのまま髪を優しく撫でて慈しむかのような優しい眼差しを向ける。それは言葉ではなく行動で俺の罪を赦しているようで──その柔らかな感触に俺は堪らなくなって涙を溢れさせた。


「違うんです……俺が悪いんです……俺は、貴女を……!」


なで……なで……


 俺にこんなことをされる資格はない。

けれど、彼女はただただ俺の頭を撫でるだけで微塵も責め立てようとはしない。それは彼女からの赦し。そして俺にとっての何よりの罰だった。


(俺は、罪を償うことすらも赦されないのか……!)


 悲観にくれてベッドに泣き崩れる俺のことを四葉さんは変わらずに撫でて慰め続ける。

こうして俺は優しくて暖かな地獄に放り込まれたのだった。いつか罪を償うことを夢見ながらも、それは決して叶うことのない天国のような牢獄へと。


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