第六話 ファーストインプレッション
慰謝料についての話を聞いたショックも抜け切る間もなく、独特な薬品の臭いの中を智樹さんに連れられて歩いていく。
味方になってくれそうな父との同行は許してもらえなかった。どうやら四葉さんの意思で、自分と2人きりで会いたいのだそうだ。きっと、俺のことを徹底的に詰りたいのだろう。
「娘の後遺症について……説明する」
病院の最上階の個室病棟フロアへのエレベーター。重々しく口を開いた智樹さんから彼女の病状の説明を受けた。その目は見るからに俺のことを責めていて、俺がした罪の大きさをいやがうえにも認識させられた。
そしてその内容は……俺を絶望させるには十分なものだった。
凛堂 四葉とネームプレートがついた病室の前で深呼吸をする。そして覚悟を決めてノックをした。
自分で自分の処刑場への扉を開いている。
そんな気分になり扉を開ける手がずっしりと重く感じ、数十秒その場で固まってしまう。
しかし、逃げることは許されない。
これから行われるのは、俺の罪への罰なのだから。
「面会に伺いました……留木 京治です、入ります」
返事は無かった。
凛堂さんの言うには──四葉さんは、今。
「────!」
ふりふり
言葉を、無くしてしまっている。
四葉さんの怪我の症状は、失語症というものらしい。
喉や口の障害ではない。脳の中にある言葉を司る器官を損傷してしまったことで、言葉を話せなくなってしまう病気。
症状はさまざま。言葉の意味を理解できなくなることもあり、重度の場合は全ての言語機能を喪失することもある。四葉さんの場合は、言葉を話せなくなってしまった。
頭に大きな包帯、右腕と右足に痛々しいギブスをつけた状態で、左腕でひらひらと手を振っていたかと思うと、手招きをしているようだった。
……もっと近くに来てほしい、とのことだろうか?
言葉では俺を責められないから、せめて張り手の一つでも貰うのかもしれない。
甘んじてそれを受け入れるつもりで覚悟を決める。
「えっと……近くに行きます……ね?」
こくんこくん
奇妙だ。四葉さんの態度がおかしい。
場違いなほどにこにこと笑いながらうなづいている。しかしとりあえずは彼女の意思に従うしかない、椅子を指差されたのでおそるおそる座る。
彼女は先ほどまでの智樹さんとの緊迫した雰囲気が、まるで嘘のように穏やかな笑みを浮かべている。その和やかな空気に俺は耐えられなくなりそうで血の気が引いていくのを感じた。
じーっ
「えっと……その、今回は……俺のせいで、本当に……申し訳なく……」
じーっ
「……この度は……俺のせいで、本当に申し訳ありませんでした……」
四葉さんの不可解な様子は気になるが……。
自分に出来ることは、ただ赦しを乞うことだけだ。
深々と頭を下げると……ぽふぽふと控えめにベッドを叩く音がして、見るとジェスチャーで顔を上げるように促される。
ちょいちょい
「えっと……? もっと近くに、寄れ?ですか?」
またも手招きされる。
椅子を近づけて、手が触れる距離まで近づいた。
ぴとっ──
「えっ……ちょっ……? えぇ……?」
じーっ
突然、顔に触れられたのでビクッとする。
左手を顔に添えられ、そのまま先ほどと同じように見つめられる。こちらとしては困惑と、もはや何をされるのかわからないという恐怖しかない。
目のやり場がなく同じように四葉さんを見つめてみる。あのときは全てが必死で、何も印象に残せなかったが──。
改めて見ると、四葉さんは美しい可愛らしい人だった。たぶんひと目見たら忘れられない容姿だろう。
そんな彼女の包帯を見るたびに、俺がしでかした罪を思い起こして──。
すると──何故だか彼女がニカッと笑った。
頬に添えられた手がゆっくりと顔に引き寄せる。
戸惑いの声を上げるまでもなく、弱々しい力ながらも抗えない。
大きな瞳に自分が吸い込まれたかと思うと──
そのまま、口づけを交わされた。