第七話 ファーストキスは苦かった
今日は待ちに待った日だ。
私を救ってくれた彼と出会うことができる日。
そして、私をここまで痛めつけたその元凶と会う日でもある。
家族に彼に会いたいと伝えるのはとても難しかった。だけどなんとか伝えることができた。
まさか言葉が失われるとは思わなかったけれど、それでも私はこうして生きている。
彼が私をここまでの怪我を負わせた。だが彼がいなければ私は今、こうして病院のベッドの上で横になってはいなかっただろう。
彼が自分で轢いた人間をそのままにして放っておいて逃げるような人間でなくて本当に良かった。
普通は……事故の加害者には会いたくないと思うだろう。それはいたって当然のことだと感じる。
私のように大きな怪我をした場合は尚更だ。怨みを募らせてもおかしくはない。
けれど、私はそうは思わない。
むしろ彼に会わなくてはならない。顔を合わせてありがとうの一言でも伝えたいが、それができないならせめて私なりの感謝を伝えなくては。
「面会に伺いました……留木 京治です、入ります」
来た。
ついに彼と顔を合わせる時がきたのだ。
大丈夫だろうか? 顔や頭の傷が変な印象を与えてしまわないだろうか? 内心ドキドキしながらも返事も出来ず、そのまま彼が入ってくるのを待つ。
そして病室に入ってきた彼は──。
言葉を無くして、私を見ていた。
どうやら彼はとても緊張しているか、精神的に落ち込んでしまっているらしい。
それはそうだろうと思った。自分が傷つけた相手がとても大きな怪我をしている姿を見たのだ、罪悪感に苛まれてもおかしくない。
声をかけられないので、仕方がなく挨拶として手を振ると、それを見てより一層彼の顔色は暗く沈んだ。
私が言葉を無くしたことを心で理解したのだろう。彼の顔は、怪我をした私以上に今にも死んでしまいそうなほど生気が抜けていた。なんだか気の毒に感じてしまう。
病室の入り口で立ち尽くす彼のことをもっと近くで見たいと思って手招きをする。
一瞬意味がわからないと言いたげな顔をしたものの、それでも彼は私の思うように動いてくれた。
「えっと……近くに行きます……ね?」
困惑と恐怖。それが如実に現れた顔。大柄な彼が小動物のようにびくびくと私の側の椅子に腰掛ける。それだけで私は嬉しくなって、顔に笑顔が溢れてしまった。
改めて──彼の顔を見ると、とても平凡といった顔立ちだと感じる。
可もなく不可もないありふれた顔。もし学校ですれ違っても何も印象に残らないだろうと思えた。
その短かく刈り上げた頭で野球部っぽいとわかるぐらいか?
なのに今の私にはその顔はとても魅力的に感じてしまう。目鼻立ちの形や通り方をじっくりと観察するだけで、どこか愛おしさが生まれてくるような気さえするのだ。私をここまで傷つけた相手なのに、どこか可愛いと思ってしまった。
「えっと……その、今回は……俺のせいで、本当に……申し訳なく……。
この度は……俺のせいで、本当に申し訳ありませんでした……」
視線に耐えきれなくなったのか、はたまた罪悪感か彼が頭を下げて俯いてしまう。自責の念に震える姿もどこか叱られた犬みたいな愛くるしさがある。
もっともっと彼のことを近くで見たい。
そうだ。あの事故の日によく触れられなかった分、もっと彼に触れてみよう。そう思い立って、顔を上げるようにぽふぽふと布団を叩いて彼を近寄せてみる。
戸惑いつつも遠慮がちに顔を近づけてくれる彼の顔は──やっぱり、どこか愛くるしく思える。
先ほどまでは彼が必死に目を逸らしていたのだが、観念したのかこちらと目を合わせてくれたようだ。
平凡だと思っていた彼の顔はよく見るととても可愛らしくて、それに男らしく思える。
戸惑いのためか八の字になった眉はなんだか大型犬のようだ。陽に焼けた皮膚はずっと部活動を頑張ってきた証なのだろう。
どんどんと彼への想いが止められなくなっていく。彼の方も、私の顔が近づいて照れてしまったのか頬を赤く染めた。
彼に感謝を伝えなければ。助けてくれてありがとうと。言葉を伝えられないからどうしたらいいか一瞬迷うが、すぐにアイデアが浮かんで思わずニヤリとしてしまった。
そしてそのまま彼の──留木くんの顔を近づけて。私は初めてのキスを捧げた。